◆−Moonlight Dance 1−水晶さな(9/17-22:37)No.4339
 ┗Moonlight Dance 2−水晶さな(9/17-22:46)No.4340
  ┣うっとりです・・・−雫石彼方(9/18-06:46)No.4341
  ┃┗ありがとうございます〜vv−水晶さな(9/18-13:19)No.4342
  ┣すごいです!!−緑原実華(9/18-17:25)No.4344
  ┃┗いつも有り難うございますvv−水晶さな(9/19-00:25)No.4349
  ┗お久し振りですっ♪−ゆっちぃ(9/23-02:37)NEWNo.4408
   ┗勿論覚えてますっ!!(握り拳)−水晶さな(9/23-22:04)NEWNo.4417


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4339Moonlight Dance 1水晶さな E-mail 9/17-22:37



 ・・・えー、スミマセン今回全然ラブラブじゃないです(爆)。

=====================================

 ばっちーん。
 昼下がりの街中、穏やかな雰囲気に似つかわしくない音が響いた。
「真っ昼間から何するんですかっ! ゼルガディスさんの無神経っ!!」
 頬に見事なモミジを浮かび上がらせた男を一瞥すると、少女がだっと駆け出して行く。
 ずきずきと痛む頬を押さえながら、男―ゼルガディスがぽかんとした表情でアメリアを見送った。
「・・・俺が何をしたって・・・?」

 二人で旅だってから何ヶ月経ったろうか。
 遠方の地で、宗教都市エンファーハに辿り着いた。
 本来の進路を多少変更して、やっと着いた神聖な街。
 神を祭るこの街が故郷を思い出させるのか、街中を歩くアメリアの表情は笑みが零れていた。
 そんなアメリアを微笑ましげに見るゼルガディスが隣を歩き、
 いつもと同じ昼下がり、の筈だった。

「真っ昼間の街中で人のお尻を触るなんてっ!! ゼルガディスさんたらどーゆー神経してるんでしょ!! しかも神様のいる街で!!」
 肩をいからせながらアメリアが公園を突っ切る。
 街についてすぐ宿屋の予約はした。散歩と情報収集のつもりで街中を歩いていたのだ。
 先に宿に帰ってフテ寝したい気分だった。
 だが、歩いている内にそんな気も失せてしまった。
 噴水の水が太陽の光を反射して、きらきらと輝いている。
 穏やかな昼下がり、自分だけが苛々している。そんな光景が馬鹿らしくなって。
 ベンチに腰掛け、ふうと空を仰ぐ。
「神殿にでも行こうかな・・・祭る神様は違うけど、気持ちは穏やかになるかもしれないし」
 視線を小高い丘の上の神殿に向けた途端。
「真っ昼間っから何すんのよ!!」
 ばきいっ。
「・・・右ストレート?」
 噴水を隔てた向こう、さっきまで仲良さげに歩いていたカップルの女性が男性を思いきり殴ったのだ。
 アメリアが呆然と見ている間に、女性は男性に罵声を浴びせてさっさと立ち去ってしまった。
 置いて行かれた男性はぽかんとして女性をただ見つめている。
 さっきの自分達と同じ状況。
 ただしばらくして男性が我に返ると、すぐさま女性を追いかけていった。
「・・・何、なんでしょう」
 二人を見送っていると、ふと目の前を少女が横切った。
 十〜十二歳ぐらいの年頃だろうか。
 紫色の髪を頭の上で二つに分け、ウサギのように束ねている。短いので肩に擦れる事はない。
 ほっそりした体型で、身にまとう布は薄くなびく素材。端には鈴が縫い込んであり、動く度にしゃらしゃらと音をたてる。
 一見して踊り子のようである。
 アメリアが驚いたのは、少女が目の前を通り過ぎるまで気配に気付かなかった事である。
「随分綺麗な子ですねぇ・・・でも気配を感じなかった・・・?」
 少し訝しく思ったが、邪気は感じなかったのであまり気にとめなかった。

 エンファーハ神殿。
 女神パームフェルナを祭る神殿である。
「女神の加護のある水色で神殿を彩り、本殿にはパームフェルナとその母にあたる海神エンファジールの像を建てる・・・」
 巡礼者用の説明板を読み上げ、アメリアが神殿の中を見上げた。
 高く作られた天井には天窓が大きく広がっており、昼の日差しを十分に内部に取り入れている。
「太陽光を神殿内部に入れるなんて・・・珍しいですねぇ」
「女神パームフェルナは少女の神。故に昼は太陽、夜は月の見張りが必要なのです」
 不意に聞こえた声にアメリアが横を見ると、巡礼者らしき女が立っていた。
 漆黒のつややかな長い髪に褐色の肌。伏し目がちな黒い瞳の美しい女だった。
 全身を覆う質素なベージュ色のローブが巡礼者であることを語っている。
「貴女も巡礼ですか?」
「あ・・・たまたま立ち寄ったんです。一応聖職者なので興味があって」
「それは幸運ですね。今宵は月光祭の最後の日なんですよ」
「お祭りですか?」
「ええ」
「宜しければここの神様のお話や、月光祭のお話をしてもらえませんか?」
 女は快く応じた。
「エンファーハの街は、海神エンファジールの名にちなんでいます。古来何の街の名もなかった頃、一人の妊婦がこの街に辿り着きました。心優しい街人は一人身の彼女を案じ、子供が生まれるまで世話したそうです。やがて美しい娘が生まれた時、彼女は自分が海神エンファジールであることを明かしました。そして生まれた娘をこの街の守り神として残した・・・それが女神パームフェルナ。ただ先程も述べたように彼女はまだ子供、故に太陽と月の見張りがないと、彼女は守り神の役目を放り出して地上に降りてしまうんです」
「それってちょっと困りますね・・・」
「遊び心の抜けない子供なら仕方ない事です。そこで一年に一回、蒼き月が続く三日間だけ彼女は地上に降りる事が許されるのです。それ
が月光祭。街人達も女神と共に時を過ごす事が許される期間なのです」
「ああ、だから踊り子さんが街に居たんですね」
「古来言い伝えでは、踊り子が一人いつの間にか増えていて、それが女神パームフェルナだと言われています」
「ふうん・・・あ、説明有り難うございましたっ。お時間わずらわせてしまってごめんなさい」
「いえ、女神のいない期間は巡礼に来ても務めを果たせないので大丈夫ですよ。私はエスト=ダウル。天の加護にて再びの巡り合わせがあ
りますように」
 手の平を重ねる独特の礼式にて彼女が祈りを捧げる。アメリアも真似をして返した。
 神の居る地ではその地の礼式に従った挨拶をするのがきまりである。
 一言で言えば『郷に入っては郷に従え』の精神。
 神殿を後にした頃には、すっかり苛々した感情を忘れていたアメリアだった。

「ただいまですー」
 予約した宿屋、隣のゼルガディスの部屋の扉をノックと同時に開けた。
 少し驚いたような表情のゼルガディスが出迎える。
 それから、少し眉根を寄せた。
 恐らく何から話していいかわからないのだろう。
 アメリアが頬を掻きながら頭を下げた。
「えっと・・・スミマセン。どうやら私、だまされちゃったみたいで」
「・・・昼間のビンタが?」
「すみませえぇん」
 思わず連続で頭を下げる。
「お尻触られちゃって・・・ゼルガディスさんかと思っちゃったんです・・・」
 勢いよくゼルガディスが立ち上がったせいで椅子が後方に倒れた。
「・・・誰だ」
「えっ?」
「その変態野郎は誰だったんだっ!!!!」
 肩を掴まれ、思わずきょとんとするアメリア。
 それから言葉を反芻して、理解した所でぷっと吹き出した。
「女神様のイタズラでした」
「・・・はぁ?」
 今度はゼルガディスが間の抜けた顔をする。
「女神パームフェルナ様が今地上に降りてるんです」
 アメリアは神殿で聞いたこの地の言い伝えと、公園で別のカップルの同じような事件、その後に見た気配を感じなかった少女の事を詳しく話してやった。
「あれはきっとパームフェルナ様が遊び心でしたイタズラだったんでしょーね」
 てへ、とアメリアが首を傾げる。ゼルガディスもそれ以上は怒れなくなった。
「イタズラにしては手痛い攻撃をくらったがな。大体岩肌にモミジ跡残すなんてお前一体握力いくつあるんだ」
「3ヶ月前に計った時は、ごじゅ・・・」
「やめろそれ以上言うなぁ!!」
 ゼルガディスが悲鳴に近い声を上げた。

 しゃん、しゃん、しゃん。
 踊り子の衣装に縫い込まれた鈴が澄んだ音を奏でる。
 手首に巻き付いた長い薄布が、指先の後を追うように軌跡を辿る。
 青白い月光のスポットライト。魔力で作られた炎の色も青色。
 街全てが海の底に沈んだような幻想世界を作り上げている。
 祭りといっても、どんちゃん騒ぎをする祭りとは違い、宗教的な祭りはこのような儀式を中心に行う。
 女神パームフェルナに、海神エンファジールに感謝を。
『あまねく母なる海よ今一度我らの元に来たりて』
『永き時と豊穣と我らと共にあらんことを誓い給え』
『波よ舞え海なる母をここに誘え』
『高らかに謡え神子(みこ)を誘え』
『蒼き月よ我らに祝福を祈りを』
『今は眠る太陽よ時の巡りを与え給え』
 リュートを弾きながら朗々と吟遊詩人が歌い上げる。
 来訪神エンファジールにちなみ、月光祭は外から多数の人を招き入れると言う。
 例えば近くの魔道士協会に要請し、毎年魔道士を派遣してもらい魔術の灯を灯してもらう。
 特殊な青の炎の為、既に担当は決まっているのだが。
 他にも詩人、踊り子、エンファジールの格好をして街の代表者から献上品を受け取る役のモデル。
 歌に聞き入っていたゼルガディスの袖を、アメリアが不意に引っ張った。
 口元に人差し指を当て、それからそっと踊り子達の方を指差す。
 こちらは少女神パームフェルナを迎え入れる為、どれも10代前半の若い娘達である。
 アメリアの指先を視線でなぞると、一人の少女が隣の踊り子に隠れるようにして踊っているのが見えた。
 紫色の髪を頭の上で二つに束ねている。体型はほっそりとしていて、驚くぐらい色白で美しかった。
 衣装は他の娘達と同じ、そして周囲の踊り子達はどうやら一人増えている事に気付いていないようだ。
 ようく見ると、その娘だけは際立って足取りが軽やかで、そのつま先は地面に着いていない。
『パームフェルナ様ですよ』
 アメリアが口の動きだけで告げた。
 言われなければ気付かなかっただろう。
「貴重な体験だな」
 神聖な物には無関心なゼルガディスだが、この時ばかりは口元をほころばせた。
「・・・えっ?」
 アメリアが小さな一言を発した。
 ゼルガディスはアメリアの方を向いていた為、その一瞬を見逃した。
 再び振り返ると、パームフェルナの姿はもうない。
「何だ・・・?」
「今・・・急にはっと振り返るように神殿を見て・・・それで消えちゃいました・・・」
 アメリアが自分で自分の体を抱き締めるようにして、ぶるっと身を震わせる。
「・・・何だか・・・嫌な予感がします・・・」
「神殿か・・・」
 そっと観客の中から身を引き、不審に思われないように神殿へと向かう。
 更にその後ろでは、昼間アメリアと会った巡礼者、エスト=ダウルが二人を見送っていた。

 守り神の抜けた神殿は、蝋燭の灯だけが揺れていて誰一人いなかった。
 祭壇の奥には、幅2メートルの水堀を挟んで、パームフェルナの像とそのかたわらに海神エンファジールがおごそかに立っている。
「・・・誰もいないみたいだな。パームフェルナも持ち場に帰ったんじゃないのか?」
 辺りを見回してゼルガディスが告げる。
「あの表情はただ事じゃないように見えたんですけど・・・」
 祭壇に近寄ろうとしたアメリアを、ゼルガディスが後ろから抱きかかえるように転がった。
 頭上を通り抜ける熱波。
 一瞬の後神像にぶち当たり、大理石の破片が飛び散った。
「!?」
 上半身を失ったパームフェルナの像。
 その衝撃はアメリアの心に痛いほど突き刺さった。
 守り神の像が。
「どうやらお出ましのようだな。元凶が」
 体制を立て直すと、いつ現れたのか一人の女が立っていた。
 腰まである長い赤髪、体格は普通の人間より一回り大きく、腹から下の下半身が巨大な蛇になっている。
「ラミア・・・?」
「ネズミかと思ったら・・・あの小娘よりはやるではないか」
 アメリアがさっと青ざめた。
「パームフェルナ様を・・・守り神様をどうしたんです!!」
「お前らに教える筋合いはない・・・」
 低く、くぐもった声。ゆらりと右腕を上げる。
 その指先がそれぞれ蛇へと変化し、鞭のように空間を薙いだ。
「っ!!」
「アストラルヴァイン!!」
 ゼルガディスが剣を振り、避けきれなかった蛇を弾き返す。
「ゼルガディスさんっ!! パームフェルナ様は絶対まだどこかにいる筈です!!」
 シールドを張りながらアメリアが叫ぶ。
「どうしてわかる?」
「守り神が滅びたら、この街も滅びます。それほど大切な存在なんです!」
 アメリアが唇を噛む。
 昔父から聞かされた。水竜王が魔王に滅ぼされた時、その加護を受けていた15の都市がたった一夜にして灰と化したと。
 それを知っているからこそ、アメリアはこの異常事態を他人事とは思えなかった。
 そんなアメリアの心情を、ゼルガディスは表情から読み取る。
 少し目を細め、そして剣を構える。
「・・・なら、お前は気付かれぬように探せ、俺が主戦を引き受ける」
「・・・はいっ!」
 合図と共にシールドを解除する。
 同時に左右に飛び退り、今まで居た位置には蛇の槍が突き刺さった。
「アストラルヴァイン!」
 まだ床に突き刺さった蛇に叩き付ける。切り落とされた蛇の頭が黒い霧となって消えた。
 が、すぐに又新しい頭が生えてくる。
 これは予想済みだった。頭が生えてくる一瞬の間に、今度は本体に手の平を向ける。
「エルメキアランス!」
「小賢しいわ!!」
 ラミアの一喝で、光で構成された槍が空中で砕け散った。
 衝撃波の方がまさっており、その余波がゼルガディスを襲う。
 肌が焼けるような熱風を全身に浴び、思わず一歩退いた。
「パームフェルナはもう目覚めん!! こんなちっぽけな街など私が一瞬で灰と化してやる!!」
 どくん。
 アメリアの心臓が跳ね上がった。
『たった一晩で、15の都市が灰と化して・・・』
 父の声が幻聴のように聞こえる。
 視界が一瞬、ぶれたように見えなくなった。
「ヴィスファランクっ!!」
 アメリアは、自分でも無意識に、ラミアの背に拳を叩き込んでいた。
 めぎ、と骨のきしむような音。
「小娘ぇええええええええええ!!!!!」
 耳障りな絶叫を上げて、ラミアが振り返りざまにアメリアを殴り飛ばした。
「アメリアっ!!!」
 ぶわ、とアメリアが空中に投げ出される。
 下半身だけの女神像にぶち当たり、二体の女神像を囲む水堀の中へと落ちて沈む。
「アメリアーっ!!!!!!」
 駆け出そうとしたゼルガディスの前に、突き刺さる蛇の槍。
「すぐに貴様も後を追わせてやる」
「・・・俺を本気で怒らせた事を後悔するな」
 剣を握る腕が震えた。
 これほど怒りをあらわにするのは何年ぶりか。
 果たして自分でも魔力をセーブできるかどうか。
 だがもうそんな事を考えている余裕はなかった。
「アストラルヴァインッ!!」
 刀身が再び赤い光をともした。

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4340Moonlight Dance 2水晶さな E-mail 9/17-22:46
記事番号4339へのコメント


 体が・・・重い・・・
 普通なら浮力によって浮かんでいく筈の体は、何故か吸い込まれるように下へ下へと沈んでいった。
 女神像を囲む水堀は、幅の狭さの割にかなりの深さだった。
 小高い丘の上に建てられた神殿である。地下の深さならいくらでもとれるのだろう。
 意識がおぼろげな割に、何故だか視界ははっきりと見えた。
 段々と近付いていく水の底。
 気のせいか底は淡い水色の光を放っているように見えた。
『・・・り・・・し・・・ろ』
 ・・・何?
 脳に響いた声に、思わず水底に目をこらすアメリア。
 水底には、自分と同じ四肢を軽く広げた体制の少女が仰向けに倒れていた。
 ・・・パームフェルナ様!!
 段々と彼女に近付いていくアメリア。
 力なくもアメリアは手を伸ばした。
 少女に触れるか触れないかの距離まできた時、パームフェルナの手がいきなりアメリアの腕を掴んだ。
 ・・・えっ?
『よ・・・り・・・しろ』
 よりしろ?
 依代?
 『神の宿る器』?
 ・・・私、が?
 そこまで考えた時、アメリアの意識は完全に途切れた。

 赤い剣を構え、走り込もうとしたその時。
 突然水堀から強烈に光が溢れた。
 思わず目をやると、一人の少女が浮かび上がってくるのが見える。
「アメリア!!」
 先程沈んだアメリア・・・ただしその瞳は金色だった。
「よくも・・・あたしの神殿を」
 アメリアの口から漏れる言葉は、アメリアのものよりも高いトーンの幼い子供の声だった。
 それにアメリアの一人称は「あたし」ではない。
「・・・小娘が。しぶとい」
 ラミアが舌打ちしてくるりとゼルガディスに背を向けた。
 ざざっと、水堀から水が生き物のように浮かび上がりアメリアの体を取り巻く。
 それらは形状を変え、槍となってラミアに突き進んだ。
「何度やっても同じ事!!」
 ラミアの指先の蛇が槍を真正面から砕く。
 水飛沫となり飛び散った槍の破片は、空中で新たに集合し新たな槍を作り出した。
 蛇をかいくぐり、脇腹をかすめる。
 そこから赤い血が溢れる事はなく、水の蒸発するような音がして肉体の一部が霧散した。
 損傷部はただ黒い傷跡が見えるだけで、体内の器官は存在していない。
 ゼルガディスがその隙をついてラミアの背中を袈裟斬りに斬り付けた。
 黒い霧が溢れだし、じゅうと嫌な音をたてる。
 霧が触れた指先がちりちりと痛んだ。まるで酸のようである。
 ラミアの下半身の、蛇の尻尾だと思っていた先が突然二つに裂けて牙を剥いた。
 ゼルガディスが咄嗟に剣を横にして攻撃を防ぐ。
 剣に噛み付いた巨大な蛇は、自らを犠牲にしてアストラルヴァインの赤い光を散らしていった。
 このままでは剣が折れるのも時間の問題。
「ゼルガディスさん!!」
 彼の名を呼ぶ声は、パームフェルナのものではなかった。
 アメリアの意識が覚醒した途端、その背からパームフェルナがずるりと抜け落ちる。
「あ・・・」
 地面に手を付き、顔を上げたパームフェルナの前に、無数の蛇が口を開けた。
「エンファジールも脳のない事、お前ごとき小娘を守り神に置いて、私に勝てるとでも思っていたのか」
 嘲笑したラミアの唇が、言葉を言い終えたと同時に歪んだ。
「・・・勿論、私がそのような甘い考えをするなど」
 低く、静かに、響き渡る声。
 ラミアの首は、後ろから透明な細い槍に貫かれていた。
「ある筈もありません」
 音もなく、槍が抜かれる。
 絶叫を上げようにも、喉を貫かれた為声が出ない。
「今度こそ滅しなさい。海蛇のランヴァディス」
 とん、と背中に置かれた手の平。
 そこから発された光は、腹の側からその手が見える程強烈な輝きを放った。
 ラミアの顔が苦悶に歪み、一瞬の後に黒霧へと変貌する。
 酸と変わらないそれが散らないように、同時にバリアのように広がった水が霧を飲み込んで床へと落ちた。
 ラミアの後ろに立っていたのは、アメリアが昼間神殿で会ったエスト=ダウル。
 昼間と違うのは、昼間来ていた質素なローブをまとっていない事。
 彼女の体は不思議な光沢を持つ薄布で覆われていた。
 そして、その下半身は先程のラミアのように人間外のものへと姿を変えていた。
 ただしラミアのような禍々しい様相ではなく、薄水色の魚の・・・人魚のような様相。
 膝をついていたパームフェルナがふらつきながらも立ちあがり、まっすぐに彼女の元へ駆け寄った。
「ママ!!」
「・・・ママ?」
 パームフェルナが抜け落ちた反動でまだ意識が朦朧としているアメリアを助け起こしながら、ゼルガディスが思わず繰り返した。
「・・・じゃあ、あれが・・・海神エンファジール・・・?」
「貴女ももう少し、強くならないと駄目ね」
 パームフェルナの頭を撫でた後、こちらへ近寄ってくる。
 アメリアの額に手を当てると、さっきとは違う柔らかな光が溢れた。
 ぱちぱちと2、3度目をしばたたかせると、アメリアがはっと顔を上げる。
「え・・・私・・・?」
 自分が掴んでいるゼルガディスの腕を見て、ゼルガディスの確認をして、改めて口を開く。
「ゼルガディスさん、わ、私、アメリアですよね? アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンですよね?」
 ゼルガディスが頷くのを確認して、アメリアがほっと息をついた。
 それから自分の顔をぺたぺたと触る。まだ違和感が残っているようだ。
「心配ない。パームフェルナはお前の体から出ていったし、ラミアはもう消滅した」
「・・・ごめんなさい、パームフェルナは実体を持たない為に、依代という器を用いないと魔力を集められないの」
 エンファジールが言うと、アメリアは今気付いたようにエンファジールを見た。
 その後ろに居るパームフェルナを見て、一瞬でエンファジールと判断したらしい。
 ぴしっとその表情が強張った。
「わ・・・私、神殿では失礼な振る舞いを・・・」
 しどろもどろなアメリアを見て、エンファジールが微笑んだ。
「貴女のおかげで助かりました。パームフェルナに変わって御礼を言います」
「・・・あ、いえ、お役に立てなくて・・・」
 エンファジールに隠れるようにしていたパームフェルナが、すすと前に出て、自分の首飾りを外してアメリアの手の上に乗せた。
「・・・あげる」
 素っ気無く言うと、ふっと消える。
 月が消えようとしていた。月光祭の終焉。
 アメリアが突然消えたパームフェルナに驚いていると、エンファジールが前のように質素なローブを身にまとった。
 人魚のような下半身も、涌き出るように感じられた聖力も存在を消す。
「あの海蛇は、私がまだパームフェルナを産んでいない頃からこの地を荒らしていた魔物。この土地に移り住んできた人間達を守る為、私は各地に自分の子供達を守り神として置きました。そして一年かけて、子供達の居る土地を巡り、魔物の撃退を続けていたのです」
 にこりと笑うと、下半身からその姿が朧気になっていく。
「これでこの地もしばらくは安泰でしょう。有り難う人間の巫女。天の加護にて再びの巡り合わせがありますように」
 手を重ねる独特の礼式。神殿で初めて会った時と同じ作法。
 自らが神だと明かした後も変わらない真摯な態度に感銘を受けたのか、アメリアが多少ぎこちなくも同じ礼式で返した。
「再びの・・・巡り合わせを・・・」
 言い終えた時、もうエンファジールの姿はなかった。
 ぼーっとした表情で、ゼルガディスの方を振り返る。
 しんとした暗闇の神殿は、最初から何もなかったかのようだった。
「今の・・・夢じゃないですよね」
 ゼルガディスがアメリアの固く握った右手を持ち上げた。
 手を開くと、薄水色の雫型のペンダントが姿を現わす。
「こいつが語ってるな」
 ゼルガディスの言葉に、アメリアがペンダントを両手で抱えるように握り締めて頷いた。
「はい!」

 普通なら、神に奉納された作り物や社が神の依代となる。
 人間がその役目を果たす事は本来あり得ない。
 大抵はその力の膨大さに堪え切れず、人間の体が壊れてしまうからである。
 しかも異宗教のアメリアの体に何故すんなりと入れたのかは、アメリア本人にもわからなかった。
 ただ、
「パームフェルナ様の話を聞いた時・・・少し自分と重ねたんですよね」
 後にぽつりと呟いた、アメリアの言葉が耳に残った。
「神殿を住む所と決められて・・・月と太陽の見張りに繋がれて・・・地上に降りる事が許されない」
 僅かに後ろを振り返った。神殿は小高い丘の上に、静けさを保ったままおごそかに立ち尽くしている。
「・・・城に居た頃の私と同じだと・・・神様と重ねるなんて失礼にもほどがあるんですけどね」
 少し悲しげに笑ったアメリアの頭に、ゼルガディスが手を乗せた。
「・・・お前はお前だ。パームフェルナとは違う」
 ぶっきらぼうな言葉は、逆に心にしみた。
「はいっ」
 いつもの笑顔を見せると、不意にゼルガディスと手をつないだ。
「・・・?」
「街の人が言ってたんです。パームフェルナ様のイタズラを防ぐには、手をつないじゃうのが一番効果的だって」
「・・・ふうん」
「さっ! 元気良く行きましょう!!」
 手をつないではいるけれど、少し足早に先を歩くアメリアにちらりと目をやってから、ゼルガディスはポケットに入れていたパンフレットを手で丸めて荷物袋の奥の方へと空いていた片手で押し込んだ。
 女神パームフェルナが世間一般では『縁結びの神』と呼ばれている事は、アメリアの知らない事実であった。
 何故ゼルガディスが本来の進路を多少変更してこの街を通ったのかが得てして知れる真実である。
 真実は、まさしく神のみぞ知る。

=====================================

 ・・・ああ、オチが(泣)。

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4341うっとりです・・・雫石彼方 E-mail 9/18-06:46
記事番号4340へのコメント

はじめまして、雫石彼方と申します。
ええと、読ませていただきました。もう、「すごい!!」の一言です!!
なんであんなすごいお話書けるんですか!?あああ、本当に良かったですよ・・・。こういう神とか出てくるような神秘的なお話ってすごく好きなので、ストーリー的にも良かったですし、何気にゼルがアメリアらぶ〜してて嬉しかったです(^^)アメリアが「お尻触られちゃって・・・」て言った後のリアクションとか、アメリアが吹っ飛ばされた時のキレ具合とか・・・v
とっても楽しませていただきました!
素敵なお話をどうもありがとうございましたー。
では、短いですがこの辺で。

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4342ありがとうございます〜vv水晶さな E-mail 9/18-13:19
記事番号4341へのコメント


 初めまして水晶さなです。雫石彼方サンの小説もよく読ませて頂いてマス(^_^)
 今回神話がらみの話だったんで、読む方も興味がないとつまらないなーと思ってたんですが、喜んで頂いてホント嬉しいですvv
 でも地方神といえどあんな簡単に人間の前に姿を現わしていいものか(汗)。
 感想ありがとうございました! 宜しければ又読んでやって下さいネ(^_^)

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4344すごいです!!緑原実華 9/18-17:25
記事番号4340へのコメント

こんにちは!!緑原実華です!
読みました!!すごいストーリーでとても楽しくよましていたできました!!
ゼルのリアクションがとてもよかったです!!最後のオチもよかったと思いますよ。「縁結びの神」なんですね・・・ゼルたらー・・・素直にアメリアにいちゃえばアメリア喜ぶのに(笑)でも、こういうとことがゼルらしいですよね!本当とってもいいお話でしたー!!水晶さなさんのゼルアメはよくよましていただいてます!これからも期待してます!!

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4349いつも有り難うございますvv水晶さな E-mail 9/19-00:25
記事番号4344へのコメント


 こんばんはー(書いている時間が夜なので)水晶さなです。
 今回かなりオリジナルの比率が高いので反応が恐かったんですが、書いてみて良かったです。
 オチがかなり情けないと思ってたんですが(笑)、ウケて良かった(笑)。
 多分ゼルのプライドじゃ一生バラさないと思いますね(笑)。
 結果的にパームフェルナの加護を受けた事になるので、多分一生縁切れないでしょう(笑)。
 これからも期待しないで(←爆)待ってて下さいネv

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4408お久し振りですっ♪ゆっちぃ E-mail 9/23-02:37
記事番号4340へのコメント


覚えてらっしゃるでしょうか?(どきどき)ゆっちぃです☆
ひさびさに時間とれたので、読み逃げではなく感想書かせていただきましたvvv

水晶さなさん、ほんとに凄いです………溜息モノですよ、あなたの書かれるお話って(ほぅ)
ゆっちぃには才能が欠片もないので、水晶さんのように凄いお話かける人は尊敬に値しますvv
神様とか、オリキャラが出てくるようなお話、私には逆立ちしてもかけません(泣)
オリキャラを活かすのも駄目にしちゃうのも、全て自分の表現力にかかってきますからι
だから私には書けないんですよねぇ…(遠い目)みなさんのようにしっかりしててわかり易い文章、
書けるようになりたいです。

ではでは・素敵なお話をありがとうございましたv

追伸:姫の握力ってごじゅ…(もごもご)だったんですね!さすがですわ〜(笑)
   



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4417勿論覚えてますっ!!(握り拳)水晶さな E-mail 9/23-22:04
記事番号4408へのコメント


>覚えてらっしゃるでしょうか?(どきどき)ゆっちぃです☆
>ひさびさに時間とれたので、読み逃げではなく感想書かせていただきましたvvv

 ああ読み逃げでも読んでくれるだけ有り難いですホント。今回感想まで下さって本当ありがとうございます〜vv


>水晶さなさん、ほんとに凄いです………溜息モノですよ、あなたの書かれるお話って(ほぅ)
>ゆっちぃには才能が欠片もないので、水晶さんのように凄いお話かける人は尊敬に値しますvv
>神様とか、オリキャラが出てくるようなお話、私には逆立ちしてもかけません(泣)
>オリキャラを活かすのも駄目にしちゃうのも、全て自分の表現力にかかってきますからι
>だから私には書けないんですよねぇ…(遠い目)みなさんのようにしっかりしててわかり易い文章、
>書けるようになりたいです。

 ああ・・・別の意味の溜息じゃなくて良かった(卑屈)。もう他の方達も皆オリキャラに寛容で誉めて下さって私溶けそうです。でろり(うわっ!)
 何だか私はゼル&アメリアの二人だけで個性とか魅力を出したりするのが苦手でどーも自分のキャラを混ぜてしまうんです。だから差し水のオリキャラがおもろくないともう私の小説って駄・・・べふげふ。
 どうか次回も心温かに背中の握り拳はお静めになってご覧下さいませ(爆)。
 ではではありがとうございました〜っvv


>追伸:姫の握力ってごじゅ…(もごもご)だったんですね!さすがですわ〜(笑)

 ごじゅ(げふげふ)ないと冷酷な魔剣士さんのお相手は務まりませんわ〜(爆笑)