◆−水の部屋(ガウリナ)−仙翁花(10/31-20:42)No.2402


トップに戻る
2402水の部屋(ガウリナ)仙翁花 10/31-20:42



こんばんわ、御無沙汰しておりました。
覚えておられるでしょうか?駄文製作者、仙翁花です。
今回は、違うHNで某所に公開いたしました小説を図々しくも投稿
させて頂きます。会員制から公開制へ切り替える途中なんで、
そのお知らせ見たいなものなんですよ(謎)

とりあえず、ガウリナの設定で書いているんで、作中具体的な
登場人物名が出てこなくても、心配しないで下さいませ(^^;
では、ど〜ぞ♪



水の部屋


湿り気たっぷりの風が窓から流れ込んできた。
それは夏の日に雨が降りる前兆。
子供の頃、遊びに行った先で、学校の帰りに、はたまた夕暮れのベランダで――
誰もが嗅いだことがあるに違いない、生暖かい空気。
年月が経っても、この独特の雨が降る前の空を、匂いを味わうことがある。
―――それは、今だ。


長い一日のお勤めが終わり、やっと安堵の息が漏れる時間だった。
そこに家路を急ぐ勤め帰りの人間を嘲笑うかのような突然の、雨。

「今日の天気予報で雨だなんて、一度も聞かなかったのに…」

たとえ予報をはずしても、絶対に咎められることの無い、唯一の公的機関。
――気象庁がやることは、あいかわらずアテにできないが、それでも最近は良く当たっている
ほうだった。
誰にはばかる事もなく、夕暮れ時、真っ直ぐに雨が降る。
風は、全く無かった。
足早に歩いていた人の群れが、駆け足に変わる。

「あちゃぁ〜…、これは困ったなぁ〜」

同じく勤め帰りだろう。
紺のスーツに身を固め、黒い鞄を小脇に抱える長身の若い男。
彼もこの雨に困り果てているというところだろうか。誰に言うでもなく小声で灰色の空を見上げ、
そしてわしわしと後頭部を掻いた。

しとしとしとしと。
しとしとしとしと………。

昼間、炎天下のもと十分熱されていたアスファルトの地面は、卵焼きが出来るのではないかと
思うほど湯気が出ていたというのに……。
今はこの静かな糸のように落ちてくる雫に、すっかり冷やされている。
大降りではない。だが、いつまでも上がらないような錯覚に陥るほど、
雨は、マイペースに降り続ける。
空はどんよりと澱んでいた。
もしかしてもう、梅雨入りしたのだろうか……?
このままここに足止めされては、折角自分のために夕食を作って待っていてくれている妻に
会わせる顔が無い。
男は、自宅へ定刻までにたどり着く為、これ以上この場で雨を見ている訳にも、
のんきに晴れ間を待つ訳にもいかないのだ。
「しょうがないな…」
ぼやき、上着のボタンをしめ直し、そのまま身を乗り出して雨の中へ―――
抱えていた鞄を頭にかざし、少しでも被害を少なくしようと覚悟を決めて見通しの悪い前を見た。

――― が、ふと。
降りしきる視界一杯の滝の中、彼は一つの赤い色を認める。
ねずみ色の背景に一点の朱。

自然と、男の顔は緩んだ。
色が近づいてくるに連れて、次第にはっきりとそれが傘であることがわかる。
そして持ち主は、見間違うはずも無い。長い髪、小さな体。
今頃、家で夕食の準備をしているはずの、妻。

まさか迎えに来てくれるとは ―――

男は嬉しくてたまらず、雨の中へおどりでた。
ためらい無く水溜まりへ足を突っ込む。
ぱしゃぱしゃと盛大に音を立てて、駈けて行く。
先程のように、濡れることをためらったりしない。
水の中だろうと、槍の中だろうと。
そこに彼女がいるのであれば、迷うことなどありはしないから。

傘をさし、ゆっくりと歩いていた女性は勢いよく走り寄ってきた男につい、失笑してしまった。

―― 折角迎えに来たのに、そんなに濡れては意味がないでしょう?―――と。
男は彼女の言葉で改めて、ずぶ濡れの自分をみて。
笑う。
―― そのとおりだな ―― と。

依然、妻の前で笑い、濡れ続けている男に彼女はスッと青い傘を差し出した。
降水確率0%だと言い張って、今朝彼が置いていった青い傘。
だが、しかし。それを受け取らず、男が手に取ったのは赤い傘。
今、彼女が差しているこの傘だ。
戸惑う妻に、隠れている太陽も顔をだしてきそうな、笑顔。

「オレは、おまえと一緒のここがいい」
「え?」

けして大きくないこの傘に、二人。
どちらかが、ちょっぴり濡れてしまうけど。
それでもここには二人だけ。

「折角の雨だ。ゆっくり帰ろう」
「雨なのに変なこというのね………でも、お腹減らない?お夕飯もう出来てるよ?」
「あ、そっか。じゃあ、少しだけ早歩き♪」
「まったくぅ…あんたらしいわ」

扉を開ければ、雨の中の自転車。
母に手を引かれ、笑いながら走ったあの夕立。
冷たい雨にも暖かい時間が流れていた、それぞれの場面。

心のアルバム。めくれば飛び出してくる出来事に。
雨は、大切なキーワード。
青空だけではなく、うんざりする日にも――
タイミングの悪い夕立にも。
心に残る何かがあるから。

二人家路に着くまでは。
どうかこの雨、やまないで……。
水の部屋にもう少し。
二人の姿を見ていたい。


END