◆−狂気への追悼−そめいよしの(9/20-22:26)No.2221
 ┗Re:狂気への追悼−モウセンゴケ(9/24-00:35)No.2234
  ┗ありがとうございます!−そめいよしの(9/25-10:01)No.2241


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2221狂気への追悼そめいよしの 9/20-22:26


こんにちは、はじめまして。
そめいよしの、と申します。よろしくおねがいします。

「狂気への追悼」

 
 リナが、死んだ。


 その噂を何時、どこで聞いたか、何一つとして覚えていない。何故かははっきりしている。俺が全く信じていなかったからだ。聞き流し、思わず苦笑した。あいつと別れてからの年月は、まだ両手の指をはみ出してはいない。あいつに関しての噂は、それこそピンからキリまであるが、死んだとは。傑作だな。
 ・・・それだけだった。

 だが今俺は、一通の開封された手紙―封筒にはセイルーン王家の紋章がプリントされている―を凝視していた。その手紙には、以前まだ俺がヒトに戻るために旅をしていた頃の仲間の死が、簡潔な文章で記されていた。


―リナって、太陽みたいですよね―


 あの頃のことは、今では大半が忘却の彼方に埋もれてしまったが、リナという人間の印象は、今でも鮮やかに蘇らせることができる。そう、あたかも一瞬の強烈な光が、まぶたを閉じて後もその痕跡を残すように。しかしひとたび目を開けた後、それがいったいどんなものだったか正確に思い出せる人間がいるだろうか?
 今、あの当時のことを思い出そうとして、俺は思う。あれは夢ではなかったか、と。あんなことが起こる筈がない、リナなんて人間は最初からいなかった、最初から存在しなかったのだ、と。


「リナって、太陽みたいですよね。」
 旅の途中。そのとき栗色の髪の魔導師はいなかった。あるいはいたのかもしれないが、彼の記憶には残っていない。日常の、それこそありふれた一コマ。今では雲上人となった少女の一言が始まりであったように思う。
「太陽?リナがか?」
 いつも突拍子のない言動をする少女の、これまた突然の発言に、彼は面食らう。彼の戸惑いを知ってか知らずか、彼女は、その一種病的とも思える一直線な視線で彼をとらえた。
「最初はとにかく火のイメージだと思ったんですけど。あの明るさも強さも、ちょっとやそっとでは消せなさそうでしょう?」
 だから太陽です、と、少女は笑った。彼の苦手な、恐らく無意識にであろう、すべてを断罪する瞳はそのままに。
「内緒ですよ?リナは私の憧れなんです。誰をもひきつけずにはおかない圧倒的な魅力、強さ、存在感。私もあんな風に、強く、明るく・・・何にも迷うことなく生きていきたい。」
 太陽。それはある意味、リナという人間を表すのにふさわしいものかもしれない、と、彼は思った。ただし、リナという太陽は狂ったように燃えるだけで、何も生み出しはしない。それゆえ必死に、時に痛々しいほどの真剣さで彼女は求めるのだ。破壊を。人の死を。それらの暗黒が無ければ自らの存在を確立できないから。自分がその中でしか生きられないことを、彼女は確信しているから。彼女に迷いが無いのはそのためだ。
 なんだ、考えれば考えるほど太陽とはかけ離れてきたぞ。一人小さく笑う青年に、少女は不満そうな表情。
「太陽か。同じ天体でもリナは、俺にとっては赤い月、だな。」
「赤い月?不吉の象徴じゃないですか。」
 冗談のつもりで何気なく口にした言葉の、あまりに鮮烈な印象。彼は言葉を失い、少女のとがめるような口調に気付かないふりをした。


―彼女は狂っている―

 そう言ったのは誰だったか。あるいはそんな「誰か」はいなかったのかもしれない。ただ、その人物がそのせりふを口にすることへの違和感―思わず笑い出したくなるほどのおかしさは、今でもありありと思い出す。


―怖いんだ―


「オレ、怖いんだ。」
 男は言った。強い酒に自分をあずけて。
「オレ、怖いんだ―リナが俺を必要としなくなるのが。オレは、オレは一生リナの保護者だけど、それは絶対に確実なことだけど、リナは一生子供じゃない。わかってるんだ―おい、笑わないで聞いてくれよ―本当に、オレはわかってるんだ。いつかリナは大人になる。それは、どうしようもないことだ。でも実際にそんなことになったら・・・リナがオレからいなくなったら・・・いったいどうなってしまうのか、オレにもわからない。」
 男は泣いていた。いつもの保護者ぶりはどこへやら、子供のように。しかしその姿は今までのどんなときよりも男っぽく、彼の目には映った。
「だんながどう思っているかは知らんが・・・。俺から言わせると、あいつはもう立派に大人だ。大人の女だ。だから…。」
 彼がそう言ったとき。その瞬間の男の瞳。何ら感情の無い、暗く、闇がわだかまったかのような。しかし強烈な光を放つ獣の瞳。この世のふちに追い詰められた―後の無いものが本能的に放つ暗い輝き。殺される、と思った。反射的に、逃げ道を探す。
「・・・まあ、俺の趣味じゃあないが。あんな女に惚れてみろ、命がいくつあってもたりん。」
 とっさに言った一言だが、本心だった。それがわかったのだろう。男はふっと視線をはずして苦笑する。
「そうだろうな。あいつに・・・リナに本気で惚れる男なんて、俺くらいだ・・・。」
 それは、彼にとって、男が「男」であることを痛感した最初で最期の晩だった。


―あの人は狂っている―


 そういえば、だんなはどうしているんだろう。あの時だんなが言った言葉とは形を変えて、しかし本当にリナはあいつから去った。しかも、決して手の届かない彼方へ、永遠に。
 手紙には、一切触れられていなかった。


「リナさんは、狂ってますよ。」
 今では存在したかどうかもあやふやな「そいつ」は、そう言って微笑んだ。
「僕たちとはまた違った意味で。でも、人間としては最大限に。あの人は狂っている―。」
 彼が「そいつ」について思い出せることは、それだけだ。


ーあたしはきっとはやく死ぬ―


 リナは本当に狂っていたのかもしれない。少なくとも俺には、そうとしか思えなかった。だってそうだろう?いったいこの世のうちの何人が、「世界」を犠牲にして人を愛することができる?惚れた男と世界を天秤にかけて、男を選ぶことができる?
 それは、正気の人間には決してできない愛し方だ。

「あたしはきっと早く死ぬわ。それもろくでもない死に方で。フフ、望むところよね。それにしても可哀想なのはあのくらげ。あたしが早死にってことは、あいつも早死に。どうしてかって?だって、そう決まっているからよ。あたしにはわかる。可哀想なあいつ。」
 
 リナは狂っていた。そして恐らく、誰よりもそれを自覚していた。

 あの頃。
 生や死が、漠然とした言葉ではなく、しっかりとした実体を持つありふれたものとして、足元に転がっていたあの頃。状況は常に緊迫していたはずなのに、なぜだかみんな笑っていた。笑い転げていた。だけど誰もおかしいとは思わなかった。本当は―。今になって俺は思う。本当は、俺たちみんな狂っていたのかもしれないな、と。

 静かに、手紙は炎に包まれた。久しく使われなかった「呪文」によって。
 なぜだかぼんやりと、呪文を使うのはこれが最期になるだろうと思った。

 そうして俺は、もう逝ってしまった狂気を思って、泣いた。

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2234Re:狂気への追悼モウセンゴケ 9/24-00:35
記事番号2221へのコメント

はじめまして。
なんだかお話の雰囲気がとてもよかったです。
また、そめいよしのさんの小説が見たいです。

・・・・感想少なくてすいません。

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2241ありがとうございます!そめいよしの 9/25-10:01
記事番号2234へのコメント

感想をもらえるなんて…。
思いきって投稿して、良かったです。

短いなんてとんでもない、コメントをいただけただけでも大満足なのに、開けてびっくり、お褒めの言葉。身に余る光栄でした。

モウセンゴケさん、本当にありがとうございました。