◆−お久しぶりです。ねんねこです。−ねんねこ(11/15-20:43)No.4890 ┣CHANGE THE WORLD−ねんねこ(11/15-20:44)No.4891 ┣黒い翼を持つ天使たち−ねんねこ(11/15-20:45)No.4892 ┣Mission 0;0 Manifestations of other mind−ねんねこ(11/15-20:47)No.4893 ┃┣ついに始動っすね!−雫石彼方(11/15-22:46)No.4895 ┃┃┗ついに始動っす。でも頭の中は最終までいってるっす。−ねんねこ(11/16-00:13)No.4898 ┃┣はじめまして。−桐生あきや(11/15-23:25)No.4896 ┃┃┗いやいやこちらこそはじめまして。−ねんねこ(11/16-00:19)No.4899 ┃┣お久しぶりですー。−水晶さな(11/16-00:44)No.4900 ┃┃┗お久しぶりです(^^;)−ねんねこ(11/16-15:31)No.4912 ┃┣えへv−ゆっちぃ(11/16-05:00)No.4909 ┃┃┗うふvv(笑)−ねんねこ(11/16-15:39)No.4913 ┃┗可愛い!!−緑原実華(11/16-16:30)No.4914 ┃ ┗コンセプトは原形をとどめないほど可愛く、ですね(笑)−ねんねこ(11/16-16:52)No.4918 ┗Mission 0;1 Revolutionary determination−ねんねこ(11/22-15:36)NEWNo.4972
4890 | お久しぶりです。ねんねこです。 | ねんねこ E-mail URL | 11/15-20:43 |
どうもです。ねんねこです。 待ってて下さった方(いるかなー……忘れられてそうだけど……/汗)お待たせしました。 ねんねこのほとんどオリジナル・シリーズ“黒い翼を持つ天使たち”が、(本気で)少し完成しました。 自分HP作ったんならそっちでやれ、との意見もあるとは思いますが、とりあえず、アンケートを取った手前、こちらの方に投稿させていただくべきかな、などと思いまして……それに今HPの方は…… ま、まあ、全部でとりあえず、5章構成……だと思います。(ちなみに1章につき、いくつかの話がありますが……)終了時点(いつになるかは不明)で、『面白かった』などのお言葉をいただければ、調子に乗って続けようとは思ってますが。 とりあえず、ちょっとばかし長い上に、かなりスレイヤーズから離れまくってますが、まあ気にしないで下さい。しかも、最初アメリアがちゃんと出てこないし……ちまちま出す予定なので、そのうちちゃんと出てくるはずです。 実は各話ごとにねんねこがBGMにしていた曲がありまして、かなりそれに影響されている部分があります。 とりあえず、歌詞を使った時は話の最後に誰の歌か書いとこうと思うので、良かったら聞いてみて下さい。最新の歌から数年前の歌までいろいろありますが、知ってる曲が多ければ多いほどねんねこと趣味が似てる、ということで(笑) ちなみに初っ端からやってます(笑)ねんねこの話のイメージにぴったりだったのでメイン・テーマにしました。……歌詞、ミュージックステーションで一生懸命書き取りました(笑)などと言いながら、投稿しようとした前日にCD発売。あんだけ苦労したのに……(泣)しかも書き終われなくて、もう一ヶ月経ちそうだし。 ねんねこの好きなアーティストさんです。もしかしたら、知ってる人多いかもしれないですね。『犬夜叉』のOPテーマですから。 最後に、いつもねんねこの話を読んで下さっている方へ一言。 えー……諸般の事情により、今まで書いたねんねこの話とかなり設定が違うところも多々ありますので、全てリセットしてから読んでいただくと嬉しいかな、などと思っています。 ではでは、本編の方へどーぞっ! |
4891 | CHANGE THE WORLD | ねんねこ E-mail URL | 11/15-20:44 |
記事番号4890へのコメント I WANT TO CHANGE THE WORLD 疾風<かぜ>を駆け抜けて 何も恐れずに いま 勇気と笑顔のカケラ抱いて CHANGE THE MIND 情熱たやさずに 高鳴る未来へ 手を伸ばせば 輝けるはずさ IT'S WONDER LAND 灰色の空の彼方 何か置いてきた 君は迷いながら捜し続ける 「なにやってんだ? クラヴィス」 呼ばれてクラヴィスは振り返る。空に手を掲げた自分に怪訝な顔をするゼルガディスに答えた。 「捜してるんだ」 「なにを?」 クラヴィスは優しく微笑んだ。 「自分の居場所を」 君の心震えてた 明日の見えない夜 何も信じられず 耳を塞ぐ アメリアは、城にある自室からセイルーンの街並みを眺めた。 きっと、見るのが最後になる生まれ育った大好きな街。 彼女の蒼い瞳から涙が零れ落ちる。 「ゼルガディスさん……ごめんなさい……」 街にいる愛する男に名前を呼んで、アメリアはその場に泣き崩れた。 君に出逢えたとき 本当の居場所見つけた 何気ない優しさがここにあって 僕等目覚める ザナッファーから放たれた赤い光は真っ直ぐ自分に向かってきた。 防御できない。 そう直感して、死を覚悟する。 その時ゼルガディスの視線に割って入ったのは、小さな少女だった。 生み出した防御壁で懸命に自分を守ろうとした。 光の威力に耐え切れず、自分のところに吹っ飛んできたアメリアをゼルガディスは咎めた。 「他人のことより自分の身を守れ!」 嬉しかった。自分を守ろうとしてくれたことが。 ゼルガディスは微笑んだ。 その時まではただの仲間の1人だったその少女に。 I WANT TO CHANGE THE WORLD 二度と迷わない 君といる未来 形どれば 何処までも跳べるさ CHANGE THE MIND 情熱たやさずに 知らない明日へ 翼ひろげ 羽ばたけるさ IT'S WONDER LAND 僕等は同じ世界を 泳ぎ続けてる 互いの願いへ届く日まで ウィルフレッドは、どこまでも続く空を見るのが好きだった。 「強い願いは必ず届くよ」 彼は笑って言った。 それを聞いて、アリスは嘆息して、ウィルフレッドが見ている方を見つめた。 しばらく眺めて、彼女は口元に笑みを浮かべた。 「……そうかもね」 みんな同じ不安抱えて 支えあえるよ 立ち止まる瞬間に 見つめている この瞬間にいる 「自分の本当の居場所を見つけるのが人間の命題と言ったな」 大降りの雨の中、ゼルガディスは濡れるのも構わずに言った。 「じゃあ、本当の居場所がなくなったらどうすりゃいいんだよ!?」 アリスはゼルガディスを見つめた。 「本当の居場所なんてなくならないわ。ただ……見えないだけ。ねえ、知ってた?」 「……なにを?」 尋ねてくるゼルガディスにアリスは口元に笑みを浮かべた。 「わたしたち、似た者同士なのよ」 I WANT TO CHANGE THE WORLD この手離さずに 見守る瞳を 受け止めたら 何だって出来るはず CHANGE THE MIND 孤独<ひとり>にさせない みんなここにいる どんな事も 突き抜けていこう IT'S WONDER LAND I WANT TO CHANGE THE WORLD 疾風<かぜ>を駆け抜けて 何も恐れずに いま 勇気と笑顔のカケラ抱いて CHANGE THE MIND 情熱たやさずに 高鳴る未来へ 手を伸ばせば 輝けるはずさ IT'S WONDER LAND <song by『CHANGE THE WORLD』/ V6> |
4892 | 黒い翼を持つ天使たち | ねんねこ E-mail URL | 11/15-20:45 |
記事番号4890へのコメント 4つの世界を生み出した、混沌の海の奥深く。 『金色の魔王』と呼ばれし者のみが入ることを許される神殿があるという。 神殿に安置されていた『失われし真実の文書』には、こう記されていた。 すべてのものの母。混沌にたゆたう者。 4人のヒトを生み出し、1つの世界を生み出した。 世界に初めて降りたった4人のヒトは母から"神"と呼ばれ、彼らはそれぞれ自分から対となるヒトを生み出した。 神と呼ばれたヒトと対となるヒトは転生を繰り返し、時が経つにつれて互いに反発しあい、深い闇を生み出した。 激しくなる一方の戦いに4人の神と呼ばれたヒトは、力を使い、世界を4つに分断した。 混沌に浮かぶ4つの世界。 それを見届け、すべてのものの母『金色の魔王』は眠りについた。 『金色の魔王』は神にあらず。魔にあらず。 中立の立場を取るために『彼女』はヒトとして眠りについた。 4つの世界を幾度となく転生しながら行き来し―― 何千年もの時間を経て、『彼女』は覚醒することになる。 神と呼ばれたヒトと対となるヒトが生み出した深い闇によって―― 4つの世界を生み出した、混沌の海の奥深く。 『金色の魔王』と呼ばれし者のみが入ることを許される神殿があるという。 神殿に安置されていた『失われし真実の文書』は、『金色の魔王』が転生するたび、『彼女』がいる世界へと転送された。 そして、『彼女』が覚醒した時、その文書は『赤の竜神』という名の神と呼ばれたヒトと『赤眼の魔王』という名の対となるヒトの世界に眠っていたという―― |
4893 | Mission 0;0 Manifestations of other mind | ねんねこ E-mail URL | 11/15-20:47 |
記事番号4890へのコメント ばたばたばたばたばた。 8歳ほどの少年がセイルーンの街並みを走っていた。 同じ年頃の子供より一回りほど小さい身長、黒い髪、そして藍青色の瞳。 数年前に死んだ母親からもらった宝物のクマのぬいぐるみを抱きしめて、一生懸命走っていく。 やがて、一軒の家が見えてくる。 家といってもかなり広く、小さな家ならすっぽりと収まってしまうくらいの広さがその敷地にはあった。その家の門をくぐり、扉を開けて、中に入る。 「おや、おかえり、ゼルガディスく――ゼルガディスくん?」 その家の主である男に声をかけられても、少年――ゼルガディスは止まらなかった。そのまま男を無視して2階に続く階段を駆け登る。そのまま2階の廊下を足音を立てて走り、目的の部屋のドアまで来ると、大きく息を吸いながら勢いよくドアを開ける。 「クぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」 ぶふっ! 突然ドアが開いたのと、耳をつんざかんばかりの声に、部屋の主、クラヴィス=ヴァレンタインは思わず口に含んだ香茶を吹き出した。慌てて口をぬぐい、ゼルガディスの方を向きながら、こっそりと自分の目の前においてあったドーナツを皿ごと隠した。 クラヴィスの名前を呼んだ――というか絶叫したゼルガディスはそのまま突進して、彼にしがみついた。何も話そうとせず、ただ小さな鳴咽を繰り返している。 訝しげな顔をして、クラヴィスがゼルガディスの顔を覗き込んだ。 「ゼル? 何かあったのか?」 問われてゼルガディスはやっと顔を上げた。 澄んだ藍青色の瞳からはぼろぼろと大粒の涙を流れており、その様子にぎょっとしたクラヴィスは手近にあったタオルを彼の顔に押し付けた。 「あーもー泣くなっつーの。それでも男か、おのれは!?」 「うえあうぅぅぅぅ」 「……たく」 呆れた顔でごしごしと涙で濡れた顔を拭いてやり、クラヴィスは真っ直ぐゼルガディスを見た。 「で? 何があったんだ?」 未だ少々ぐずっているゼルガディスがぽつりと答えた。 「……知らないお兄ちゃんにいじめられた……」 ゼルガディスの言葉にクラヴィスは嘆息した。『知らないお兄ちゃん』がいったい誰を指しているのか、彼には容易に想像が出来た。自分より1つか2つほど年上なのだが、やることは実に馬鹿臭い。見慣れない子供や見るからに弱そうな子供の周りを取り囲み、まるで、擦り傷をえぐるようにじりじりといじめるのだ。何が気に入られなかったのか、クラヴィスも何度か周りを取り囲まれたが、すぐさま父親が駆けつけるため、実害はなかった。 クラヴィスはぐしゃぐしゃと手のかかる親友の頭を撫でる。 「……そんなことでいちいち泣くなよ……だからむやみに家から出るなって言ったんだ。 お前みたいにちびっこで見慣れない奴は馬鹿ガキどもの恰好の遊び相手だ。カモがネギ背負ってやってくるようなもんなんだぞ?」 「……うにゅう……」 少し落ち込んだような表情をする。 普段来ることのない大国セイルーンの首都。いろいろ興味もあったのだろう。撫でていた手で、彼の頭をぽんぽんと2回ほど叩くと、隠していたドーナツの皿をゼルガディスに渡した。 きょとん、とした顔で見てくるゼルガディスにクラヴィスは微笑んだ。 「ほら、これでも食ってろ」 「……クーは?」 「オレはもう食べたし、少しばかり用事が出来た。 いいか? もう絶対1人で家から出るなよ?」 「はう」 ドーナツを頬張りながらゼルガディスが頷くと、クラヴィスはそのまま廊下に出た。 心配そうな顔で近くに立っていた自分の父親――ウィルフレッドに目を向けると、彼は、クラヴィスに近づいてきた。 「ゼルガディスくんは? なんか泣いてたみたいだけど……?」 「今は大人しくドーナツ食って落ち着いてる」 クラヴィスの言葉に安堵の息を吐く。 「ああ、良かった……て、ドーナツ?」 はたと気づいてウィルフレッドが怪訝な顔をする。 「ドーナツって……なんでドーナツなんかあるわけ……?」 「うくっ!?」 痛いところを鋭く突かれて、クラヴィスがうめく。額に冷や汗を流す息子にウィルフレッドは半眼を向けた。 「……まさかとは思うけど買い食いじゃないよね?」 目があった瞬間、慌ててそらしたクラヴィスにウィルフレッドが顔を近づけて、しっかりと目を見た。 「ないよね!?」 「あああすみませんごめんなさい全てはオレが悪かったです買い食いしましたぁぁぁぁ」 父親の余りにもすごい形相にクラヴィスが素直に白状する。その答えにウィルフレッドが頬を膨らませて腰に手を当てた。 「もうっ! あれほど買い食いはしちゃ駄目って約束したのにっ!」 今年10歳になったクラヴィスは、誕生日に父親に小遣いをくれるようにねだった。まだ早いのではないか、と渋ったウィルフレッドが約束をしっかり守るという条件で彼に小遣いをやっていた。 『決して買い食いをしないこと』――それがたった1つの約束だった。 理由は簡単だった。買い食いすると、ご飯を食べなくなるからだ。買ったお菓子ばかり食べて、いざ食事という時に『お腹いっぱいで食べれない』ということになれば、栄養の偏りが生じる。育ち盛りのクラヴィスには、せめて一日で取らなければならない最低限の栄養以上は取ってもらいたかったのだ。 顔をしかめたウィルフレッドが言う。 「クラヴィスくんが約束を破った罰として――」 「な……何……?」 少し後退りながらクラヴィスが訊く。するとウィルフレッドはふふんと鼻を鳴らした。 「今日の夕食はクラヴィスくんの嫌いなものいっぱい入れちゃおうね。 ピーマンに玉ねぎにセロリにニラに――」 「うにょわぁぁぁぁぁっ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁっ!」 思わず涙目で絶叫する。反論しようとして、はたとあることに気づき、目元に溜まった涙を袖でごしこし拭いて呟く。 「……こんなことしている場合じゃなかった……」 クラヴィスの言葉が聞こえたのか、ウィルフレッドが首を傾げた。 「何か用事でもあるの?」 父親の問いにクラヴィスはこくんと頷いた。 「ちょっと買い物に行くんだ」 「……買い物?」 更に問いかけてくるが、それには答えずクラヴィスは素早く玄関の扉をくぐった。 黒い翼を持つ天使たち Mission 0;0 Manifestations of other mind 顔は父親そっくりで、セミロングの黒い髪、宝石のような翠色の目。痩せ過ぎではないが、それでもほっそりとした体つき。 歴史をさかのぼれば降魔戦争時代まで行き着く名門の神官貴族ヴァレンタイン家の当主ウィルフレッド=ヴァレンタインの愛息子。それがクラヴィス=ヴァレンタインだった。 セイルーン・シティ――いや、世界中にその名が知られている家の子供が周りの一般人の子供からどう見られているか、だいたいの予想はつく。 1人街に出たクラヴィスは、数分も経たないうちに目的の人物を発見した――発見された、というべきだろうか。 柄の悪い少年たちがにやにやした顔でクラヴィスを呼び止めた。 「よお、ヴァレンタイン家のクラヴィス坊ちゃんじゃねぇか?」 一般人の子供が金持ちの子供をどう見ているか――答えは簡単。そのほとんどが妬みである。その感情は金持ちの子供をいじめるという形で表れる。 呼び止められて、クラヴィスは立ち止まった。 冷ややかな目を数人の少年たちに向ける。 「……あんたら、さっきガキ1人いじめてなかったか?」 クラヴィスの問いに少年たちのリーダーは仰々しく手を広げた。 「いじめるだなんて! ただ、1人でいたから心配してやっただけだがぁ!?」 リーダーの言葉に取り巻きたちは声を上げて笑った。 じりじりと周りを取り囲んでくる彼らを鋭い視線で牽制しながらクラヴィスは続けて尋ねた。 「どっちでもいいんだが。で、そいつ、クマのぬいぐるみとか持ってたんだろ?」 「ああ、あれには大ウケだったな」 「そうか」 クラヴィスはそれだけ答えると、手近にいた奴にいきなり回し蹴りを叩き込んだ。 「のわっ!?」 不意打ちで食らって、取り巻きその1は声を上げて地面に転がる。 その様子に取り巻きとリーダーから微かな殺気がわいた。その中心でクラヴィスが嘲るような笑みを浮かべた。いけしゃあしゃあと言い放つ。 「おやまあ、腰が抜けちゃったのかい? お兄さん」 「てめぇ……ボンボンだと思って下手に出りゃあいい気になりやがって!」 リーダーの言葉にクラヴィスは呆れた顔をして肩をすくめた。 「いつどこで下手に出たのか知りたいが……まあ、オレは売られた喧嘩はきっちり買う主義でね」 にやりと笑う。 「親友とドーナツとピーマンと玉ねぎとセロリとニラの恨みっ! きっちり返させてもらうからなっ!」 びしっ、と相手を指差す。 それがちょっとしたケンカの始まりの宣言だった。 殴り合いといっても子供である。技もへったくれもない。ただの力比べ。 より強く殴った方が勝ちなのだ――普通は。 今回の場合、少しばかり違っていた。 護衛手段としてクラヴィスはゼルガディスの祖父からありとあらゆる戦闘術を教えられたのだ。 技の前にはただの力押しは無力だ。 クラヴィスに突っ込んでいく彼よりも一回り以上でかい少年たちが面白いほど次々に地面に転がっていく。実に素早く、綺麗な動きで彼は取り巻きどもを一掃していった。 仲間が次々にのされていって自らの不利を悟ったのか、リーダーは精神集中する。まるで丸暗記したように呪文を唱え、リーダーはクラヴィスに向かって叫ぶ。 「フレア・アローっ!」 力ある言葉と共に出現した矢の形をした炎は、真っ直ぐにクラヴィスの方に向かって突き進んだ。が、彼は余裕の表情を浮かべて、小さく呪文を唱える。 すぐにクラヴィスの前の空気が圧縮し、襲いかかる炎の矢が全てはじかれる。 「風の結界!」 リーダーが驚愕の声を上げると、クラヴィスは前髪をかきあげた。 「はっ! リーダーがこの程度の芸しか持ってないんだったら、取り巻きたちも大したことねぇな」 「んだと!?」 青筋を立てて怒鳴るリーダーにクラヴィスは、真っ直ぐと右腕を伸ばした。 息を吸い、精神集中する。 『一閃の光芒(ダート) 神聖なる光をまといし 戦いを司る者マルスよ』 伸ばした右手の人差し指にぽう、と光が点る。その光る人差し指で虚空に横に一本線を描く。 その様子をリーダーと数人の取り巻きたちは怪訝な顔をして見つめる。 自分たちの使っている魔術とは明らかに違っていた。 クラヴィスの口から再び呪が紡がれる。 『神聖なるその力 我が意志の思うまま光の槍となり 我が前全てを貫き滅ぼせ』 描かれた一本線から光が溢れた。光はそのままクラヴィスの指先へと集まる。人差し指をリーダーたちの方に向ける。 『眩き光、全てを滅せよ(ヴァニッシュ・ブレイズ)!』 集まった光が呆然と見ていた少年たちに――正確に言えば、少年たちの立っている地面に向かって突き進んだ。光はそのまま地面を焦がし、消える。リーダーが放った魔法とは比べ物にならない――とても10歳の子供が放った術とは思えない威力だった。その威力のあまり、先程まで強気の態度を見せていた少年たちは戦き、一歩、また一歩と後退した。 その様子を見ながらクラヴィスは実に面白そうに声を上げた。 「ちなみに威力はこれ以上ないってほど下げてやったんだ。ありがたく思えよ。 まあ、これにこりたらもう二度とちびっこ見つけて遊ばないことだ」 「くっ……!」 年下のガキに言われ、リーダーは言い返そうとした。が、自分の行為に後ろめたさが少しばかりあったこととこれ以上クラヴィスを敵に回したら今度は何をされるかわからないと思ったのだろう。舌打ちしただけで、そのまま踵を返す。取り巻きたちもクラヴィスにのされた仲間を引きずりながら退散していく。 馬鹿ガキどもの敗北をクラヴィスは満面の笑みで見送った。 「へへーん、ざまぁかんかん」 「――じゃないでしょっ!」 ごんっ! 聞き慣れた父親の声と共に後ろ頭を思い切り殴られる。不意打ちで食らったので、かなり痛い。 クラヴィスは頭を押さえながら振り返った。 いつのまに来たのか、こめかみを引きつらせてウィルフレッドが立っていた。 「……父さん、いつからそこに……」 「今さっきだよ! 買い物に行くって言ってたから何を買うのかと思えば……売られたケンカを買ってどうするのっ!」 「だって! あいつらゼルのこと泣かしたんだっ! 仕返ししてなぁにが悪いっ!」 クラヴィスの反論にウィルフレッドがきっぱりと即答した。 「それを言ってくれてたら僕が仕返ししたっ!」 「大人が子供のケンカにでしゃばるなぁぁぁぁぁぁぁっ!」 おそらく、この会話でもっとも常識的な意見であろうクラヴィスの絶叫にウィルフレッドがむうとうめいた。 「まあ、これであの子達もしばらくは悪いことしないだろうけれど……なにも紋章術使わなくてもいいでしょうに」 「大は小を兼ねる、だ。それにっ! 相手に恐怖を埋め込んでおけばいつか相手を服従させる事だって可能だって言われたぞ」 「………………………………………」 子供らしからぬ台詞にウィルフレッドが頭を抱えた。 クラヴィスにこんな事を吹き込んだ人間が誰であるか簡単に予想がつく。 ゼルガディスの祖父――世界では『赤法師』という名で知られているか。世の中に人間たちは彼を聖人君主だと崇めているが、そんな彼らにあの過激でお茶目で素っ頓狂なことを平気でやらかすあの男の本性をぜひ見せてやりたい。 父親の沈痛な面持ちにクラヴィスが首を傾げると、ウィルフレッドは頭を振ってクラヴィスの手を握った。いつものようににっこり微笑む。きっと、いろいろな悩みを勝手に自己完結したのだろう。 「さ、もう帰ろう。ゼルガディスくんだって1人じゃ寂しいだろうしね」 「レゾがいるよ?」 「いつも一緒にいるお祖父さんと一緒にいたって嬉しくも何ともないでしょ」 ウィルフレッドの言葉に納得したらしい。 クラヴィスはそれ以上なにも言わずウィルフレッドと共に自宅に戻った。 子供というのはひどく単純だ。 すぐ泣く代わりに泣き終わるのも早い。泣き終わってしまえばたいてい泣いた理由など忘れてしまい、結局同じ事を繰り返してまた泣くのだが。 ゼルガディスも例外ではなかった。 ドーナツにつられて、泣き止んで少し経てばいじめられたことなどすっかり忘れていた。 現金なことだが、子供にとってはそれでいいのだろう。いつまでも嫌なことを引きずるのはある程度大人になってからで十分だ。 クラヴィスに言われた通り、彼の部屋で1人でいたゼルガディスは、持っていたクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら床に敷かれたじゅうたんの上にちょこんと座っていた。 窓から見える空の色はもう茜色で、一番星も顔をのぞかせている。 街のかなり中心に建てられた家のため、窓からはセイルーンの王宮を見えた。 大国セイルーンの王宮。さぞかし気品のある人間たちが暮らしているのだろう。一度は会ってみたい気もするが、それはきっと叶わぬ夢。有名な祖父を持つとはいえ、一般人がそうそう王族と会う機会はほとんどない。 いつまで経っても帰ってこないクラヴィスを待っているうちにゼルガディスはうとうとしだした。 当然といえば当然だろう。途中で泣き帰ってきたとはいえ、十分に街の中を駆けずりまわったのだ。 ぬいぐるみに頭を乗せて、こくんこくんと船を漕ぎ出す。 意識が眠りの海に沈む直前。 『目覚めよ』 そんな声が聞こえた。 家の玄関を開けようとして、クラヴィスは怪訝な顔をした。 「なんじゃありゃ?」 「え?」 息子の言葉にウィルフレッドもクラヴィスと同じ方を見て――目を見開いた。 茜色の空をバックにいつものようにそこにあるセイルーン王宮。 その王宮の一角から、光が天に向かって伸びていた。 喩えるならば――一対の黄金色の翼。 「まずいっ!」 なにがまずいのか、ウィルフレッドは呟くと、そのまま光の翼の方に駆け出す。 一緒に駆け出そうとしたクラヴィスに走ったまま振り返って言う。 「クラヴィスくんは来ちゃ駄目っ! お家で大人しく待っててっ!」 「ええっ!?」 クラヴィスは不平を漏らすが、いつになく真剣な父親の顔で諦めた。家の中に戻る。 2階の階段には向かわずに居間の方に歩いていく。 「ゼル?」 親友の名前を呼びながらドアを開けるが、そこに目的の人物はいなかった。その代わりに目的の人物の保護者がいた。 「おや、どうしたんですか? クラヴィス」 盲目のはずだが、声でわかったのだろう――もっともこの男が『実は目が見えなくてもどこに何があるのかなんて根性でわかってしまうんですよ』とにこやかに言ってきてもあまり驚きはしないが。 尋ねてくるレゾにクラヴィスは答えた。 「ゼル、ここにいないのか?」 「……来てないと思いましたけれど」 レゾの返答にクラヴィスが頭を掻いた。 「あいつ……部屋にまだいるのかな?」 「何か用事なんですか?」 「ん……用事ってほどのことでもないんだけど……すごい光の翼が見えるんだ。一緒に見ようと思ったんだけどな」 「光の……翼……」 部屋にいるならあいつきっと寝てるぞ、などと付け加えながら居間を後にして、クラヴィスは自分の部屋へと向かった。 パタンという音と共に閉まった扉の方に顔を向けながら、レゾは険しい顔つきで呟いた。 「……お姫様がお目覚め、ですか……」 クラヴィスが自分の部屋の扉を開ければ、ゼルガディスが背を向けて座っていた。彼の視線の先にあるのは、光の翼が見える窓。 クラヴィスが彼に声をかけた。 「なんだ、もう見てたのか。すごいよな、なんだと思う? あれ」 クラヴィスの何気ない問いにゼルガディスが答える。 「……混沌の姫の目覚め。封印されていたもの全てが再び解けたのだ」 感情がこもらない冷たい声。 いつもとは明らかに違う口調。 クラヴィスは訝しげに眉をひそめた。 「……ゼル?」 名前を呼ぶとゼルガディスはゆっくりと振り返った。 同じ年頃の子供より一回りほど小さい身長、黒い髪、先程とまったく変わらない彼の容姿。 だが、ただ1つだけ違った。 「……ゼルガディス……?」 クラヴィスは目を見開いて呆然と呟いた。 全身に悪寒が駆け巡る。 クラヴィスが一番好きだった彼の綺麗な藍青色の瞳。 その瞳が、まるでルビーのように赤く染まっていた。 「ウィルフレッド=ヴァレンタインだっ!」 身の証をすると城門に立っていた兵士が敬礼をして通した。 王宮の中はパニックだった。 当然だろう。いきなり現れた光の翼。正体不明でいったい何が起こるのか予想もつかない。 王宮の平和を守るのが仕事の警備兵たちも宮廷魔道士たちもその光の翼を前にただ立ち尽くすしかなかった。 だがパニックに陥っていたのは、兵士だけではなかった。 「駄目ですっ! 殿下っ! 何が起こるかわからないのに……危険ですっ!」 何人もの兵士に押さえつけられながらも、第一王位継承者フィリオネルは光の翼が出現した部屋へ行こうとしていた。自分を押さえつける兵士に怒鳴る。 「どかぬかっ! あそこには娘がおるのだぞっ!?」 「それはわかっていますが、危険ですっ!」 「アメリアぁぁぁぁっ!」 でかい男が真っ青な顔になりながら娘の名前を呼ぶ。 問題の部屋は、彼の次女の部屋だった。 いつまで経っても出てくる気配もなく、正体不明の謎の光も未だ出現したまま。中で何が起こっているのかわからない状況でフィリオネルが取り乱すのは無理もなかった。 そんな状況の中、ウィルフレッドはその部屋に向かって走った。 彼の行動を素早く察した兵士たちがここぞとばかりに役目を果たす。 「貴様っ! 何者だっ!? 止まれっ!」 「自分たちじゃ何も対処できないくせに……!」 小さく愚痴ると立ち止まり、行く手を塞ぐ兵士たちを指差す。 『蒼き三角形(トライアングル)に護られし 天空の支配者ウラノスよ』 指先に点る光で正三角形を描く。 『汝の息吹 風となり 我と共に駆け抜けん』 虚空に描かれた三角形の内部が蒼く光った。その中で風が生まれ、凝縮されてウィルフレッドの手の中に収まる。 ウィルフレッドはそれを放つ。 『風よ、我が道を作れ(イヴィクト・ブラスト)!』 ぶおうわっ! 廊下という閉鎖的な空間で突風が兵士たちを襲った。生み出された風で、また風に耐え切れず倒れた者の巻き添えを食らって立ち塞がっていた全ての兵士が廊下に倒れ込んだ。 うし、と小さくガッツポーズしながらウィルフレッドは容赦なく彼らを踏んづけて光の翼が出現した部屋へと入っていった。 そのあまりにも突然の出来事に今まで取り乱していたフィリオネルも呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。 金色。 人々がそれに憧れるのは、その色の持ち主が尊き存在であるからではないだろうか。 部屋は金色に染められていた――白い壁が金色の光を反射しているのだ。 中心には、少女が佇んでいた。 5歳ほどの少女。 だが、普通の少女とは違った。身分、などという表面上ではなく、根本的なものが。 呪文を唱えている様子もないのに宙を浮く少女は全身が金色の光に包まれ、その表情も子供とは思えないほど大人びていた。 少女が呟く。 「……あなたが≪守護者≫?」 問われて、ウィルフレッドは静かに頷いた。 少女が満足そうに笑った。 ウィルフレッドはしっかりと少女を見つめ、尋ねる。 「……何のために目覚めたのですか? ≪金色の魔王≫よ」 ウィルフレッドの言葉に≪金色の魔王≫と呼ばれた少女はくすくすと笑った。 「わたしの目覚めがそんなに不服? ――なぜ目覚めたか、ですって? ≪赤の竜神≫と対になる≪赤眼の魔王≫、両方が同時に目覚めたのよ。わたしが目覚めないはずないわよね?」 あっさりと言い放った≪金色の魔王≫の言葉にウィルフレッドは言葉を失った。その様子に少女はにやりと笑う。 「……あなたの大事な2人の息子、どうなっているかしら?」 「――っ!」 それが何を言っているのか即座に理解し、ウィルフレッドは一歩足を前に出した。 少女に手を伸ばす。 「すみませんが、あなたにはもう少しお昼寝しててもらいます」 一方的に宣言して、少女の腕をしっかりと掴んだ。 「なっ!?」 はじめて、少女が焦りの表情を浮かべる。 神と魔、全ての存在の王である≪彼女≫に触れることの出来る唯一の存在≪守護者≫。≪守護者≫はその名が示す通り、≪金色の魔王≫を守護するための存在だった。故に≪彼女≫と同質の力を持ち、絶対服従を誓っている――自分の意思を無視して行動する≪守護者≫はウィルフレッドが初めてだった。 少女は抵抗するが、身体は5歳児である。大人の力に敵うはずもない。全てのものに対しては絶対的である彼女の魔力も同質の魔力を持つ、≪守護者≫では意味がない。 ウィルフレッドが小さく呪文を唱える。 それは封印の呪文。 彼が描いたいくつもの図形が彼女の周りを取り囲んでいく。 呪文が完成し、彼は静かに、だが力強く力ある言葉を紡いだ。 『姫よ、時空の狭間で再び眠れ(レスト・シール)』 ウィルフレッドの術が発動する。 彼女の周りにある図形が彼女を包んだ金色の光を吸い込んでいく。 「い、や……!」 抵抗してみせるが、無駄だった。光はどんどん吸い取られ、やがて全ての光が飲み込められた時には、部屋はいつもの白い壁に戻り、金色の翼も消えた。 宙を浮かんでいた少女は意識を失い、同時に術も解ける。危うくその小さな身体を床に打ちつけるところでウィルフレッドが抱き留めた。 白い肌、黒い髪。規則正しい呼吸をしているのでとりあえずは大丈夫だろう。 ウィルフレッドは安堵の息を吐いた。 少女をベッドに運び、毛布をかけてやる。頭を撫でて呟いた。 「……かわいそうに。まだ幼いのに……辛かったね。もう大丈夫だからね」 それだけ言うと、ウィルフレッドは踵を返した。 外ではこの少女の父親が不安を抱えながら待っていることだろう。同じ子供を持つ父親として、彼の気持ちは痛いほどよくわかる。 それに、クラヴィスたちのことも心配だった。 廊下に出て、扉の前にいたフィリオネルに一礼すると、ウィルフレッドはそそくさと王宮を出て自宅へと駆けていった。 知っている人間が知っている人間でないと感じることは普通に生活している人間にはあまりないことである。少し他人とは違う生活を送っていたとはいえ、ごく普通の生活をしてきたクラヴィスにとってそれは初めての感覚だった。 ゼルガディスがゼルガディスではないような感じ。 優しく微笑んでくるゼルガディスにクラヴィスは笑うことも出来ず、蒼白な顔で彼の顔を凝視した。 足が震えて動けなかった。 「どうしたんだい? クラヴィス?」 立ち上がったゼルガディスが両手を広げて近づいてくる。 逃げることは出来なかった。 身体が思うように動くことを拒否したのもあるが、親友の前から逃げることなど自分自身が強く反発した。近づいてくるゼルガディスに何も出来ず、クラヴィスはじっと彼を見つめた。 と。 「ゼルガディス!?」 ほとんど悲鳴に近い声が聞こえて、クラヴィスは内心安堵の息を吐いた。扉の方を見やれば、そこにいたのは、レゾの姿。 レゾはしどろもどろに言ってくる。 「な……なんだか胸騒ぎがしてきてみれば……いったいなにが……?」 「共鳴しているんだよ。ぼくのなかにいる“もの”とあなたのなかにいる“もの”が」 ゼルガディスが自分の胸に手を当てて言ってくる。 何を言っているのかわからずクラヴィスは無言でレゾを見つめた。その視線に気づいたのか、レゾの方も首を横に振った。 「……なあ、なに言ってるんだ? お前らしくないぞ?」 クラヴィスの言葉にゼルガディスがそちらに目をむけた。 背筋が凍りつくくらい冷たい赤い瞳。 「ぼくらしく……ない? ぼくはぼくだよ」 ゼルガディスの言葉に重なって遠くからドアを勢いよく開ける音がする。 同時に声も。 「ゼルガディスくぅわぁうにょぉぉぉぉぉぉっ!?」 べしごすっ! ずるずるずるずるずるずるぺたんっ! 『…………………………』 聞いてはいけない変な叫び声と異様な物音を聞いてしまって、思わず一同は沈黙する。 こめかみを引きつらせてクラヴィスが手を振った。 「……あ、いや。どうぞ続けて」 「……今回の≪守護者≫は最悪らしいな……」 ゼルガディスがうめく。 その時、レゾの隣からのそのそっとウィルフレッドが顔を出す。先ほど勢いよく階段から転げ落ちていったため、その顔には擦り傷がたくさんついていて、かなり笑える顔だったが、当人は至極真面目な顔をしてゼルガディスに近づいた。 「ゼルガディスくんを返して」 「嫌だね。これはぼくの身体さ」 ウィルフレッドの言葉にゼルガディスは即答した。 「ぼくは≪あれ≫が目覚めないうちにカタートの方へ――」 どくんっ! 言いかけて、ゼルガディスの目が急に見開く。自分の胸に右手を押し当て、苦しそうにうめく。 「……まさか……?」 「……≪赤眼の魔王≫、もう一度だけ忠告する」 ウィルフレッドが言った。 「君の中でもう≪赤の竜神≫は目覚めかけている。だから≪金色の魔王≫が目覚めた。 ゼルガディスくんに意識を返して、君はもう一度眠りにつきなさい」 「いや……だ……起きるな……ずっと寝てれば良いんだ……」 両手で頭を押さえて首を横に振るゼルガディスの肩をしっかり掴み、ウィルフレッドは意識の深いところにいる『ゼルガディス』の意識に呼びかける。 「ゼルガディスくん! 目を覚まして!」 「あう……あ……」 赤い瞳が藍青色に変化しかけ、また赤色に戻る。なおも声をかけるウィルフレッドに何度かそれを繰り返した。 ほんの数分の出来事だったが、ゼルガディスの全身は汗ばんでいた。 当然のことだった。 普通定員一名の精神の中に余計な意識が二つも入っているのだ。しかも互いに相反する性質のもの。大人でさえ精神崩壊を起こす危険性があることがたった8歳の子供の中で起こっているのだ。ゼルガディスの精神が壊されるのも時間の問題だった。 その切迫した事態にウィルフレッドは内心慌てた。 レゾとクラヴィスは事態をよく理解していないため、ただただその様子を心配顔で見るしかなかった。 しばらく考え込んだ末にクラヴィスが口を開いた。 「……父さん。要はゼルの意識が戻れば良いのか?」 「そうだけど!?」 「じゃあ、やってみる」 「へ?」 あっさりと言ったクラヴィスにウィルフレッドが思わず場にそぐわない間の抜けた声をあげた。その父親を押しのけ、クラヴィスはきっぱりと言った。 「……ゼル。今日の夕飯な」 『…………?』 いきなり素っ頓狂なことを言い出したクラヴィスにレゾとウィルフレッドだけでなく、ゼルガディスさえも怪訝な顔をする。 その様子を無視して、クラヴィスはきっぱりと言い放った。 「買い食いした罰としてピーマンやら玉ねぎやらセロリやらがいっぱい出てくるらしいぞ」 「……い……」 ゼルガディスの顔が変化した。真っ青な顔になり、目を見開いた。 「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 そして、やはりいつものように耳をつんざくような絶叫。 ある意味最終兵器とも言えるその絶叫に耳を押さえてひたすらクラヴィスは我慢した。絶叫して、息を荒らげているゼルガディスをじっと見つめる。 「……をを。成功」 「なんでっ!?」 「ぬえ?」 自分の顔を見てくるクラヴィスとウィルフレッドにゼルガディスは困惑した表情を浮かべた。 とても澄んだ藍青色の瞳。 あまりにもあっけないクラヴィスの一言でゼルガディスの意識が戻ったのだ。首を傾げる大人2人と状況事態を理解できなくて困惑顔をする子供1人の前でクラヴィスは笑みを浮かべた。 「子供ってのは――」 ゼルガディスの頭をぽん、と叩く。 「単純なんだよ」 そう。子供というのはひどく単純だった。 大人がつまらないと感じることも子供は全力を注いだ。 目覚めかけのまどろみの中でクラヴィスの言葉を聞いたゼルガディスはおのれの意識を振り絞って夕食の内容を否定したのだ――誰も食事で嫌いなものは食べたくはない。 とはいえ―― 全てが解決した訳ではなかった。 単にゼルガディスの意識が≪赤眼の魔王≫と≪赤の竜神≫の意識に勝ったというだけで、なんの進展もないのだ――まあ、彼の中に2つの意識が紛れ込んでいる、という重大なことはわかったのだが。 深夜、ウィルフレッドとレゾは沈痛な顔で向かいあっていた。 「……僕のせいかもしれませんね」 ため息と共に吐き出したウィルフレッドの言葉にレゾは頭を振った。 「もともと輪廻転生というものは気まぐれ。あなたのせいではありませんよ。ただ――ゼルガディスがこの世界に生まれた時、神の魂を宿していた者と魔の魂を宿していた者が同時に亡くなったのは……運が悪いとしか言いようがないですが。 それより、ゼルガディスのこれからのことです。あなたには封印できないのですか?」 尋ねられてウィルフレッドが困惑な顔をした。 「僕はあくまで≪守護者≫です。≪お姫さま≫の相手ならともかく――別の魂を封印することはちょっと……まあ、紋章術を上手く使えば不可能ではないんでしょうが」 ヴァレンタイン家に伝わる『紋章術』。彼らの家にだけ伝わってきたのはヴァレンタイン家の人間しか使うことが出来ないからである。 ウィルフレッドの言葉にレゾは顔をしかめた。 一般的に使われている魔術には魂をどうにかする、などという術はほとんどない。使われているのは、ゾンビやリビング・メイルなどの製造魔法くらいのものである。白魔術にさえ、魂に関わる蘇生の術はない――神でも魔でもない人間が魂に関わるなどナンセンスなことなのだ。 かといってこのまま諦めるわけにはいかない。また、いつゼルガディスの意識がのっとられるかわからないのだ。今度はゼルガディスの意識が消滅するかもしれない。それは彼の死を意味するのだが、それだけは絶対に阻止せねばならない。 「……1つだけ方法があります」 レゾの言葉に下を向いていたウィルフレッドがはじかれたように顔を上げた。 「本当に!?」 詰め寄ってくるウィルフレッドにレゾが少し後退りながら頷いた。 「……ただ、ちょっとばかりリスクがあるんです。ゼルガディスにも辛いことになります」 「……どんな方法なんですか……?」 問われて、レゾは沈痛の面持ちでその方法を説明した。 結局、他に方法が見つからず、2人はその方法を使うことになる。 それから9年後。ゼルガディスの精神が安定した頃に。 【 Go To Mission 0;1 】 |
4895 | ついに始動っすね! | 雫石彼方 E-mail | 11/15-22:46 |
記事番号4893へのコメント どもども、雫石ですよ。 宣言通り15日に投稿だったね。 いや、なんかすごい展開だね。アメリアが金色の魔王・・・・。ゼルは赤眼の魔王と赤の竜神二つ入ってるし。 でも今日の夕飯の内容で正気に戻るゼルが何ともよかったです(笑)お子様の不思議ってやつですな(笑) ゼルとクラヴィスのお子様姿はあったけど、アメリアのお子様時代は出てこないの?――っていうかお子様じゃなくてもアメリア早く出てきて欲しいです。プロローグでは「ゼルガディスさんごめんなさい」言ってるし。超ーーーー気になるよ!! 続き楽しみにしてるねー♪ |
4898 | ついに始動っす。でも頭の中は最終までいってるっす。 | ねんねこ E-mail URL | 11/16-00:13 |
記事番号4895へのコメント ねんジーだす……っていつもの書き出しだぁね(笑) 宣言通り出したよ。でも、全部書き直したから、実質一日かけたよ。今日の休み、全部使いました(笑)とても有意義だったにょ。 夕食のメニュー……あんなんでいいのか、などと一人で突っ込みいれたりもしたけど、まあ、ゼルだし(ひど) アメリアのお子様時代はね、ごめん、ないのよ(汗)でも次回は多分アメリア中心に話が進むから待っててぷりーず(はぁと) プロローグはね。全部読み終わってはじめてわかるというある意味恐ろしい方式を使った。これを使うと、話が途中で変更できなくなるという欠点を持つ(笑) まあ、変更するつもりは……あんまりないけど。 ではでは、続きはなるべく早く出すので待っててぷりーず! ねんジーでした。 ……にしてもこのねんジーって雫ちゃんのみ有効な名前だね(笑) |
4896 | はじめまして。 | 桐生あきや | 11/15-23:25 |
記事番号4893へのコメント はじめまして、桐生あきやと言います。 今回初めてねんねこさんのお話を読ませていただきました。ありがとうございます〜。 すごくおもしろいです(感激)。テンポがよくて、続きがとっても気になります。何やら壮大な話になりそうですね。こんな話をかけるねんねこさんって、すごいです。 個人的にちまいゼルが可愛くてもう(爆死) 続きをとても楽しみにしています。がんばってください。 桐生あきや 拝 |
4899 | いやいやこちらこそはじめまして。 | ねんねこ E-mail URL | 11/16-00:19 |
記事番号4896へのコメント はじめまして、ねんねこです。 ねんねこの話、気に入っていただけたようで嬉しい限りです。最近、自分のHPにかまけていて、こちらの方に投稿していなかったんですが、投稿した分は著作別の方にリスト化されていますので、時間があったらそちらをぜひぜひ読んでみてください(はぁと)現在HPは事情があって閉鎖中ですが(汗) ねんねこの話はボキャブラリーが少ないので、テンポが売りです(笑) あまりだらだらした話は個人的にあまり好きじゃないので(汗) 壮大な話になる予定です……世界観無視しまくりで(爆) 最後までお付き合いくださると嬉しいです。 ちまいゼルは……さりげなく楽しんで書いていました。 ねんねこのゼルは基本的に精神年齢が低いです。精神年齢高いゼルはねんねこにはかけません。暗くなります(笑) ではでは近々続きを出すつもりなので、出たら読んでみてくださいね。 ねんねこでした。 |
4900 | お久しぶりですー。 | 水晶さな E-mail | 11/16-00:44 |
記事番号4893へのコメント お久しぶりです水晶さなです。 例の長編ですね。設定がすごく素敵だったので心待ちにしておりました。 個人的には「CHANGE THE WORLD」が物語を含んでてすごく良かったです〜。こういう「全部読んだ後に初めて理解できる」っていう前置き好きなんですよ。自分じゃ書けないし(爆)。思わず三度も読み返してみたり(^^ゞ これからの展開がすごく楽しみです、頑張って下さいっ。 私は書く前から挫折気味ですっ(爆←ほっといてやって下さい)。 HPの方、突然で驚きましたが、このままリンクは続けさせてもらって良いですか? 大変かとは思いますが、頑張って下さい。ああこれしか言えない(T_T) それでは失礼しました。 |
4912 | お久しぶりです(^^;) | ねんねこ E-mail URL | 11/16-15:31 |
記事番号4900へのコメント > お久しぶりです水晶さなです。 お久しぶりです(^^;) 書き殴りの方には足を運んでいたのですが、感想がなかなか書くことが出来なくて……さなさんの作品、欠かさず読んでます。 > 例の長編ですね。設定がすごく素敵だったので心待ちにしておりました。 > 個人的には「CHANGE THE WORLD」が物語を含んでてすごく良かったです〜。こういう「全部読んだ後に初めて理解できる」っていう前置き好きなんですよ。自分じゃ書けないし(爆)。思わず三度も読み返してみたり(^^ゞ 例の長編です。とりあえず、スレイヤーズではなくなりつつあるんですが(笑) 「CHANGE THE WORLD」の方は、実はねんねこが思っていたこのシリーズのテーマにちょうどぴったりだったんです。すごい偶然です。ねんねこも最後まで読んでやっとその意味がわかる、ていうの好きなんですよ。かなりFF8(微妙に古い)のOPにゃはまりましたからね(笑) > これからの展開がすごく楽しみです、頑張って下さいっ。 > 私は書く前から挫折気味ですっ(爆←ほっといてやって下さい)。 大丈夫ですよ、さなさんだったら(^^) 今はプロローグなのですが、本編にはいったらおそらく暴走すると思うので(笑)見捨てないで読んでやってください。 > HPの方、突然で驚きましたが、このままリンクは続けさせてもらって良いですか? 大変かとは思いますが、頑張って下さい。ああこれしか言えない(T_T) ありがとうございます。そうしていただけると、すごく嬉しいです。 ただ、もしかしたら3月頃に有料スペースの方に引っ越すかもしれないんです。 その時はまたご迷惑をおかけするとは思いますがよろしくお願いいたします。 ではでは。 |
4909 | えへv | ゆっちぃ E-mail | 11/16-05:00 |
記事番号4893へのコメント こんばんわです〜、ゆっちぃです♪ いやいや、例のお話、ついに本格的に始動しましたねっ。 うにゃ〜〜〜嬉しいですぅ(喜) こういった壮大でスケールの大きいお話って、すっごい好きなんですよv 何でって、自分書けないから(爆)だからその分、余計に憧れちゃうんです♪ くまのぬいぐるみ抱きしめて泣くゼルに、クラッシュしかけました(おい) だってだって、かあいいんだもんーーーー!!(叫) 懸命に夕食の内容を否定するゼルやん。かわいいですねぇvツボですわ……(^^;) パパりん(←図々しいι)も久々に格好良いところ見せてくれましたね! いやいや、ウィルフレッドさん、好きですvvv んではまた、次の投稿待ってまーす♪ |
4913 | うふvv(笑) | ねんねこ E-mail URL | 11/16-15:39 |
記事番号4909へのコメント >こんばんわです〜、ゆっちぃです♪ どうもです。 >いやいや、例のお話、ついに本格的に始動しましたねっ。 >うにゃ〜〜〜嬉しいですぅ(喜) >こういった壮大でスケールの大きいお話って、すっごい好きなんですよv >何でって、自分書けないから(爆)だからその分、余計に憧れちゃうんです♪ ついに始動しましたよ! というかアンケート取ったのいつだよ!?遅すぎじゃねーかっ!てな感じですが。 とりあえず、くそ長い長編です。 とりあえず、壮大……の部類に入るかも。世界観が狂うほどに設定が変えてあります(笑) >くまのぬいぐるみ抱きしめて泣くゼルに、クラッシュしかけました(おい) >だってだって、かあいいんだもんーーーー!!(叫) >懸命に夕食の内容を否定するゼルやん。かわいいですねぇvツボですわ……(^^;) 実はあそこらへん結構楽しんで書いていたんです(^^;) ゼルらしくないかなと思ったんですが、『ま、やっぱゼルだし』と勝手に自己完結してお・わ・り(ひど) >パパりん(←図々しいι)も久々に格好良いところ見せてくれましたね! >いやいや、ウィルフレッドさん、好きですvvv ここにも1人(笑) 実はHPでやってた人気投票、ねんねこの予想以上に彼に票が入っててちょっとびっくり。 いや、ねんねこはパパりんは好きですが。 図々しくないですよ。彼のことは『パパりんvv』て呼んであげてください。 きっと喜びます(笑) >んではまた、次の投稿待ってまーす♪ はいっ!近々出す予定なので待っててくださいなvv ではでは。 |
4914 | 可愛い!! | 緑原実華 E-mail | 11/16-16:30 |
記事番号4893へのコメント こんにちは〜!!緑原です。 読みましたよ〜。 っていうかゼルもクラヴィスも可愛いすぎです〜!! 特に私のツボをついたのが、嫌いな食べ物でしたね。(笑) そうか・・・セロリ嫌いなのね・・私と同じ・・・。 子供は単純・・・まったくそのとおり!! 続き楽しみにしてますね。ではでは〜・・・学校のパソコンは 打ちにくい・・。 |
4918 | コンセプトは原形をとどめないほど可愛く、ですね(笑) | ねんねこ E-mail URL | 11/16-16:52 |
記事番号4914へのコメント >こんにちは〜!!緑原です。 どうも、ねんねこです。 >読みましたよ〜。 >っていうかゼルもクラヴィスも可愛いすぎです〜!! タイトルにもあってようにコンセプトは原形をとどめないほど可愛く(笑) 子供なんだから崩せるだけ崩してしまおう、と(笑) >特に私のツボをついたのが、嫌いな食べ物でしたね。(笑) >そうか・・・セロリ嫌いなのね・・私と同じ・・・。 あの嫌いな食べ物、ねんねこの嫌いな食べ物です。 ……18にもなってピーマン食べられないんですよ(^^;) 玉ねぎは煮込めば食べれるんですが、生はちょっと……セロリはもう論外。 >子供は単純・・・まったくそのとおり!! >続き楽しみにしてますね。ではでは〜・・・学校のパソコンは >打ちにくい・・。 学校のパソコン使ってるんですか…… そういえば部活がどうの、とか前に言ってましたね。 いいなぁ、高校に自由に使えるパソコンがあって。 うちの高校は教師のみ使えるやつで、しかもスクリーンセーバーが何故かぷよぷよでしたよ(笑) 休み時間にゃ、先生がゲームして遊んでましたよ。あれにはちょっと不満を感じましたが。 ではでは、続き楽しみに待っててください。 |
4972 | Mission 0;1 Revolutionary determination | ねんねこ | 11/22-15:36 |
記事番号4890へのコメント 長い長いプロローグはまだまだ続く(死)ねんねこ的には横のスクロールの幅が心配だ……(笑) ********************** 誰が言ったか――世の中にはこんな言葉がある。 『人生は出会いと別れの繰り返し』 結局、人というものは人と接しなければ、生きていけないのである。たとえ、孤独を望んだとしても。 キメラという形でしかゼルガディスの精神は救えなかった。 一般的な生成方法とは違った特殊な方法でゼルガディスの身体はキメラにされた。 生まれて間もない頃から――少なくとも自分の記憶がはっきりしている頃からいつも側にいた祖父に裏切られ、彼は現実を拒絶した。 本来ならば、キメラにした時に彼にその理由を説明をすべきだった。だが、祖父――赤法師レゾにはそれが出来なかった。 レゾ当人の言葉を借りれば実に『運の悪い』ことだった。レゾの中にいた≪赤眼の魔王≫が、彼の心を完全に蝕んだのだ。意識を魔王にのっとられ、人が変わったように行動するようになってレゾを見て、ゼルガディスは祖父を拒絶した。 とは言っても、ゼルガディスは全てを拒絶したわけではない。困った時に泣きつく相手は今も昔もそう変わらなかった。 ゼルガディスは何度かクラヴィスと連絡を取り合っていた。 頼れるのは彼だけだった。 ほんの一時期だけレゾの元で働いてクラヴィスは情報収集能力でその実力を発揮した――といえば聞こえは良いが、単に噂好きだったりもするのだが。とにかく、クラヴィスの得た情報を頼りに、ゼルガディスはレゾに仕えているフリをしながら自分の身体を元に戻す方法を探した。 途中、何度もウィルフレッドがクラヴィスにゼルガディスと話がしたいと懇願したが、ゼルガディスはそれを拒絶した。別にウィルフレッドのことが嫌いだったわけではないが――なんとなく会いづらかったのだ。 何の手がかりも見つからないまま時を浪費し、彼はレゾを巣食った≪赤眼の魔王≫を2人の仲間と共に倒した。身体も意識もほとんど乗っ取られていたとはいえ、自分の祖父を手にかけたゼルガディスは自分まで拒絶し始めていた。 そんな頃のことである。 彼の人生を大きく変えることになる少女と出会ったのは。 「……なんか馬鹿みたいですね」 目の前ではぜるたき火を見ながら少女は小さな声で、だがはっきりとそう言った。 その言葉に何も言えず、ゼルガディスはその少女の方を見やった。 少女はアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンと言った。ほんの数日前、問答無用に巻き込まれた事件で偶然出会ったあのセイルーンの王女さまである。 まだ14歳。 17歳である自分が『大人』の部類に入るのかは疑問だったが、それでもゼルガディスにとって14歳の彼女はどう見ても『小娘』の部類に入った。 彼女の台詞からしばしの沈黙の後、ゼルガディスは掠れたような声で言った。 「……なんて言った? 今」 ゼルガディスの問いに今度はきっぱりと大きな声で即答してくる。 「なんか馬鹿みたいです。ていうか馬鹿そのもの?」 先程は理解できなかったその言葉も、今度はすぐに理解することが出来た。ゼルガディスは青筋を立てながら立ち上がり、自分を見上げてくるアメリアを思い切り睨みつけた。 「お前なぁっ! 自分から『ゼルガディスさんの昔話聞きたいですぅ』とか言ってきて開口一番にその台詞か!?」 「いけませんか?」 「悪いに決まってんだろ!?」 激昂するゼルガディスにアメリアは小さく嘆息した。 確かにゼルガディスが怒るのは当然のことだった。 サイラーグの街半分以上が戦いで焦土と化し、唯一残っていた丸太小屋にとりあえず避難することに決めた彼ら。それぞれ別行動ということになり、共にこれから戦うことになる3人は小屋の外に出ていったのだが、ゼルガディスとアメリアは別段なにもすることがなく、小屋の中に残っていた。 沈黙が続く中、何度かアメリアがゼルガディスに話しかけたものの無類の人間嫌いである彼がその言葉に答えるはずはなく、業を煮やした彼女が彼に『今までどんな生活をしてきたのだ?』と尋ねたのだ。 最初は答えることを渋っていたゼルガディスだったが、あまりにもしつこいアメリアにしぶしぶ話し始めた。 信用していた人間に裏切られて身体を変えられてしまったこと。 その腹いせに罪無き人を殺し、指名手配をされていること。 そのことにひどく後悔の念を抱いていること。 今までの愚痴を吐き出すように、ゼルガディスはアメリアに過去のことを話した。 それに対してのアメリアの素直な感想が、あの言葉である。 ゼルガディスにしてみれば、自分が今まで生きてきたことを否定されたようなものだった。 それもたった14歳の小娘に。 「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんですか? 馬鹿って自覚も無い馬鹿のくせに……」 「何度も馬鹿馬鹿連呼するなっ! 世間のことを何も知らない小娘のくせに!」 小娘、と言われてアメリアもかちんと来た。 敵意むき出しで睨みつけてくるゼルガディスを真っ向から睨み返し、アメリアも立ち上がった。 「だってゼルガディスさんって馬鹿じゃないですかっ! いつまでも過去のことにこだわっていてっ! どうして前を向こうとしないんですかっ!? 今のゼルガディスさん、ただ単に現実から逃げているだけじゃないですかっ!」 「――っ!」 図星をつかれてゼルガディスは足を床に叩きつけた。 確かに自分は現実から逃げている。 自分の身体のことを認めるのが恐くて。レゾに裏切られたことを認めるのが嫌で。レゾを倒せば見ることも無くなるだろうと思っていた悪夢は彼を倒しても見続けていた。しかも、彼を倒した人間たちの中に自分も含まれているということを自覚すれば、殺してやりたいくらいに自らを嫌悪した。 追い討ちをかけるように見る悪夢。 気がつくと変わっていた自分の身体。それを微笑んで見ているレゾの姿。 吐き気が込み上げてくる。 ゼルガディスはうめくように言葉を吐き出した。 「……あんたなんかに何がわかる……」 「その言葉、わたしには馬鹿の遠吠えにしか聞こえませんっ!」 その言葉にゼルガディスは何も答えず、近くにあった薪の山を思い切り蹴飛ばした。 彼女を斬り殺さなかっただけマシであっただろう。 はっきり言って。 お互いの第一印象はこれ以上ないと言うくらい最悪だった。 いつも前向きで物事をはっきり言うアメリア。 いつも前を向けずに後ろばかり眺めて全てを自分の中に押し込めてしまうゼルガディス。 全てが正反対である2人。 彼らは気づいていただろうか。 実はお互い似たような性格であるということを。 最初に相手に対するイメージが間違っていたことに気づいたのはアメリアだった。 いつも自己中心的で、自分さえ良ければ他はどうでもいい――彼女のゼルガディスに対する最初のイメージはそんなものだった。平気な顔をして他人の心を傷つけ、仲間の心配などせずにただひたすら自分のことだけを考えている。そう思っていたし、実際彼はそんな行動をとっていた。 だが。 彼が忌み嫌っていた祖父の研究所の中、罠にかかった仲間のことを心配せずに魔道書を読み漁っていた彼が、不覚にも別の罠にかかった自分を必死に助けようとしてくれた。礼を言うと、そっぽを向いてしまったが、アメリアはしっかり見ていた。照れて真っ赤になっている彼の顔を。 ゼルガディスもまた第一印象とは別のイメージを彼女に対して持ち始めていた。 ただ、いつでもがむしゃらに前に突き進んでいるわけではない。 14歳の子供ながら、戦いの中で自分がいったい何をすればいいのかがわかっているようだった。 時には仲間をサポートし、時には共に協力し合い、時には――やはり結局勝手に1人で暴走したが。 それでも、まだ戦いの経験の浅い彼女が何度かあった戦いを潜り抜けたことは、彼女の実力として認めなければならないだろう。ただの小娘ではない、ということだ。 短い時間の中で死闘とも言うべき戦いをしながら2人はお互いのことを理解しようと努めた。 そして―― ザナッファーから放たれた赤い光は真っ直ぐゼルガディスに向かってきた。 防御できない。 そう直感して、死を覚悟する。 その時ゼルガディスの視線に割って入ったのは、小さな少女だった。 生み出した防御壁で懸命に自分を守ろうとした。 光の威力に耐え切れず、自分のところに吹っ飛んできたアメリアをゼルガディスは咎めた。 「他人のことより自分の身を守れ!」 なんとなく嬉しかった。自分を守ろうとしてくれたことが。 ゼルガディスは初めて彼女に微笑んだ。 彼女も初めて彼に笑いかけた。 一時撤退する中、アメリアはゼルガディスにこっそりと言った。 「馬鹿って言って……ごめんなさい」 恋愛などというものは実に不可思議なものである。 どんなに第一印象が最悪でも、相手のことを見ていくうちに気づけば――などということも少なくはない。恋愛経験のほとんど無いゼルガディスとアメリアもその中の1人だった。 お互い自分の気持ちを言葉にすることはなかったが、それでも相手が自分をどう思っているのかくらいはわかった。 別に言葉で想いを確認する必要はない。 ただ、お互いを想っていればそれで十分だった。 だが。 『人生は出会いと別れの繰り返し』 人間出会っても、必ずどこかで別れを告げなければならないのだ。たとえ、愛し合ったもの同士でも。 闇を撒くもの(ダーク・スター)をこの世界から退けてから、3ヶ月が過ぎようとしていた。 理由はどうあれ、結果的には世界を救ったことになる英雄とも言うべき4人の人間たちは外の世界から結界内の半島にまで戻ってきて、それぞれ別の道を歩むことになった。 リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフは光の剣に変わる新しい魔法剣を探しに、ゼルガディス=グレイワーズは、相も変わらず自分の身体を元に戻す方法を探しに、そしてアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは自分の国へ外の世界のことを報告しに。 人は出会いと別れを繰り返す。どんなことがあっても、必ず出会えば別れが来るのだ。 ほぼ一年ぶりに戻ってきたセイルーン・シティの小高い丘でアメリアはゼルガディスと共に立っていた。 「わかってます。わたし」 彼女は開口一番にそう告げた。 アメリアの表情はゼルガディスからは見えなかった。彼女は、背中を向けていた。見られたくなかったのだろう。自分の泣き顔を。 彼女が辛い顔を彼に見せれば、彼の決心が揺らいでしまうと彼女はわかっていた。 ダーク・スターとの戦いのさなか、彼女は彼に戦いが終わったら自分と共にセイルーンに来るように言った。圧倒的な力を持つ敵を目の前にして、生きて帰れると言う保証が持ちたいがために言った言葉だったのだろう。が、その言葉はゼルガディスを真剣に悩ませた。 確かに彼女の言葉に従って、彼女と共に城へ行けば、彼女は喜ぶだろう。だが、それは一時凌ぎに過ぎない。ゼルガディスのキメラと言う呪われた身体――これを元に戻さない限り、彼はいつまでも彼女を幸せには出来ない。 無論、彼女は彼の身体のことを関係なしに彼を想ってくれるだろう。 だが、周りの人間はそうはいかない。アメリアは、大国の王女なのだ。王女ともあろうものが彼のような容姿の人間と関わりを持っていると言うだけでも由々しき事なのに、共に行って、アメリアが辛い立場になるのは必至だった。 そしてゼルガディスは決断した。 『今は彼女と別れ、元の姿に戻ってから彼女のところに行く』と。 そんな彼の思いを面と向かっては聞いていなかったが、彼女は彼の気持ちをちゃんと察していた。 アメリアは自分のことより彼の意見を尊重したかった。 彼もまたそんな彼女の思いを知っていた。 ゼルガディスがぽつりと言う。 「……待ってて欲しいんだ。すぐ戻る。絶対に」 「やだな、いつまでも待ってるに決まってるじゃないですか……わたし、いつまでもゼルガディスさんのこと……好きですか……ら……」 泣いてはいけない。そう自分に言い聞かせても、彼女は涙を止められなかった。小さな肩を震わせるアメリアをゼルガディスは後ろから強く抱きしめた。 「俺もだ。ずっといつまでもお前のことを愛してる」 「ゼルガ……ディスさん……」 初めて聞いた彼の想いに、アメリアがついに堰を切ったように泣き出した。ゼルガディスは自分の胸でしゃくりあげるアメリアをさらにしっかり抱きしめた。 『悪いが……頼みがあるんだ』 故郷セイルーン・シティの街を歩きながらアメリアの脳裏に先程のゼルガディスの別れ際の台詞が蘇っていた。 『手紙を渡して欲しいんだ』 『……手紙? 女の人?』 『……お前実は俺のこと全っ然信用してないだろ……女じゃない。ただの女好きの男さ』 『……自分で届ければいいじゃないですか』 『そうしたいのはやまやまなんだが……いろいろあってな。いいか? どこに行ったか、なんて訊かれても絶対言うなよ? 死にもの狂いで追いかけてくるからな』 『……どんな相手ですか……それ……』 『言うな。思い出しただけで鳥肌が立つ』 そう言いながらどこか遠くを見つめるゼルガディスの顔を思い出し、アメリアは思わず思い出し笑いをする。彼にそう言わせる相手がどんな人なのか、少しばかり興味もあったのだが―― セイルーン・シティの中心に程近い屋敷。こんな一等地に屋敷を構える人間とゼルガディスが知り合いなのに少しばかり驚きながらアメリアはゼルガディスに渡された地図を頼りに――と言ってもかなりアバウトなものなのでほとんど役には立たないが――通りを歩いていく。 やがて彼女の足がひときわ大きい屋敷の前に止まる。 「…………」 アメリアは屋敷と地図を交互に見つめた。 「……間違いかしら?」 ぽつりと呟く。 どうしたらこんな家に住む人間と(理由があったとは言え)凶悪犯罪者が知り合いになれるのか。 しかも―― アメリアは預かった手紙の宛名を見た。彼の丁寧な字でたった一言こう書いてある。 『馬鹿たれへ』 「……渡した途端、殴り掛かる仕組みになってたりしないですよね……」 彼を疑う気は毛頭無かったが、この宛名を見ればそう思いたくなるのは当然のことだった。 しばしの無言の後、アメリアは勝手に自己完結をした。 「ま、違ったら違ったで謝れば良いことですし」 いつも行き当たりばったりな彼女らしい意見ではあった。門をくぐり、扉を叩く。 「すみませぇぇぇぇんっ!」 声をあげながら扉を叩き続けるが一切返事はなかった。 「聞こえないのかしら……?」 こんなに大きな屋敷だ。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。 アメリアは大きく息を吸った。 絶叫しながら同時に右足で壊れない程度に扉を蹴りつける。 「す・み・ま・せぇぇぇぇぇぇぇんっ!」 がすごすどすがす。 何度も扉を蹴りつけると、そのうち家の中から足を踏み鳴らす音が聞こえてくる。アメリアは蹴るのを止めた。 一瞬の間を置いて、勢いよく扉が開いた。出てきたのは、二十歳前後の男。腰まである長い黒髪、翠色の目。さぞや異性にモテるであろう端正な顔立ちだが、今はこめかみを引きつらせていた。 彼女の顔を見ずにその男は叫ぶ。 「じゃかぁしいわこのボケっ! そう何度もドア蹴り入れなくても……わか……る」 視線の先に誰もいないので、そのまま叫びながら視線を下げる。やっとアメリアと目があったところで、彼はパタン、と扉を閉めた。そのまま間をおかず開くと彼はこれ以上ないというほど優しい笑みを浮かべていた。 「こんにちは、麗しのお嬢さん。今日は何のご用かな? もし良かったら中に入らないかい? なんならボクの部屋にでも――」 そこまで言いかけて、不意に男は地面に転がった――後ろから蹴りを入れられたのだ。彼に蹴りを入れた男がふん、と鼻を鳴らして目を吊り上げていた。 「まったく……人を見て客の対応を変えるのは止めなさいっていつも言ってるでしょ!? 女の子見たらすぐ口説く癖もっ! 聞いてるのっ!? クラヴィスくんっ!」 「っててて……ただの冗談じゃねぇか……なにも蹴りを入れることはないだろ蹴りを入れることは」 蹴られた腰を押さえうめきながらクラヴィスは立ち上がった。その様子を横目で見ながらウィルフレッドは呆然と事の成り行きを見ていたアメリアに向かって微笑みかける。 「ごめんね。馬鹿息子で」 「あ、いえ……あの……クラヴィス=ヴァレンタインさんっていうのは……」 アメリアは言って恐る恐る視線を転がった男に向ける。年の割には人懐っこい顔のクラヴィスがにっこりと笑った。 「オレだけど?」 「…………………そう、ですよね」 曖昧な返事をしながらアメリアは心の中でゼルガディスを呪う。 (……ゼルガディスさんは、いったいわたしにどうしろと!?) 「……どったの?」 無意識のうちに顔が強張っていたのだろう。アメリアの顔をクラヴィスが覗き込んだ。真っ赤になったアメリアは小さく後ろに飛び退くと、手にしていた手紙を彼に差し出した。 「ゼ、ゼルガディスさんからの預かりものですっ!」 アメリアの言葉にクラヴィスの顔つきが変わった。少し真剣な顔になって、手紙の封を素早く開ける。 『悪いが、この手紙を持ってきた女の子の面倒を見てやってくれ。ただし手を出したら速やかに抹殺する。以上定期報告終わり』 あまりに質素な手紙の内容にクラヴィスは顔をしかめながらアメリアに尋ねた。 「ゼルとはいつ?」 「ついさっきまで一緒にいましたけれど……?」 「あ・の・く・そ・が・き・はぁぁぁぁっ!」 こめかみを引きつらせて、クラヴィスはゼルの手紙をくしゃりと丸めた。 「どうしてそこまで来たのにこないんだっ!? 来たくないわけだなっ!? くそっ、力ずくで連れてきてやるっ!」 クラヴィスはアメリアを見た。 アメリアはその視線の意味を即座に理解し、彼の行き先を正直に答える。 「ラルティーグの方に行くって言ってました」 「ご協力どうもっ!」 言って駆け出すクラヴィスを呆然と見送りながら残されたアメリアとウィルフレッドは思わず顔を見合わせた。 首を傾げて、アメリアが尋ねる。 「……あのゼルガディスさんとあの方ってどういうご関係なんですか?」 彼女の問いにウィルフレッドはあっさりと答える。 「血の繋がった兄弟だよ」 「へ?」 突拍子もない答えにアメリアは間の抜けた声をあげる。ウィルフレッドはにっこりと笑った。 「本人たちは知らないけどね」 「はあ……」 曖昧な返事でアメリアはクラヴィスが駆けていった方を眺めた。 あの2人が兄弟とはとても思えない……とはいえ、自分も人のことが言えないのでなんとも言えないが。 ぼんやりと想像の海を漂っていると、ウィルフレッドが言ってくる。 「アメリアちゃん」 「はい?」 突然呼ばれて、アメリアは慌ててウィルフレッドの方を見た。自分の視線に合わせて、屈みながらウィルフレッドが優しく微笑んだ。 「今ね、クラヴィスくんがおいしいケーキを焼いてくれてたんだけど……良かったら食べていかない?」 その言葉にアメリアは少しだけ視線を宙に泳がせた。 ついさっき知り合ったばかりの人の家の中に堂々と上がり込むことに少し抵抗を覚えたのだ。とはいえ、ゼルガディスの知り合いなのだ。悪い人たちではないのだろう。おいしいケーキというのにも惹かれるので、アメリアはにっこりと笑ってその言葉に甘えた。 「そう言えば……」 ふと気づいたようにアメリアが尋ねた。 「わたし、名前言いましたっけ?」 彼女の問いにウィルフレッドは笑ってその場を誤魔化した。 黒い翼を持つ天使たち Mission 0;1 Revolutionary determination 彼女の口からゼルガディスの名前が出た時、ウィルフレッドは内心冷や汗をかいていた。 これは偶然なのか、それとも必然なのか。 全てのものに対して絶対的な力を持つ≪混沌の姫≫を内包した少女と、幾つもの偶然が重なって神と魔の両方を内包した青年の出会い。 平気で何年も連絡を寄越さなかったゼルガディスが突然1人の少女をここに行くよう言った理由は彼がクラヴィス宛てに書いた手紙の内容を読まなくとも、なんとなく想像がつく。 ウィルフレッドは今に続く廊下を歩きながらアメリアに尋ねた。 「ゼルガディスくんは……元気だった?」 彼の問いにアメリアは力強く頷いた。 「ええ、とても元気でした……ずっと元気でいてくれると嬉しいんですけど」 アメリアが寂しく微笑みながら答えた。その答えにウィルフレッドは少し安堵の息を吐く。 「そう……」 彼の身体のキメラ化はどうやら2つの意識の覚醒を防ぐことが出来ているらしい。そのことに少し安心する。せめて、彼が内包するものが対立などしなかったならば―― そこまで考えて、ウィルフレッドははたととあることに気づいた。後ろからついてくるアメリアをちらりと見る。 なぜ今まで気づかなかったのか。 「ゼルガディスくんの身体はね――」 急に立ち止まって、ウィルフレッドはぽつりと言った。アメリアは遅れて立ち止まりながら、ウィルフレッドの顔を見上げる。きょとんとした顔で自分を見てくるアメリアの頭を撫でながらウィルフレッドは提案した。 「……少し寄り道をしようか」 連れてこられたのは、書庫だった。 書庫独特のほこり臭い匂いが辺りに充満している。 部屋はかなり広く、置いてある本の数も半端ではなかった。 きょろきょろと周りを見渡しながら歩いてくるアメリアをよそにウィルフレッドは真っ直ぐと目的のものがしまってある場所に向かっていく。 「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕はウィルフレッド――ウィルフレッド=ヴァレンタイン。 とりあえずこう見えてもクラヴィスくんとゼルガディスくんのパパりんなんだ♪」 「……年、いくつなんですか……」 「? 今年で39だけど?」 「……そ、そおですか……」 きょとんとした顔で答えてくるウィルフレッドにアメリアは疲れたような声をあげた。 この男といい、クラヴィスといい、なんとなくゼルガディスが会うことを嫌がるのもわかるような気がした。嘆息してくるアメリアを訝しげに見ながらウィルフレッドは話を切り出した。 「君にはね、全てのことを知っておいてもらいたいんだ。ゼルガディスくんのこと、君自身のこと、全て」 「……わたしの……こと?」 ウィルフレッドの真剣な瞳を真っ直ぐ見つめながらアメリアは怪訝な顔をした。 自分のことは自分が一番よく知っている。出会ったばかりの男に教えられなければならない『自分』などない。 彼女の思いを見透かしたようにウィルフレッドは頭を振った。 「……今から12年前、この街でちょっと変わった出来事があった――突然ね、光が出現したんだよ。 天まで伸びた光は目撃者たちに『光の翼』と呼ばれたんだ」 「その話なら父さんからききました。 わたしの部屋から光が溢れていた、って。 わたしを助けてくれた人は名前も名乗らずに立ち去ってしまった、とそう聞きました」 「覚えていないの?」 ウィルフレッドの問いにアメリアは首を横に振った。 「その時わたし、ベッドで眠っていたんです」 アメリアの返答にウィルフレッドは彼女に背を向けた。 予想通りの彼女の答え。 ウィルフレッドはぽつりと呟いた。 「眠っていたんじゃない……乗っ取られていたんだ」 「え?」 あまりに小さな声で呟くウィルフレッドの言葉を聞き逃してアメリアはきょとんとした顔で問い返した。それには答えず、近くの本棚から一冊の魔道書を取り出してくる。魔道書は、革の表紙に金の縁取りがされ、表紙の中央に五芳星のような図形が描かれていたが、一目見てかなり古いものだということがわかる。 本にかぶったほこりをぽんぽんとはらって、ウィルフレッドは全神経を集中させた。 表紙に描かれた模様をなぞる。目を閉じて、同時に呪のようなものを紡ぐ。 『未来を紡ぐ聖なる紋章<ペンタクル>を司りし混沌の姫ルシファー』 なぞられた模様が輝き、光を放ち始める。 『今こそ我に汝の歩んだ道を示したまえ』 ウィルフレッドを中心に床に光が走ったと思うと、光は表紙と同じ模様を描き出す。 光に包まれて、ウィルフレッドは静かに目を開けた。 最後の呪文を紡ぐ。 『世界の狭間へ我らを誘え(オープン・ザ・ゲート)』 その瞬間。 部屋は光に包まれた。 光が収まり、反射的に閉じていた目を開けたアメリアの視界に入ってきたのは一面の『白』だった。床も天井も周りにあるはずの壁も。全てが真っ白だった。目の前にいたはずのウィルフレッドの姿も見えない。 「……ここは?」 呆然と呟く。 明らかに先程までいた場所とは違っていた。どこまでも続く一点の濁りもない白。気を抜けば平衡感覚を失いそうになるが、彼女はその場所に不安を感じなかった。むしろ、安心していた。優しいような暖かいようなそんな感じ。 「なんでも良いから想像してごらん。今、君はどこにいる?」 どこからか聞こえてくるウィルフレッドの声。アメリアは静かに目を閉じた。 なんとなく思いついたのは神殿だった。 床には真っ赤なじゅうたんが敷かれてあった。窓には何枚のステンドグラスがあって、天井はひたすら高い。 そこまで想像して、アメリアはうっすらと目を開いた。目の前に立つウィルフレッドの姿を認めて、アメリアはしっかりと目を開き、周りを見渡した。 壁にはめ込まれた何枚ものステンドグラス、床に敷かれた真っ赤なじゅうたん。天井はひたすら高い。 自分の思い描いた通りに変わっていた。彼女はさすがに小さく声をあげる。 「なっ……!?」 答えを求めるようにウィルフレッドの方を見る。彼は慌てず騒がず、彼女を落ち着かせようとにっこりと笑った。 「ここは世界の狭間。有と無が同時に存在する場所。君が想像した通りにこの世界は形作られる」 「……世界の……狭間?」 アメリアの問いには答えずウィルフレッドは彼女に手を差し出した。 「……少し歩こうか」 彼の言葉にアメリアは頷いて差し出された手に自分の手を絡ませた。 「――この世界が大きく2つに分けられることは知っているね?」 ウィルフレッドの問いにアメリアが頷き、答えてくる。 「精神世界面――アストラル・サイドと物質世界ですね」 2人は手を繋ぎながら神殿と化した世界の奥へと歩いていく。 どう見ても20代後半にしか見えないウィルフレッドだったが、アメリアと手を繋いで歩く姿はほのぼのとした親子の散歩を連想させた。 アメリアの言葉にウィルフレッドは満足そうに頷いた。 「そう。でも実はもう1つ別の世界があるんだ」 「……別の世界?」 怪訝な顔をして尋ねてくるアメリアに彼は大きく頷いた。 「魔族が存在する精神世界面(アストラル・サイド)と神と人間が存在するこの物質世界。その間に魔族でも神族でもないものが存在する空間がある。 それが――≪混沌の姫が眠る場所≫と呼ばれるもう一つの世界さ」 聞いたことのない単語が出てきて、彼女は眉をひそめた。沈黙を保って先を促す。ウィルフレッドは続けた。 「≪混沌の姫が眠る場所≫というのは――まあ、僕たちが勝手につけたんだけど。 魔でも神でもない中立の立場を取る金色の魔王の神聖なる場所」 そこで言葉を切ってウィルフレッドは立ち止まった。アメリアも止まって、前方を見つめた。 ちょうど神殿の最奥部。眩いほどの金色の光が両手に収まるくらいの球を形作っていた。 「世界を生み出した≪金色の魔王≫は、神と魔、どちらの仲間になることも許されなかった。僕たちがいる世界だけでなく――きっとどこかに存在しているはずの異界でも。 だから、ここは生まれたんだ。 神と魔の力、有と無、どちらも兼ね揃えたこの世界――最初来た時真っ白だったのに、君が想像したらその通りになったでしょ?」 ウィルフレッドの言葉にアメリアが静かに頷く。 「あれは、無だったものが君の力で有に変えられたんだ。君が別のものを想像すれば、ここはまた形を変える」 いったんそこで大きく息を吐き、彼は視線の先の金色の光を指差した。 「あれがなんだかわかるかい?」 「なんですか?」 「≪失われし真実の文書≫と呼ばれてるもの。金色の魔王が世界を生み出してから全てのことがあれに刻まれているんだよ。 僕がここに来る前に持っていた魔道書――あれは、この光の球が僕たちの世界に具現した時の仮の姿なんだ。金色の魔王が生まれ変わるたび、その世界のありふれたものを形作って≪守護者≫と呼ばれる人間の近くに転送される」 「生まれ変わる……? 金色の魔王が?」 「金色の魔王だけじゃない。神も魔も人間も存在している以上必ず『終わり』の時は来る。人間は『死』として、神や魔族は『滅び』として。 だけど、『終わり』があればまた『始まり』もある。『終わり』を迎えた者は、身体と呼んでいた器を原子レベルにまで分解されて世界をさ迷い、また時がきたら再び形作る。 魂も一緒さ。『終わり』を迎えてもまた『始まり』がやってくる。『終わり』を迎えた魂は世界をさ迷い、そして『始まり』を迎える。新しく形作られたものの中に入り、新しい存在としてまた世界を存在する――それが輪廻転生の理さ。 ただ、金色の魔王や各世界で『神』や『魔』と呼ばれている者、それに準ずる力を持つ者たちはその魂の強さゆえ、せかいをさ迷わずに『終わり』を迎えた直後、『始まり』を迎える身体に入り込むんだけどね」 「……つまり、世界のどこかに『金色の魔王』や『赤の竜神』の魂を持つ人がいるって言うんですか?」 納得がいかないという顔で言ってくるアメリアにウィルフレッドは苦笑いした。 彼女の手を離し、彼女の頭を優しく撫でながら言う。 「そんなにおかしなことじゃないと思うよ? 実際、『赤眼の魔王』は何度か現れただろう? 伝承じゃあ降魔戦争時に稀代の魔道士が『赤眼の魔王』の欠片を持っていた、と言われているし、ゼルガディスくんの話じゃあ、赤法師レゾもそのうちに魔王の欠片を持っていたらしいじゃないか。 まあ、『赤眼の魔王』は特別なんだ。『終わり』を迎える前に『赤の竜神』によって魂を7つに分断された。それが人間の身体に宿るたびに彼は人の意識を乗っ取って自らの目標を達成しようとしているんだろうね」 頭に思いついた疑問点を彼はいともあっさりと説明していった。アメリアはなんとなく悔しそうに頬を膨らませた。最後に一番始めに感じた疑問を口にしてみる。 「どうしてウィルフレッドさんはそんなに詳しいんですか? 世界のことなんてそんなに解明されてない――むしろ、全てが謎だらけじゃないですか……」 「それに答えるには初っ端に戻る必要があるね」 ウィルフレッドは、彼女から離れて金色の光――『失われし真実の文書』の方に向かう。彼が光に手を触れると、眩い光を放って、それは見覚えのある一冊の魔道書に変化する。 それを手にしながらウィルフレッドは真っ直ぐアメリアを見つめた。 「12年前、セイルーンの王宮の君の部屋から金色の翼のような光が現れた。 君はそれを覚えていないと言ったね。 でも覚えていないんじゃない。ただ、身体を乗っ取られていて、意識がなかったんだ」 「……乗っ取られ……?」 怪訝な顔で呟くアメリアにウィルフレッドは静かに頷いた。 「『神』でもなく『魔』でもなくその中間として存在することを決意した『金色の魔王』。 『彼女』は、自らと同じ立場で存在する『人間』に目をつけ、何度も転生を繰り返した。 何千回と繰り返された転生の中で『彼女』の意識が覚醒したのは、『彼女』の≪守護者≫である僕が知りうる限りたった2回。 千年前の降魔戦争の時、そして、12年前――君の部屋で」 「わたしが……金色の魔王の依り代……?」 呆然と呟くアメリアにウィルフレッドは天井を見上げた。 「……クラヴィスくんがね、情報を集めるのが結構得意なんだ……僕も得意なんだけど」 いきなり話題を変えてウィルフレッドが話し始めた。 「いつまで経っても戻ってこないゼルガディスくんの行方をね、僕たち一生懸命捜したんだ。 おかげで彼の行動はほとんどすべて把握してる」 視線を天井から彼女に戻す。 「レゾが残したコピーとザナッファーとの戦い、高位魔族との死闘とも言うべき戦い、そして異界の魔王との戦い――どれも常人では乗り越えていけないような戦いばかりのなかで、どうしていつも君たち4人が生き延びてこられたと思う?」 「それは――」 正義のおかげ、とはいえなかった。コピーレゾとの戦いの時はともかく、魔竜王や異界の魔王に手を貸したヴァルガーヴは、決して一概に悪と呼べる存在ではなかった。 ではなぜ自分たちは生き延びてこられたのか――特に何の経験も持たなかった自分が。 「君たちには特別な力があった、と言うしかないかもね。人を差別しているみたいでこういう言葉は好きじゃあないけれど」 ウィルフレッドは言って肩をすくめた。 「≪金色の魔王≫を君から切り取り、召喚できるほどの魔力を持つリナさん。 異界の武器を自由に使いこなすことの出来るガウリイさん。 そして、アメリアちゃんとゼルガディスくん」 「……ゼルガディスさんは? やっぱりあの……キメラのおかげで?」 「あれははっきり言って『足枷』だよ。あれがなくって自分の意識をちゃんとコントロールできてたら、彼は多分『金色の魔王』と同等の力を持つことが出来る。 ゼルガディスくんの中にはね、ゼルガディスくんの魂の他に余計なものが2つも入り込んじゃったんだ。『神』と呼ばれる≪赤の竜神≫と『魔』と呼ばれる≪赤眼の魔王≫、相反する魂が」 至極あっさりと言ってくるウィルフレッドにさすがのアメリアも目眩を覚える。 「……冗談なら今すぐ殴り倒しますよ」 アメリアの言葉にウィルフレッドは顔をしかめた。 「本当だって。ただ、『赤の竜神』が昔『赤眼の魔王』をはっ倒すのに夢中になって、限度も考えず自分の力を使いまくった挙げ句、魔王に反撃食らって魂の一部をどこかにおいてきちゃったせいで、力と目的だけがゼルガディスくんの中に入り込んじゃって――ゼルガディスくんが精神崩壊する寸前まで魔王と張り合うんだよ。まったく、どうして一番大事な『記憶』の部分を置いてきちゃうのか……」 赤の竜神の『記憶』がちゃんとあれば、自分たちがなぜ存在しているのかがわかるはずなのに。そうしたら、無意味に魔王と戦わなくなるはずなのに。 「――で、何とかゼルガディスくんを助ける方法はないかーということで、彼の精神がちゃんと安定するまで、彼の魔力を封じて2人の力を押さえようとしたんだけど……良い方法がなくて、仕方なくキメラにしたら肝心なところでレゾがボケるし、慌てて元に戻そうとゼルガディスくんに『会って』て言っても『ヤダ』とか二つ返事で拒否されるしぃぃぃぃぃ」 「……元に戻せるんですか……?」 「元に戻せなかったら絶対そんなことしてないにょ」 即答してくるウィルフレッドにアメリアが思わず怒鳴る。 「ちゃんとはじめっから説明してあげれば良いじゃないですかっ!」 「言った。説明した。元に戻せるって言ったら『気休めはよしてくれ。出来ないのはわかってるから』とか言われて、それから会ってもくれなくなったにょ」 (どっちもどっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?) まあ、ゼルガディスとしても下手な同情をしてもらいたくなかったのだろう。とはいえ―― (もう少し話し聞いてあげても良いと思うんですけどね……ゼルガディスさん) 深くため息を吐きながらアメリアは独りごちる。灯台下暗し、というのはきっとこの時のために存在した言葉だろう。呆れきったアメリアの様子にウィルフレッドがまじめな顔をして口を開いた。 「――頼みがあるんだ」 「……?」 怪訝な顔をして自分を見るアメリアにウィルフレッドは静かに目を向けた。 「君の中で眠っている≪金色の魔王≫を目覚めさせて、一つやってもらいたいことがあるんだ」 「……なん、ですか……?」 戸惑いを隠せないアメリアに彼はきっぱりと言った。 「この世界の『神』と『魔族』の存在意義を全て抹消し、新しい存在意義を設立すること」 「どういうことですか?」 「≪金色の魔王≫が生み出したのは、4人の『神』と呼ばれるヒトだった。4人のヒトは≪金色の魔王≫と同様の力を持っていて――ヒトを作り出す能力があった。『神』はそれぞれ自分の対となるヒトを生み出した。生み出したヒトに力の半分を渡してね。 結果、物理的魔術を主とする『神』と精神的魔術を主とする『対となるヒト』が生まれた。ただ、問題があったんだ」 「……問題?」 「相反する力を持つあまり、『神』と『対となるヒト』は考えまで相反するようになってしまった。『対となるヒト』は『神』から離れ、自らを『魔』となのり、『神』と対抗するようになった――つまり、離反したんだ」 「それが今の神と魔族の戦いに繋がっているんですか?」 アメリアの言葉にウィルフレッドは頷いた。 「長い戦いの末、残ったのは2つの間にわだかまる憎悪と戦意だけだった。すっかり本来の存在意義を忘れ、ただ相手を滅ぼすことのみに執着するようになった。 君に願いたいのは、彼らが戦う理由をなくして、共に存在するよう意義をつくること――そうすれば……」 ウィルフレッドは呪文を唱えた。周りの情景が急に歪み出し、元の白い空間に戻った。アメリアは一瞬慌てたが、今度は最初からウィルフレッドの姿がはっきりと見えたので、少し安堵する。 彼は床を見つめていた。怪訝な顔をしてアメリアも彼に近づき下を見て――思わず目を見開いた。 一部分だけ透き通った床の下。 そこには、自分の身体を抱えるように丸まっている人間の姿があった。その姿はさながら母親のお腹の中にいた時の姿にも見える。 年の頃から17くらいだろうか。黒い艶やかな黒髪はウィルフレッドに似た髪型で、肌も白い。 「……人……?」 「ゼルガディスくんだよ」 「――っ!?」 アメリアは顔を上げてウィルフレッドを凝視した。 ウィルフレッドがじっと床を見つめながら呟いた。 「ゼルガディスくんと共に旅をしてきたなら、君は彼と共にいくつもの研究所をまわったね」 「……はい」 「研究員たちはこう言ってなかったかい? 『いったんキメラにしたものを元に戻すのは不可能だ』と」 アメリアは頷いた。 「言われました。『作ったミックスジュースからオレンジジュースだけを取り出すことは出来ない』と」 「そう。その通りなんだよ。キメラにしてしまったものは元に戻らない。 だから、僕とレゾはゼルガディスくんのコピーを作ってコピーをキメラにした。そして、その身体にゼルガディスくんの魂を入れ替えた」 魂を分化することは出来なくても、その魂を別の容器に入れ替えることくらいは何とかできる。ウィルフレッドの言葉にレゾが出した策はこれしかなかった。 キメラにすることで、ある程度の魔力を封じることができる。ゼルガディスの魔力を借りて発露する『赤の竜神』と『赤眼の魔王』に簡単に身動き取れないようにするためだ。 「キメラにすることはあくまで応急処置に過ぎなかった。キメラにしたって、ゼルガディスくんが気を抜けばその隙を突いて発露する可能性は少なからずあったから。 だけど、もし彼らが戦う理由を失えば、ゼルガディスくんは精神を乗っ取られないで済むかもしれない」 「……対立する理由を失えば、2つの意識も大人しくなる、ということですか……」 アメリアの言葉にウィルフレッドは首を縦に振った。 彼女はいつか自分の魂を取り込むために眠り続けるゼルガディスの身体を見る。 (……わたしは彼の役に立てないと思っていたけれど……) 側にいてやれることしか出来なかった。 方法が見つからず落胆する彼に『今度は見つかりますよ』と明るく振る舞ってやることしか出来なかった。 ――実に偽善的行為を繰り返していた。 (それで彼が救われるのだったら――) 「ウィルフレッドさん。わたし……」 アメリアはしっかりと真正面からウィルフレッドを見た。 「やります」 【 Go To Mission 0;2 】 誰が言ったか――世の中にはこんな言葉がある。 『人生は出会いと別れの繰り返し』 結局、人というものは人と接しなければ、生きていけないのである。たとえ、孤独を望んだとしても。 キメラという形でしかゼルガディスの精神は救えなかった。 一般的な生成方法とは違った特殊な方法でゼルガディスの身体はキメラにされた。 生まれて間もない頃から――少なくとも自分の記憶がはっきりしている頃からいつも側にいた祖父に裏切られ、彼は現実を拒絶した。 本来ならば、キメラにした時に彼にその理由を説明をすべきだった。だが、祖父――赤法師レゾにはそれが出来なかった。 レゾ当人の言葉を借りれば実に『運の悪い』ことだった。レゾの中にいた≪赤眼の魔王≫が、彼の心を完全に蝕んだのだ。意識を魔王にのっとられ、人が変わったように行動するようになってレゾを見て、ゼルガディスは祖父を拒絶した。 とは言っても、ゼルガディスは全てを拒絶したわけではない。困った時に泣きつく相手は今も昔もそう変わらなかった。 ゼルガディスは何度かクラヴィスと連絡を取り合っていた。 頼れるのは彼だけだった。 ほんの一時期だけレゾの元で働いてクラヴィスは情報収集能力でその実力を発揮した――といえば聞こえは良いが、単に噂好きだったりもするのだが。とにかく、クラヴィスの得た情報を頼りに、ゼルガディスはレゾに仕えているフリをしながら自分の身体を元に戻す方法を探した。 途中、何度もウィルフレッドがクラヴィスにゼルガディスと話がしたいと懇願したが、ゼルガディスはそれを拒絶した。別にウィルフレッドのことが嫌いだったわけではないが――なんとなく会いづらかったのだ。 何の手がかりも見つからないまま時を浪費し、彼はレゾを巣食った≪赤眼の魔王≫を2人の仲間と共に倒した。身体も意識もほとんど乗っ取られていたとはいえ、自分の祖父を手にかけたゼルガディスは自分まで拒絶し始めていた。 そんな頃のことである。 彼の人生を大きく変えることになる少女と出会ったのは。 「……なんか馬鹿みたいですね」 目の前ではぜるたき火を見ながら少女は小さな声で、だがはっきりとそう言った。 その言葉に何も言えず、ゼルガディスはその少女の方を見やった。 少女はアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンと言った。ほんの数日前、問答無用に巻き込まれた事件で偶然出会ったあのセイルーンの王女さまである。 まだ14歳。 17歳である自分が『大人』の部類に入るのかは疑問だったが、それでもゼルガディスにとって14歳の彼女はどう見ても『小娘』の部類に入った。 彼女の台詞からしばしの沈黙の後、ゼルガディスは掠れたような声で言った。 「……なんて言った? 今」 ゼルガディスの問いに今度はきっぱりと大きな声で即答してくる。 「なんか馬鹿みたいです。ていうか馬鹿そのもの?」 先程は理解できなかったその言葉も、今度はすぐに理解することが出来た。ゼルガディスは青筋を立てながら立ち上がり、自分を見上げてくるアメリアを思い切り睨みつけた。 「お前なぁっ! 自分から『ゼルガディスさんの昔話聞きたいですぅ』とか言ってきて開口一番にその台詞か!?」 「いけませんか?」 「悪いに決まってんだろ!?」 激昂するゼルガディスにアメリアは小さく嘆息した。 確かにゼルガディスが怒るのは当然のことだった。 サイラーグの街半分以上が戦いで焦土と化し、唯一残っていた丸太小屋にとりあえず避難することに決めた彼ら。それぞれ別行動ということになり、共にこれから戦うことになる3人は小屋の外に出ていったのだが、ゼルガディスとアメリアは別段なにもすることがなく、小屋の中に残っていた。 沈黙が続く中、何度かアメリアがゼルガディスに話しかけたものの無類の人間嫌いである彼がその言葉に答えるはずはなく、業を煮やした彼女が彼に『今までどんな生活をしてきたのだ?』と尋ねたのだ。 最初は答えることを渋っていたゼルガディスだったが、あまりにもしつこいアメリアにしぶしぶ話し始めた。 信用していた人間に裏切られて身体を変えられてしまったこと。 その腹いせに罪無き人を殺し、指名手配をされていること。 そのことにひどく後悔の念を抱いていること。 今までの愚痴を吐き出すように、ゼルガディスはアメリアに過去のことを話した。 それに対してのアメリアの素直な感想が、あの言葉である。 ゼルガディスにしてみれば、自分が今まで生きてきたことを否定されたようなものだった。 それもたった14歳の小娘に。 「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんですか? 馬鹿って自覚も無い馬鹿のくせに……」 「何度も馬鹿馬鹿連呼するなっ! 世間のことを何も知らない小娘のくせに!」 小娘、と言われてアメリアもかちんと来た。 敵意むき出しで睨みつけてくるゼルガディスを真っ向から睨み返し、アメリアも立ち上がった。 「だってゼルガディスさんって馬鹿じゃないですかっ! いつまでも過去のことにこだわっていてっ! どうして前を向こうとしないんですかっ!? 今のゼルガディスさん、ただ単に現実から逃げているだけじゃないですかっ!」 「――っ!」 図星をつかれてゼルガディスは足を床に叩きつけた。 確かに自分は現実から逃げている。 自分の身体のことを認めるのが恐くて。レゾに裏切られたことを認めるのが嫌で。レゾを倒せば見ることも無くなるだろうと思っていた悪夢は彼を倒しても見続けていた。しかも、彼を倒した人間たちの中に自分も含まれているということを自覚すれば、殺してやりたいくらいに自らを嫌悪した。 追い討ちをかけるように見る悪夢。 気がつくと変わっていた自分の身体。それを微笑んで見ているレゾの姿。 吐き気が込み上げてくる。 ゼルガディスはうめくように言葉を吐き出した。 「……あんたなんかに何がわかる……」 「その言葉、わたしには馬鹿の遠吠えにしか聞こえませんっ!」 その言葉にゼルガディスは何も答えず、近くにあった薪の山を思い切り蹴飛ばした。 彼女を斬り殺さなかっただけマシであっただろう。 はっきり言って。 お互いの第一印象はこれ以上ないと言うくらい最悪だった。 いつも前向きで物事をはっきり言うアメリア。 いつも前を向けずに後ろばかり眺めて全てを自分の中に押し込めてしまうゼルガディス。 全てが正反対である2人。 彼らは気づいていただろうか。 実はお互い似たような性格であるということを。 最初に相手に対するイメージが間違っていたことに気づいたのはアメリアだった。 いつも自己中心的で、自分さえ良ければ他はどうでもいい――彼女のゼルガディスに対する最初のイメージはそんなものだった。平気な顔をして他人の心を傷つけ、仲間の心配などせずにただひたすら自分のことだけを考えている。そう思っていたし、実際彼はそんな行動をとっていた。 だが。 彼が忌み嫌っていた祖父の研究所の中、罠にかかった仲間のことを心配せずに魔道書を読み漁っていた彼が、不覚にも別の罠にかかった自分を必死に助けようとしてくれた。礼を言うと、そっぽを向いてしまったが、アメリアはしっかり見ていた。照れて真っ赤になっている彼の顔を。 ゼルガディスもまた第一印象とは別のイメージを彼女に対して持ち始めていた。 ただ、いつでもがむしゃらに前に突き進んでいるわけではない。 14歳の子供ながら、戦いの中で自分がいったい何をすればいいのかがわかっているようだった。 時には仲間をサポートし、時には共に協力し合い、時には――やはり結局勝手に1人で暴走したが。 それでも、まだ戦いの経験の浅い彼女が何度かあった戦いを潜り抜けたことは、彼女の実力として認めなければならないだろう。ただの小娘ではない、ということだ。 短い時間の中で死闘とも言うべき戦いをしながら2人はお互いのことを理解しようと努めた。 そして―― ザナッファーから放たれた赤い光は真っ直ぐゼルガディスに向かってきた。 防御できない。 そう直感して、死を覚悟する。 その時ゼルガディスの視線に割って入ったのは、小さな少女だった。 生み出した防御壁で懸命に自分を守ろうとした。 光の威力に耐え切れず、自分のところに吹っ飛んできたアメリアをゼルガディスは咎めた。 「他人のことより自分の身を守れ!」 なんとなく嬉しかった。自分を守ろうとしてくれたことが。 ゼルガディスは初めて彼女に微笑んだ。 彼女も初めて彼に笑いかけた。 一時撤退する中、アメリアはゼルガディスにこっそりと言った。 「馬鹿って言って……ごめんなさい」 恋愛などというものは実に不可思議なものである。 どんなに第一印象が最悪でも、相手のことを見ていくうちに気づけば――などということも少なくはない。恋愛経験のほとんど無いゼルガディスとアメリアもその中の1人だった。 お互い自分の気持ちを言葉にすることはなかったが、それでも相手が自分をどう思っているのかくらいはわかった。 別に言葉で想いを確認する必要はない。 ただ、お互いを想っていればそれで十分だった。 だが。 『人生は出会いと別れの繰り返し』 人間出会っても、必ずどこかで別れを告げなければならないのだ。たとえ、愛し合ったもの同士でも。 闇を撒くもの(ダーク・スター)をこの世界から退けてから、3ヶ月が過ぎようとしていた。 理由はどうあれ、結果的には世界を救ったことになる英雄とも言うべき4人の人間たちは外の世界から結界内の半島にまで戻ってきて、それぞれ別の道を歩むことになった。 リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフは光の剣に変わる新しい魔法剣を探しに、ゼルガディス=グレイワーズは、相も変わらず自分の身体を元に戻す方法を探しに、そしてアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは自分の国へ外の世界のことを報告しに。 人は出会いと別れを繰り返す。どんなことがあっても、必ず出会えば別れが来るのだ。 ほぼ一年ぶりに戻ってきたセイルーン・シティの小高い丘でアメリアはゼルガディスと共に立っていた。 「わかってます。わたし」 彼女は開口一番にそう告げた。 アメリアの表情はゼルガディスからは見えなかった。彼女は、背中を向けていた。見られたくなかったのだろう。自分の泣き顔を。 彼女が辛い顔を彼に見せれば、彼の決心が揺らいでしまうと彼女はわかっていた。 ダーク・スターとの戦いのさなか、彼女は彼に戦いが終わったら自分と共にセイルーンに来るように言った。圧倒的な力を持つ敵を目の前にして、生きて帰れると言う保証が持ちたいがために言った言葉だったのだろう。が、その言葉はゼルガディスを真剣に悩ませた。 確かに彼女の言葉に従って、彼女と共に城へ行けば、彼女は喜ぶだろう。だが、それは一時凌ぎに過ぎない。ゼルガディスのキメラと言う呪われた身体――これを元に戻さない限り、彼はいつまでも彼女を幸せには出来ない。 無論、彼女は彼の身体のことを関係なしに彼を想ってくれるだろう。 だが、周りの人間はそうはいかない。アメリアは、大国の王女なのだ。王女ともあろうものが彼のような容姿の人間と関わりを持っていると言うだけでも由々しき事なのに、共に行って、アメリアが辛い立場になるのは必至だった。 そしてゼルガディスは決断した。 『今は彼女と別れ、元の姿に戻ってから彼女のところに行く』と。 そんな彼の思いを面と向かっては聞いていなかったが、彼女は彼の気持ちをちゃんと察していた。 アメリアは自分のことより彼の意見を尊重したかった。 彼もまたそんな彼女の思いを知っていた。 ゼルガディスがぽつりと言う。 「……待ってて欲しいんだ。すぐ戻る。絶対に」 「やだな、いつまでも待ってるに決まってるじゃないですか……わたし、いつまでもゼルガディスさんのこと……好きですか……ら……」 泣いてはいけない。そう自分に言い聞かせても、彼女は涙を止められなかった。小さな肩を震わせるアメリアをゼルガディスは後ろから強く抱きしめた。 「俺もだ。ずっといつまでもお前のことを愛してる」 「ゼルガ……ディスさん……」 初めて聞いた彼の想いに、アメリアがついに堰を切ったように泣き出した。ゼルガディスは自分の胸でしゃくりあげるアメリアをさらにしっかり抱きしめた。 『悪いが……頼みがあるんだ』 故郷セイルーン・シティの街を歩きながらアメリアの脳裏に先程のゼルガディスの別れ際の台詞が蘇っていた。 『手紙を渡して欲しいんだ』 『……手紙? 女の人?』 『……お前実は俺のこと全っ然信用してないだろ……女じゃない。ただの女好きの男さ』 『……自分で届ければいいじゃないですか』 『そうしたいのはやまやまなんだが……いろいろあってな。いいか? どこに行ったか、なんて訊かれても絶対言うなよ? 死にもの狂いで追いかけてくるからな』 『……どんな相手ですか……それ……』 『言うな。思い出しただけで鳥肌が立つ』 そう言いながらどこか遠くを見つめるゼルガディスの顔を思い出し、アメリアは思わず思い出し笑いをする。彼にそう言わせる相手がどんな人なのか、少しばかり興味もあったのだが―― セイルーン・シティの中心に程近い屋敷。こんな一等地に屋敷を構える人間とゼルガディスが知り合いなのに少しばかり驚きながらアメリアはゼルガディスに渡された地図を頼りに――と言ってもかなりアバウトなものなのでほとんど役には立たないが――通りを歩いていく。 やがて彼女の足がひときわ大きい屋敷の前に止まる。 「…………」 アメリアは屋敷と地図を交互に見つめた。 「……間違いかしら?」 ぽつりと呟く。 どうしたらこんな家に住む人間と(理由があったとは言え)凶悪犯罪者が知り合いになれるのか。 しかも―― アメリアは預かった手紙の宛名を見た。彼の丁寧な字でたった一言こう書いてある。 『馬鹿たれへ』 「……渡した途端、殴り掛かる仕組みになってたりしないですよね……」 彼を疑う気は毛頭無かったが、この宛名を見ればそう思いたくなるのは当然のことだった。 しばしの無言の後、アメリアは勝手に自己完結をした。 「ま、違ったら違ったで謝れば良いことですし」 いつも行き当たりばったりな彼女らしい意見ではあった。門をくぐり、扉を叩く。 「すみませぇぇぇぇんっ!」 声をあげながら扉を叩き続けるが一切返事はなかった。 「聞こえないのかしら……?」 こんなに大きな屋敷だ。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。 アメリアは大きく息を吸った。 絶叫しながら同時に右足で壊れない程度に扉を蹴りつける。 「す・み・ま・せぇぇぇぇぇぇぇんっ!」 がすごすどすがす。 何度も扉を蹴りつけると、そのうち家の中から足を踏み鳴らす音が聞こえてくる。アメリアは蹴るのを止めた。 一瞬の間を置いて、勢いよく扉が開いた。出てきたのは、二十歳前後の男。腰まである長い黒髪、翠色の目。さぞや異性にモテるであろう端正な顔立ちだが、今はこめかみを引きつらせていた。 彼女の顔を見ずにその男は叫ぶ。 「じゃかぁしいわこのボケっ! そう何度もドア蹴り入れなくても……わか……る」 視線の先に誰もいないので、そのまま叫びながら視線を下げる。やっとアメリアと目があったところで、彼はパタン、と扉を閉めた。そのまま間をおかず開くと彼はこれ以上ないというほど優しい笑みを浮かべていた。 「こんにちは、麗しのお嬢さん。今日は何のご用かな? もし良かったら中に入らないかい? なんならボクの部屋にでも――」 そこまで言いかけて、不意に男は地面に転がった――後ろから蹴りを入れられたのだ。彼に蹴りを入れた男がふん、と鼻を鳴らして目を吊り上げていた。 「まったく……人を見て客の対応を変えるのは止めなさいっていつも言ってるでしょ!? 女の子見たらすぐ口説く癖もっ! 聞いてるのっ!? クラヴィスくんっ!」 「っててて……ただの冗談じゃねぇか……なにも蹴りを入れることはないだろ蹴りを入れることは」 蹴られた腰を押さえうめきながらクラヴィスは立ち上がった。その様子を横目で見ながらウィルフレッドは呆然と事の成り行きを見ていたアメリアに向かって微笑みかける。 「ごめんね。馬鹿息子で」 「あ、いえ……あの……クラヴィス=ヴァレンタインさんっていうのは……」 アメリアは言って恐る恐る視線を転がった男に向ける。年の割には人懐っこい顔のクラヴィスがにっこりと笑った。 「オレだけど?」 「…………………そう、ですよね」 曖昧な返事をしながらアメリアは心の中でゼルガディスを呪う。 (……ゼルガディスさんは、いったいわたしにどうしろと!?) 「……どったの?」 無意識のうちに顔が強張っていたのだろう。アメリアの顔をクラヴィスが覗き込んだ。真っ赤になったアメリアは小さく後ろに飛び退くと、手にしていた手紙を彼に差し出した。 「ゼ、ゼルガディスさんからの預かりものですっ!」 アメリアの言葉にクラヴィスの顔つきが変わった。少し真剣な顔になって、手紙の封を素早く開ける。 『悪いが、この手紙を持ってきた女の子の面倒を見てやってくれ。ただし手を出したら速やかに抹殺する。以上定期報告終わり』 あまりに質素な手紙の内容にクラヴィスは顔をしかめながらアメリアに尋ねた。 「ゼルとはいつ?」 「ついさっきまで一緒にいましたけれど……?」 「あ・の・く・そ・が・き・はぁぁぁぁっ!」 こめかみを引きつらせて、クラヴィスはゼルの手紙をくしゃりと丸めた。 「どうしてそこまで来たのにこないんだっ!? 来たくないわけだなっ!? くそっ、力ずくで連れてきてやるっ!」 クラヴィスはアメリアを見た。 アメリアはその視線の意味を即座に理解し、彼の行き先を正直に答える。 「ラルティーグの方に行くって言ってました」 「ご協力どうもっ!」 言って駆け出すクラヴィスを呆然と見送りながら残されたアメリアとウィルフレッドは思わず顔を見合わせた。 首を傾げて、アメリアが尋ねる。 「……あのゼルガディスさんとあの方ってどういうご関係なんですか?」 彼女の問いにウィルフレッドはあっさりと答える。 「血の繋がった兄弟だよ」 「へ?」 突拍子もない答えにアメリアは間の抜けた声をあげる。ウィルフレッドはにっこりと笑った。 「本人たちは知らないけどね」 「はあ……」 曖昧な返事でアメリアはクラヴィスが駆けていった方を眺めた。 あの2人が兄弟とはとても思えない……とはいえ、自分も人のことが言えないのでなんとも言えないが。 ぼんやりと想像の海を漂っていると、ウィルフレッドが言ってくる。 「アメリアちゃん」 「はい?」 突然呼ばれて、アメリアは慌ててウィルフレッドの方を見た。自分の視線に合わせて、屈みながらウィルフレッドが優しく微笑んだ。 「今ね、クラヴィスくんがおいしいケーキを焼いてくれてたんだけど……良かったら食べていかない?」 その言葉にアメリアは少しだけ視線を宙に泳がせた。 ついさっき知り合ったばかりの人の家の中に堂々と上がり込むことに少し抵抗を覚えたのだ。とはいえ、ゼルガディスの知り合いなのだ。悪い人たちではないのだろう。おいしいケーキというのにも惹かれるので、アメリアはにっこりと笑ってその言葉に甘えた。 「そう言えば……」 ふと気づいたようにアメリアが尋ねた。 「わたし、名前言いましたっけ?」 彼女の問いにウィルフレッドは笑ってその場を誤魔化した。 黒い翼を持つ天使たち Mission 0;1 Revolutionary determination 彼女の口からゼルガディスの名前が出た時、ウィルフレッドは内心冷や汗をかいていた。 これは偶然なのか、それとも必然なのか。 全てのものに対して絶対的な力を持つ≪混沌の姫≫を内包した少女と、幾つもの偶然が重なって神と魔の両方を内包した青年の出会い。 平気で何年も連絡を寄越さなかったゼルガディスが突然1人の少女をここに行くよう言った理由は彼がクラヴィス宛てに書いた手紙の内容を読まなくとも、なんとなく想像がつく。 ウィルフレッドは今に続く廊下を歩きながらアメリアに尋ねた。 「ゼルガディスくんは……元気だった?」 彼の問いにアメリアは力強く頷いた。 「ええ、とても元気でした……ずっと元気でいてくれると嬉しいんですけど」 アメリアが寂しく微笑みながら答えた。その答えにウィルフレッドは少し安堵の息を吐く。 「そう……」 彼の身体のキメラ化はどうやら2つの意識の覚醒を防ぐことが出来ているらしい。そのことに少し安心する。せめて、彼が内包するものが対立などしなかったならば―― そこまで考えて、ウィルフレッドははたととあることに気づいた。後ろからついてくるアメリアをちらりと見る。 なぜ今まで気づかなかったのか。 「ゼルガディスくんの身体はね――」 急に立ち止まって、ウィルフレッドはぽつりと言った。アメリアは遅れて立ち止まりながら、ウィルフレッドの顔を見上げる。きょとんとした顔で自分を見てくるアメリアの頭を撫でながらウィルフレッドは提案した。 「……少し寄り道をしようか」 連れてこられたのは、書庫だった。 書庫独特のほこり臭い匂いが辺りに充満している。 部屋はかなり広く、置いてある本の数も半端ではなかった。 きょろきょろと周りを見渡しながら歩いてくるアメリアをよそにウィルフレッドは真っ直ぐと目的のものがしまってある場所に向かっていく。 「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕はウィルフレッド――ウィルフレッド=ヴァレンタイン。 とりあえずこう見えてもクラヴィスくんとゼルガディスくんのパパりんなんだ♪」 「……年、いくつなんですか……」 「? 今年で39だけど?」 「……そ、そおですか……」 きょとんとした顔で答えてくるウィルフレッドにアメリアは疲れたような声をあげた。 この男といい、クラヴィスといい、なんとなくゼルガディスが会うことを嫌がるのもわかるような気がした。嘆息してくるアメリアを訝しげに見ながらウィルフレッドは話を切り出した。 「君にはね、全てのことを知っておいてもらいたいんだ。ゼルガディスくんのこと、君自身のこと、全て」 「……わたしの……こと?」 ウィルフレッドの真剣な瞳を真っ直ぐ見つめながらアメリアは怪訝な顔をした。 自分のことは自分が一番よく知っている。出会ったばかりの男に教えられなければならない『自分』などない。 彼女の思いを見透かしたようにウィルフレッドは頭を振った。 「……今から12年前、この街でちょっと変わった出来事があった――突然ね、光が出現したんだよ。 天まで伸びた光は目撃者たちに『光の翼』と呼ばれたんだ」 「その話なら父さんからききました。 わたしの部屋から光が溢れていた、って。 わたしを助けてくれた人は名前も名乗らずに立ち去ってしまった、とそう聞きました」 「覚えていないの?」 ウィルフレッドの問いにアメリアは首を横に振った。 「その時わたし、ベッドで眠っていたんです」 アメリアの返答にウィルフレッドは彼女に背を向けた。 予想通りの彼女の答え。 ウィルフレッドはぽつりと呟いた。 「眠っていたんじゃない……乗っ取られていたんだ」 「え?」 あまりに小さな声で呟くウィルフレッドの言葉を聞き逃してアメリアはきょとんとした顔で問い返した。それには答えず、近くの本棚から一冊の魔道書を取り出してくる。魔道書は、革の表紙に金の縁取りがされ、表紙の中央に五芳星のような図形が描かれていたが、一目見てかなり古いものだということがわかる。 本にかぶったほこりをぽんぽんとはらって、ウィルフレッドは全神経を集中させた。 表紙に描かれた模様をなぞる。目を閉じて、同時に呪のようなものを紡ぐ。 『未来を紡ぐ聖なる紋章<ペンタクル>を司りし混沌の姫ルシファー』 なぞられた模様が輝き、光を放ち始める。 『今こそ我に汝の歩んだ道を示したまえ』 ウィルフレッドを中心に床に光が走ったと思うと、光は表紙と同じ模様を描き出す。 光に包まれて、ウィルフレッドは静かに目を開けた。 最後の呪文を紡ぐ。 『世界の狭間へ我らを誘え(オープン・ザ・ゲート)』 その瞬間。 部屋は光に包まれた。 光が収まり、反射的に閉じていた目を開けたアメリアの視界に入ってきたのは一面の『白』だった。床も天井も周りにあるはずの壁も。全てが真っ白だった。目の前にいたはずのウィルフレッドの姿も見えない。 「……ここは?」 呆然と呟く。 明らかに先程までいた場所とは違っていた。どこまでも続く一点の濁りもない白。気を抜けば平衡感覚を失いそうになるが、彼女はその場所に不安を感じなかった。むしろ、安心していた。優しいような暖かいようなそんな感じ。 「なんでも良いから想像してごらん。今、君はどこにいる?」 どこからか聞こえてくるウィルフレッドの声。アメリアは静かに目を閉じた。 なんとなく思いついたのは神殿だった。 床には真っ赤なじゅうたんが敷かれてあった。窓には何枚のステンドグラスがあって、天井はひたすら高い。 そこまで想像して、アメリアはうっすらと目を開いた。目の前に立つウィルフレッドの姿を認めて、アメリアはしっかりと目を開き、周りを見渡した。 壁にはめ込まれた何枚ものステンドグラス、床に敷かれた真っ赤なじゅうたん。天井はひたすら高い。 自分の思い描いた通りに変わっていた。彼女はさすがに小さく声をあげる。 「なっ……!?」 答えを求めるようにウィルフレッドの方を見る。彼は慌てず騒がず、彼女を落ち着かせようとにっこりと笑った。 「ここは世界の狭間。有と無が同時に存在する場所。君が想像した通りにこの世界は形作られる」 「……世界の……狭間?」 アメリアの問いには答えずウィルフレッドは彼女に手を差し出した。 「……少し歩こうか」 彼の言葉にアメリアは頷いて差し出された手に自分の手を絡ませた。 「――この世界が大きく2つに分けられることは知っているね?」 ウィルフレッドの問いにアメリアが頷き、答えてくる。 「精神世界面――アストラル・サイドと物質世界ですね」 2人は手を繋ぎながら神殿と化した世界の奥へと歩いていく。 どう見ても20代後半にしか見えないウィルフレッドだったが、アメリアと手を繋いで歩く姿はほのぼのとした親子の散歩を連想させた。 アメリアの言葉にウィルフレッドは満足そうに頷いた。 「そう。でも実はもう1つ別の世界があるんだ」 「……別の世界?」 怪訝な顔をして尋ねてくるアメリアに彼は大きく頷いた。 「魔族が存在する精神世界面(アストラル・サイド)と神と人間が存在するこの物質世界。その間に魔族でも神族でもないものが存在する空間がある。 それが――≪混沌の姫が眠る場所≫と呼ばれるもう一つの世界さ」 聞いたことのない単語が出てきて、彼女は眉をひそめた。沈黙を保って先を促す。ウィルフレッドは続けた。 「≪混沌の姫が眠る場所≫というのは――まあ、僕たちが勝手につけたんだけど。 魔でも神でもない中立の立場を取る金色の魔王の神聖なる場所」 そこで言葉を切ってウィルフレッドは立ち止まった。アメリアも止まって、前方を見つめた。 ちょうど神殿の最奥部。眩いほどの金色の光が両手に収まるくらいの球を形作っていた。 「世界を生み出した≪金色の魔王≫は、神と魔、どちらの仲間になることも許されなかった。僕たちがいる世界だけでなく――きっとどこかに存在しているはずの異界でも。 だから、ここは生まれたんだ。 神と魔の力、有と無、どちらも兼ね揃えたこの世界――最初来た時真っ白だったのに、君が想像したらその通りになったでしょ?」 ウィルフレッドの言葉にアメリアが静かに頷く。 「あれは、無だったものが君の力で有に変えられたんだ。君が別のものを想像すれば、ここはまた形を変える」 いったんそこで大きく息を吐き、彼は視線の先の金色の光を指差した。 「あれがなんだかわかるかい?」 「なんですか?」 「≪失われし真実の文書≫と呼ばれてるもの。金色の魔王が世界を生み出してから全てのことがあれに刻まれているんだよ。 僕がここに来る前に持っていた魔道書――あれは、この光の球が僕たちの世界に具現した時の仮の姿なんだ。金色の魔王が生まれ変わるたび、その世界のありふれたものを形作って≪守護者≫と呼ばれる人間の近くに転送される」 「生まれ変わる……? 金色の魔王が?」 「金色の魔王だけじゃない。神も魔も人間も存在している以上必ず『終わり』の時は来る。人間は『死』として、神や魔族は『滅び』として。 だけど、『終わり』があればまた『始まり』もある。『終わり』を迎えた者は、身体と呼んでいた器を原子レベルにまで分解されて世界をさ迷い、また時がきたら再び形作る。 魂も一緒さ。『終わり』を迎えてもまた『始まり』がやってくる。『終わり』を迎えた魂は世界をさ迷い、そして『始まり』を迎える。新しく形作られたものの中に入り、新しい存在としてまた世界を存在する――それが輪廻転生の理さ。 ただ、金色の魔王や各世界で『神』や『魔』と呼ばれている者、それに準ずる力を持つ者たちはその魂の強さゆえ、せかいをさ迷わずに『終わり』を迎えた直後、『始まり』を迎える身体に入り込むんだけどね」 「……つまり、世界のどこかに『金色の魔王』や『赤の竜神』の魂を持つ人がいるって言うんですか?」 納得がいかないという顔で言ってくるアメリアにウィルフレッドは苦笑いした。 彼女の手を離し、彼女の頭を優しく撫でながら言う。 「そんなにおかしなことじゃないと思うよ? 実際、『赤眼の魔王』は何度か現れただろう? 伝承じゃあ降魔戦争時に稀代の魔道士が『赤眼の魔王』の欠片を持っていた、と言われているし、ゼルガディスくんの話じゃあ、赤法師レゾもそのうちに魔王の欠片を持っていたらしいじゃないか。 まあ、『赤眼の魔王』は特別なんだ。『終わり』を迎える前に『赤の竜神』によって魂を7つに分断された。それが人間の身体に宿るたびに彼は人の意識を乗っ取って自らの目標を達成しようとしているんだろうね」 頭に思いついた疑問点を彼はいともあっさりと説明していった。アメリアはなんとなく悔しそうに頬を膨らませた。最後に一番始めに感じた疑問を口にしてみる。 「どうしてウィルフレッドさんはそんなに詳しいんですか? 世界のことなんてそんなに解明されてない――むしろ、全てが謎だらけじゃないですか……」 「それに答えるには初っ端に戻る必要があるね」 ウィルフレッドは、彼女から離れて金色の光――『失われし真実の文書』の方に向かう。彼が光に手を触れると、眩い光を放って、それは見覚えのある一冊の魔道書に変化する。 それを手にしながらウィルフレッドは真っ直ぐアメリアを見つめた。 「12年前、セイルーンの王宮の君の部屋から金色の翼のような光が現れた。 君はそれを覚えていないと言ったね。 でも覚えていないんじゃない。ただ、身体を乗っ取られていて、意識がなかったんだ」 「……乗っ取られ……?」 怪訝な顔で呟くアメリアにウィルフレッドは静かに頷いた。 「『神』でもなく『魔』でもなくその中間として存在することを決意した『金色の魔王』。 『彼女』は、自らと同じ立場で存在する『人間』に目をつけ、何度も転生を繰り返した。 何千回と繰り返された転生の中で『彼女』の意識が覚醒したのは、『彼女』の≪守護者≫である僕が知りうる限りたった2回。 千年前の降魔戦争の時、そして、12年前――君の部屋で」 「わたしが……金色の魔王の依り代……?」 呆然と呟くアメリアにウィルフレッドは天井を見上げた。 「……クラヴィスくんがね、情報を集めるのが結構得意なんだ……僕も得意なんだけど」 いきなり話題を変えてウィルフレッドが話し始めた。 「いつまで経っても戻ってこないゼルガディスくんの行方をね、僕たち一生懸命捜したんだ。 おかげで彼の行動はほとんどすべて把握してる」 視線を天井から彼女に戻す。 「レゾが残したコピーとザナッファーとの戦い、高位魔族との死闘とも言うべき戦い、そして異界の魔王との戦い――どれも常人では乗り越えていけないような戦いばかりのなかで、どうしていつも君たち4人が生き延びてこられたと思う?」 「それは――」 正義のおかげ、とはいえなかった。コピーレゾとの戦いの時はともかく、魔竜王や異界の魔王に手を貸したヴァルガーヴは、決して一概に悪と呼べる存在ではなかった。 ではなぜ自分たちは生き延びてこられたのか――特に何の経験も持たなかった自分が。 「君たちには特別な力があった、と言うしかないかもね。人を差別しているみたいでこういう言葉は好きじゃあないけれど」 ウィルフレッドは言って肩をすくめた。 「≪金色の魔王≫を君から切り取り、召喚できるほどの魔力を持つリナさん。 異界の武器を自由に使いこなすことの出来るガウリイさん。 そして、アメリアちゃんとゼルガディスくん」 「……ゼルガディスさんは? やっぱりあの……キメラのおかげで?」 「あれははっきり言って『足枷』だよ。あれがなくって自分の意識をちゃんとコントロールできてたら、彼は多分『金色の魔王』と同等の力を持つことが出来る。 ゼルガディスくんの中にはね、ゼルガディスくんの魂の他に余計なものが2つも入り込んじゃったんだ。『神』と呼ばれる≪赤の竜神≫と『魔』と呼ばれる≪赤眼の魔王≫、相反する魂が」 至極あっさりと言ってくるウィルフレッドにさすがのアメリアも目眩を覚える。 「……冗談なら今すぐ殴り倒しますよ」 アメリアの言葉にウィルフレッドは顔をしかめた。 「本当だって。ただ、『赤の竜神』が昔『赤眼の魔王』をはっ倒すのに夢中になって、限度も考えず自分の力を使いまくった挙げ句、魔王に反撃食らって魂の一部をどこかにおいてきちゃったせいで、力と目的だけがゼルガディスくんの中に入り込んじゃって――ゼルガディスくんが精神崩壊する寸前まで魔王と張り合うんだよ。まったく、どうして一番大事な『記憶』の部分を置いてきちゃうのか……」 赤の竜神の『記憶』がちゃんとあれば、自分たちがなぜ存在しているのかがわかるはずなのに。そうしたら、無意味に魔王と戦わなくなるはずなのに。 「――で、何とかゼルガディスくんを助ける方法はないかーということで、彼の精神がちゃんと安定するまで、彼の魔力を封じて2人の力を押さえようとしたんだけど……良い方法がなくて、仕方なくキメラにしたら肝心なところでレゾがボケるし、慌てて元に戻そうとゼルガディスくんに『会って』て言っても『ヤダ』とか二つ返事で拒否されるしぃぃぃぃぃ」 「……元に戻せるんですか……?」 「元に戻せなかったら絶対そんなことしてないにょ」 即答してくるウィルフレッドにアメリアが思わず怒鳴る。 「ちゃんとはじめっから説明してあげれば良いじゃないですかっ!」 「言った。説明した。元に戻せるって言ったら『気休めはよしてくれ。出来ないのはわかってるから』とか言われて、それから会ってもくれなくなったにょ」 (どっちもどっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?) まあ、ゼルガディスとしても下手な同情をしてもらいたくなかったのだろう。とはいえ―― (もう少し話し聞いてあげても良いと思うんですけどね……ゼルガディスさん) 深くため息を吐きながらアメリアは独りごちる。灯台下暗し、というのはきっとこの時のために存在した言葉だろう。呆れきったアメリアの様子にウィルフレッドがまじめな顔をして口を開いた。 「――頼みがあるんだ」 「……?」 怪訝な顔をして自分を見るアメリアにウィルフレッドは静かに目を向けた。 「君の中で眠っている≪金色の魔王≫を目覚めさせて、一つやってもらいたいことがあるんだ」 「……なん、ですか……?」 戸惑いを隠せないアメリアに彼はきっぱりと言った。 「この世界の『神』と『魔族』の存在意義を全て抹消し、新しい存在意義を設立すること」 「どういうことですか?」 「≪金色の魔王≫が生み出したのは、4人の『神』と呼ばれるヒトだった。4人のヒトは≪金色の魔王≫と同様の力を持っていて――ヒトを作り出す能力があった。『神』はそれぞれ自分の対となるヒトを生み出した。生み出したヒトに力の半分を渡してね。 結果、物理的魔術を主とする『神』と精神的魔術を主とする『対となるヒト』が生まれた。ただ、問題があったんだ」 「……問題?」 「相反する力を持つあまり、『神』と『対となるヒト』は考えまで相反するようになってしまった。『対となるヒト』は『神』から離れ、自らを『魔』となのり、『神』と対抗するようになった――つまり、離反したんだ」 「それが今の神と魔族の戦いに繋がっているんですか?」 アメリアの言葉にウィルフレッドは頷いた。 「長い戦いの末、残ったのは2つの間にわだかまる憎悪と戦意だけだった。すっかり本来の存在意義を忘れ、ただ相手を滅ぼすことのみに執着するようになった。 君に願いたいのは、彼らが戦う理由をなくして、共に存在するよう意義をつくること――そうすれば……」 ウィルフレッドは呪文を唱えた。周りの情景が急に歪み出し、元の白い空間に戻った。アメリアは一瞬慌てたが、今度は最初からウィルフレッドの姿がはっきりと見えたので、少し安堵する。 彼は床を見つめていた。怪訝な顔をしてアメリアも彼に近づき下を見て――思わず目を見開いた。 一部分だけ透き通った床の下。 そこには、自分の身体を抱えるように丸まっている人間の姿があった。その姿はさながら母親のお腹の中にいた時の姿にも見える。 年の頃から17くらいだろうか。黒い艶やかな黒髪はウィルフレッドに似た髪型で、肌も白い。 「……人……?」 「ゼルガディスくんだよ」 「――っ!?」 アメリアは顔を上げてウィルフレッドを凝視した。 ウィルフレッドがじっと床を見つめながら呟いた。 「ゼルガディスくんと共に旅をしてきたなら、君は彼と共にいくつもの研究所をまわったね」 「……はい」 「研究員たちはこう言ってなかったかい? 『いったんキメラにしたものを元に戻すのは不可能だ』と」 アメリアは頷いた。 「言われました。『作ったミックスジュースからオレンジジュースだけを取り出すことは出来ない』と」 「そう。その通りなんだよ。キメラにしてしまったものは元に戻らない。 だから、僕とレゾはゼルガディスくんのコピーを作ってコピーをキメラにした。そして、その身体にゼルガディスくんの魂を入れ替えた」 魂を分化することは出来なくても、その魂を別の容器に入れ替えることくらいは何とかできる。ウィルフレッドの言葉にレゾが出した策はこれしかなかった。 キメラにすることで、ある程度の魔力を封じることができる。ゼルガディスの魔力を借りて発露する『赤の竜神』と『赤眼の魔王』に簡単に身動き取れないようにするためだ。 「キメラにすることはあくまで応急処置に過ぎなかった。キメラにしたって、ゼルガディスくんが気を抜けばその隙を突いて発露する可能性は少なからずあったから。 だけど、もし彼らが戦う理由を失えば、ゼルガディスくんは精神を乗っ取られないで済むかもしれない」 「……対立する理由を失えば、2つの意識も大人しくなる、ということですか……」 アメリアの言葉にウィルフレッドは首を縦に振った。 彼女はいつか自分の魂を取り込むために眠り続けるゼルガディスの身体を見る。 (……わたしは彼の役に立てないと思っていたけれど……) 側にいてやれることしか出来なかった。 方法が見つからず落胆する彼に『今度は見つかりますよ』と明るく振る舞ってやることしか出来なかった。 ――実に偽善的行為を繰り返していた。 (それで彼が救われるのだったら――) 「ウィルフレッドさん。わたし……」 アメリアはしっかりと真正面からウィルフレッドを見た。 「やります」 誰が言ったか――世の中にはこんな言葉がある。 『人生は出会いと別れの繰り返し』 結局、人というものは人と接しなければ、生きていけないのである。たとえ、孤独を望んだとしても。 キメラという形でしかゼルガディスの精神は救えなかった。 一般的な生成方法とは違った特殊な方法でゼルガディスの身体はキメラにされた。 生まれて間もない頃から――少なくとも自分の記憶がはっきりしている頃からいつも側にいた祖父に裏切られ、彼は現実を拒絶した。 本来ならば、キメラにした時に彼にその理由を説明をすべきだった。だが、祖父――赤法師レゾにはそれが出来なかった。 レゾ当人の言葉を借りれば実に『運の悪い』ことだった。レゾの中にいた≪赤眼の魔王≫が、彼の心を完全に蝕んだのだ。意識を魔王にのっとられ、人が変わったように行動するようになってレゾを見て、ゼルガディスは祖父を拒絶した。 とは言っても、ゼルガディスは全てを拒絶したわけではない。困った時に泣きつく相手は今も昔もそう変わらなかった。 ゼルガディスは何度かクラヴィスと連絡を取り合っていた。 頼れるのは彼だけだった。 ほんの一時期だけレゾの元で働いてクラヴィスは情報収集能力でその実力を発揮した――といえば聞こえは良いが、単に噂好きだったりもするのだが。とにかく、クラヴィスの得た情報を頼りに、ゼルガディスはレゾに仕えているフリをしながら自分の身体を元に戻す方法を探した。 途中、何度もウィルフレッドがクラヴィスにゼルガディスと話がしたいと懇願したが、ゼルガディスはそれを拒絶した。別にウィルフレッドのことが嫌いだったわけではないが――なんとなく会いづらかったのだ。 何の手がかりも見つからないまま時を浪費し、彼はレゾを巣食った≪赤眼の魔王≫を2人の仲間と共に倒した。身体も意識もほとんど乗っ取られていたとはいえ、自分の祖父を手にかけたゼルガディスは自分まで拒絶し始めていた。 そんな頃のことである。 彼の人生を大きく変えることになる少女と出会ったのは。 「……なんか馬鹿みたいですね」 目の前ではぜるたき火を見ながら少女は小さな声で、だがはっきりとそう言った。 その言葉に何も言えず、ゼルガディスはその少女の方を見やった。 少女はアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンと言った。ほんの数日前、問答無用に巻き込まれた事件で偶然出会ったあのセイルーンの王女さまである。 まだ14歳。 17歳である自分が『大人』の部類に入るのかは疑問だったが、それでもゼルガディスにとって14歳の彼女はどう見ても『小娘』の部類に入った。 彼女の台詞からしばしの沈黙の後、ゼルガディスは掠れたような声で言った。 「……なんて言った? 今」 ゼルガディスの問いに今度はきっぱりと大きな声で即答してくる。 「なんか馬鹿みたいです。ていうか馬鹿そのもの?」 先程は理解できなかったその言葉も、今度はすぐに理解することが出来た。ゼルガディスは青筋を立てながら立ち上がり、自分を見上げてくるアメリアを思い切り睨みつけた。 「お前なぁっ! 自分から『ゼルガディスさんの昔話聞きたいですぅ』とか言ってきて開口一番にその台詞か!?」 「いけませんか?」 「悪いに決まってんだろ!?」 激昂するゼルガディスにアメリアは小さく嘆息した。 確かにゼルガディスが怒るのは当然のことだった。 サイラーグの街半分以上が戦いで焦土と化し、唯一残っていた丸太小屋にとりあえず避難することに決めた彼ら。それぞれ別行動ということになり、共にこれから戦うことになる3人は小屋の外に出ていったのだが、ゼルガディスとアメリアは別段なにもすることがなく、小屋の中に残っていた。 沈黙が続く中、何度かアメリアがゼルガディスに話しかけたものの無類の人間嫌いである彼がその言葉に答えるはずはなく、業を煮やした彼女が彼に『今までどんな生活をしてきたのだ?』と尋ねたのだ。 最初は答えることを渋っていたゼルガディスだったが、あまりにもしつこいアメリアにしぶしぶ話し始めた。 信用していた人間に裏切られて身体を変えられてしまったこと。 その腹いせに罪無き人を殺し、指名手配をされていること。 そのことにひどく後悔の念を抱いていること。 今までの愚痴を吐き出すように、ゼルガディスはアメリアに過去のことを話した。 それに対してのアメリアの素直な感想が、あの言葉である。 ゼルガディスにしてみれば、自分が今まで生きてきたことを否定されたようなものだった。 それもたった14歳の小娘に。 「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんですか? 馬鹿って自覚も無い馬鹿のくせに……」 「何度も馬鹿馬鹿連呼するなっ! 世間のことを何も知らない小娘のくせに!」 小娘、と言われてアメリアもかちんと来た。 敵意むき出しで睨みつけてくるゼルガディスを真っ向から睨み返し、アメリアも立ち上がった。 「だってゼルガディスさんって馬鹿じゃないですかっ! いつまでも過去のことにこだわっていてっ! どうして前を向こうとしないんですかっ!? 今のゼルガディスさん、ただ単に現実から逃げているだけじゃないですかっ!」 「――っ!」 図星をつかれてゼルガディスは足を床に叩きつけた。 確かに自分は現実から逃げている。 自分の身体のことを認めるのが恐くて。レゾに裏切られたことを認めるのが嫌で。レゾを倒せば見ることも無くなるだろうと思っていた悪夢は彼を倒しても見続けていた。しかも、彼を倒した人間たちの中に自分も含まれているということを自覚すれば、殺してやりたいくらいに自らを嫌悪した。 追い討ちをかけるように見る悪夢。 気がつくと変わっていた自分の身体。それを微笑んで見ているレゾの姿。 吐き気が込み上げてくる。 ゼルガディスはうめくように言葉を吐き出した。 「……あんたなんかに何がわかる……」 「その言葉、わたしには馬鹿の遠吠えにしか聞こえませんっ!」 その言葉にゼルガディスは何も答えず、近くにあった薪の山を思い切り蹴飛ばした。 彼女を斬り殺さなかっただけマシであっただろう。 はっきり言って。 お互いの第一印象はこれ以上ないと言うくらい最悪だった。 いつも前向きで物事をはっきり言うアメリア。 いつも前を向けずに後ろばかり眺めて全てを自分の中に押し込めてしまうゼルガディス。 全てが正反対である2人。 彼らは気づいていただろうか。 実はお互い似たような性格であるということを。 最初に相手に対するイメージが間違っていたことに気づいたのはアメリアだった。 いつも自己中心的で、自分さえ良ければ他はどうでもいい――彼女のゼルガディスに対する最初のイメージはそんなものだった。平気な顔をして他人の心を傷つけ、仲間の心配などせずにただひたすら自分のことだけを考えている。そう思っていたし、実際彼はそんな行動をとっていた。 だが。 彼が忌み嫌っていた祖父の研究所の中、罠にかかった仲間のことを心配せずに魔道書を読み漁っていた彼が、不覚にも別の罠にかかった自分を必死に助けようとしてくれた。礼を言うと、そっぽを向いてしまったが、アメリアはしっかり見ていた。照れて真っ赤になっている彼の顔を。 ゼルガディスもまた第一印象とは別のイメージを彼女に対して持ち始めていた。 ただ、いつでもがむしゃらに前に突き進んでいるわけではない。 14歳の子供ながら、戦いの中で自分がいったい何をすればいいのかがわかっているようだった。 時には仲間をサポートし、時には共に協力し合い、時には――やはり結局勝手に1人で暴走したが。 それでも、まだ戦いの経験の浅い彼女が何度かあった戦いを潜り抜けたことは、彼女の実力として認めなければならないだろう。ただの小娘ではない、ということだ。 短い時間の中で死闘とも言うべき戦いをしながら2人はお互いのことを理解しようと努めた。 そして―― ザナッファーから放たれた赤い光は真っ直ぐゼルガディスに向かってきた。 防御できない。 そう直感して、死を覚悟する。 その時ゼルガディスの視線に割って入ったのは、小さな少女だった。 生み出した防御壁で懸命に自分を守ろうとした。 光の威力に耐え切れず、自分のところに吹っ飛んできたアメリアをゼルガディスは咎めた。 「他人のことより自分の身を守れ!」 なんとなく嬉しかった。自分を守ろうとしてくれたことが。 ゼルガディスは初めて彼女に微笑んだ。 彼女も初めて彼に笑いかけた。 一時撤退する中、アメリアはゼルガディスにこっそりと言った。 「馬鹿って言って……ごめんなさい」 恋愛などというものは実に不可思議なものである。 どんなに第一印象が最悪でも、相手のことを見ていくうちに気づけば――などということも少なくはない。恋愛経験のほとんど無いゼルガディスとアメリアもその中の1人だった。 お互い自分の気持ちを言葉にすることはなかったが、それでも相手が自分をどう思っているのかくらいはわかった。 別に言葉で想いを確認する必要はない。 ただ、お互いを想っていればそれで十分だった。 だが。 『人生は出会いと別れの繰り返し』 人間出会っても、必ずどこかで別れを告げなければならないのだ。たとえ、愛し合ったもの同士でも。 闇を撒くもの(ダーク・スター)をこの世界から退けてから、3ヶ月が過ぎようとしていた。 理由はどうあれ、結果的には世界を救ったことになる英雄とも言うべき4人の人間たちは外の世界から結界内の半島にまで戻ってきて、それぞれ別の道を歩むことになった。 リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフは光の剣に変わる新しい魔法剣を探しに、ゼルガディス=グレイワーズは、相も変わらず自分の身体を元に戻す方法を探しに、そしてアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは自分の国へ外の世界のことを報告しに。 人は出会いと別れを繰り返す。どんなことがあっても、必ず出会えば別れが来るのだ。 ほぼ一年ぶりに戻ってきたセイルーン・シティの小高い丘でアメリアはゼルガディスと共に立っていた。 「わかってます。わたし」 彼女は開口一番にそう告げた。 アメリアの表情はゼルガディスからは見えなかった。彼女は、背中を向けていた。見られたくなかったのだろう。自分の泣き顔を。 彼女が辛い顔を彼に見せれば、彼の決心が揺らいでしまうと彼女はわかっていた。 ダーク・スターとの戦いのさなか、彼女は彼に戦いが終わったら自分と共にセイルーンに来るように言った。圧倒的な力を持つ敵を目の前にして、生きて帰れると言う保証が持ちたいがために言った言葉だったのだろう。が、その言葉はゼルガディスを真剣に悩ませた。 確かに彼女の言葉に従って、彼女と共に城へ行けば、彼女は喜ぶだろう。だが、それは一時凌ぎに過ぎない。ゼルガディスのキメラと言う呪われた身体――これを元に戻さない限り、彼はいつまでも彼女を幸せには出来ない。 無論、彼女は彼の身体のことを関係なしに彼を想ってくれるだろう。 だが、周りの人間はそうはいかない。アメリアは、大国の王女なのだ。王女ともあろうものが彼のような容姿の人間と関わりを持っていると言うだけでも由々しき事なのに、共に行って、アメリアが辛い立場になるのは必至だった。 そしてゼルガディスは決断した。 『今は彼女と別れ、元の姿に戻ってから彼女のところに行く』と。 そんな彼の思いを面と向かっては聞いていなかったが、彼女は彼の気持ちをちゃんと察していた。 アメリアは自分のことより彼の意見を尊重したかった。 彼もまたそんな彼女の思いを知っていた。 ゼルガディスがぽつりと言う。 「……待ってて欲しいんだ。すぐ戻る。絶対に」 「やだな、いつまでも待ってるに決まってるじゃないですか……わたし、いつまでもゼルガディスさんのこと……好きですか……ら……」 泣いてはいけない。そう自分に言い聞かせても、彼女は涙を止められなかった。小さな肩を震わせるアメリアをゼルガディスは後ろから強く抱きしめた。 「俺もだ。ずっといつまでもお前のことを愛してる」 「ゼルガ……ディスさん……」 初めて聞いた彼の想いに、アメリアがついに堰を切ったように泣き出した。ゼルガディスは自分の胸でしゃくりあげるアメリアをさらにしっかり抱きしめた。 『悪いが……頼みがあるんだ』 故郷セイルーン・シティの街を歩きながらアメリアの脳裏に先程のゼルガディスの別れ際の台詞が蘇っていた。 『手紙を渡して欲しいんだ』 『……手紙? 女の人?』 『……お前実は俺のこと全っ然信用してないだろ……女じゃない。ただの女好きの男さ』 『……自分で届ければいいじゃないですか』 『そうしたいのはやまやまなんだが……いろいろあってな。いいか? どこに行ったか、なんて訊かれても絶対言うなよ? 死にもの狂いで追いかけてくるからな』 『……どんな相手ですか……それ……』 『言うな。思い出しただけで鳥肌が立つ』 そう言いながらどこか遠くを見つめるゼルガディスの顔を思い出し、アメリアは思わず思い出し笑いをする。彼にそう言わせる相手がどんな人なのか、少しばかり興味もあったのだが―― セイルーン・シティの中心に程近い屋敷。こんな一等地に屋敷を構える人間とゼルガディスが知り合いなのに少しばかり驚きながらアメリアはゼルガディスに渡された地図を頼りに――と言ってもかなりアバウトなものなのでほとんど役には立たないが――通りを歩いていく。 やがて彼女の足がひときわ大きい屋敷の前に止まる。 「…………」 アメリアは屋敷と地図を交互に見つめた。 「……間違いかしら?」 ぽつりと呟く。 どうしたらこんな家に住む人間と(理由があったとは言え)凶悪犯罪者が知り合いになれるのか。 しかも―― アメリアは預かった手紙の宛名を見た。彼の丁寧な字でたった一言こう書いてある。 『馬鹿たれへ』 「……渡した途端、殴り掛かる仕組みになってたりしないですよね……」 彼を疑う気は毛頭無かったが、この宛名を見ればそう思いたくなるのは当然のことだった。 しばしの無言の後、アメリアは勝手に自己完結をした。 「ま、違ったら違ったで謝れば良いことですし」 いつも行き当たりばったりな彼女らしい意見ではあった。門をくぐり、扉を叩く。 「すみませぇぇぇぇんっ!」 声をあげながら扉を叩き続けるが一切返事はなかった。 「聞こえないのかしら……?」 こんなに大きな屋敷だ。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。 アメリアは大きく息を吸った。 絶叫しながら同時に右足で壊れない程度に扉を蹴りつける。 「す・み・ま・せぇぇぇぇぇぇぇんっ!」 がすごすどすがす。 何度も扉を蹴りつけると、そのうち家の中から足を踏み鳴らす音が聞こえてくる。アメリアは蹴るのを止めた。 一瞬の間を置いて、勢いよく扉が開いた。出てきたのは、二十歳前後の男。腰まである長い黒髪、翠色の目。さぞや異性にモテるであろう端正な顔立ちだが、今はこめかみを引きつらせていた。 彼女の顔を見ずにその男は叫ぶ。 「じゃかぁしいわこのボケっ! そう何度もドア蹴り入れなくても……わか……る」 視線の先に誰もいないので、そのまま叫びながら視線を下げる。やっとアメリアと目があったところで、彼はパタン、と扉を閉めた。そのまま間をおかず開くと彼はこれ以上ないというほど優しい笑みを浮かべていた。 「こんにちは、麗しのお嬢さん。今日は何のご用かな? もし良かったら中に入らないかい? なんならボクの部屋にでも――」 そこまで言いかけて、不意に男は地面に転がった――後ろから蹴りを入れられたのだ。彼に蹴りを入れた男がふん、と鼻を鳴らして目を吊り上げていた。 「まったく……人を見て客の対応を変えるのは止めなさいっていつも言ってるでしょ!? 女の子見たらすぐ口説く癖もっ! 聞いてるのっ!? クラヴィスくんっ!」 「っててて……ただの冗談じゃねぇか……なにも蹴りを入れることはないだろ蹴りを入れることは」 蹴られた腰を押さえうめきながらクラヴィスは立ち上がった。その様子を横目で見ながらウィルフレッドは呆然と事の成り行きを見ていたアメリアに向かって微笑みかける。 「ごめんね。馬鹿息子で」 「あ、いえ……あの……クラヴィス=ヴァレンタインさんっていうのは……」 アメリアは言って恐る恐る視線を転がった男に向ける。年の割には人懐っこい顔のクラヴィスがにっこりと笑った。 「オレだけど?」 「…………………そう、ですよね」 曖昧な返事をしながらアメリアは心の中でゼルガディスを呪う。 (……ゼルガディスさんは、いったいわたしにどうしろと!?) 「……どったの?」 無意識のうちに顔が強張っていたのだろう。アメリアの顔をクラヴィスが覗き込んだ。真っ赤になったアメリアは小さく後ろに飛び退くと、手にしていた手紙を彼に差し出した。 「ゼ、ゼルガディスさんからの預かりものですっ!」 アメリアの言葉にクラヴィスの顔つきが変わった。少し真剣な顔になって、手紙の封を素早く開ける。 『悪いが、この手紙を持ってきた女の子の面倒を見てやってくれ。ただし手を出したら速やかに抹殺する。以上定期報告終わり』 あまりに質素な手紙の内容にクラヴィスは顔をしかめながらアメリアに尋ねた。 「ゼルとはいつ?」 「ついさっきまで一緒にいましたけれど……?」 「あ・の・く・そ・が・き・はぁぁぁぁっ!」 こめかみを引きつらせて、クラヴィスはゼルの手紙をくしゃりと丸めた。 「どうしてそこまで来たのにこないんだっ!? 来たくないわけだなっ!? くそっ、力ずくで連れてきてやるっ!」 クラヴィスはアメリアを見た。 アメリアはその視線の意味を即座に理解し、彼の行き先を正直に答える。 「ラルティーグの方に行くって言ってました」 「ご協力どうもっ!」 言って駆け出すクラヴィスを呆然と見送りながら残されたアメリアとウィルフレッドは思わず顔を見合わせた。 首を傾げて、アメリアが尋ねる。 「……あのゼルガディスさんとあの方ってどういうご関係なんですか?」 彼女の問いにウィルフレッドはあっさりと答える。 「血の繋がった兄弟だよ」 「へ?」 突拍子もない答えにアメリアは間の抜けた声をあげる。ウィルフレッドはにっこりと笑った。 「本人たちは知らないけどね」 「はあ……」 曖昧な返事でアメリアはクラヴィスが駆けていった方を眺めた。 あの2人が兄弟とはとても思えない……とはいえ、自分も人のことが言えないのでなんとも言えないが。 ぼんやりと想像の海を漂っていると、ウィルフレッドが言ってくる。 「アメリアちゃん」 「はい?」 突然呼ばれて、アメリアは慌ててウィルフレッドの方を見た。自分の視線に合わせて、屈みながらウィルフレッドが優しく微笑んだ。 「今ね、クラヴィスくんがおいしいケーキを焼いてくれてたんだけど……良かったら食べていかない?」 その言葉にアメリアは少しだけ視線を宙に泳がせた。 ついさっき知り合ったばかりの人の家の中に堂々と上がり込むことに少し抵抗を覚えたのだ。とはいえ、ゼルガディスの知り合いなのだ。悪い人たちではないのだろう。おいしいケーキというのにも惹かれるので、アメリアはにっこりと笑ってその言葉に甘えた。 「そう言えば……」 ふと気づいたようにアメリアが尋ねた。 「わたし、名前言いましたっけ?」 彼女の問いにウィルフレッドは笑ってその場を誤魔化した。 黒い翼を持つ天使たち Mission 0;1 Revolutionary determination 彼女の口からゼルガディスの名前が出た時、ウィルフレッドは内心冷や汗をかいていた。 これは偶然なのか、それとも必然なのか。 全てのものに対して絶対的な力を持つ≪混沌の姫≫を内包した少女と、幾つもの偶然が重なって神と魔の両方を内包した青年の出会い。 平気で何年も連絡を寄越さなかったゼルガディスが突然1人の少女をここに行くよう言った理由は彼がクラヴィス宛てに書いた手紙の内容を読まなくとも、なんとなく想像がつく。 ウィルフレッドは今に続く廊下を歩きながらアメリアに尋ねた。 「ゼルガディスくんは……元気だった?」 彼の問いにアメリアは力強く頷いた。 「ええ、とても元気でした……ずっと元気でいてくれると嬉しいんですけど」 アメリアが寂しく微笑みながら答えた。その答えにウィルフレッドは少し安堵の息を吐く。 「そう……」 彼の身体のキメラ化はどうやら2つの意識の覚醒を防ぐことが出来ているらしい。そのことに少し安心する。せめて、彼が内包するものが対立などしなかったならば―― そこまで考えて、ウィルフレッドははたととあることに気づいた。後ろからついてくるアメリアをちらりと見る。 なぜ今まで気づかなかったのか。 「ゼルガディスくんの身体はね――」 急に立ち止まって、ウィルフレッドはぽつりと言った。アメリアは遅れて立ち止まりながら、ウィルフレッドの顔を見上げる。きょとんとした顔で自分を見てくるアメリアの頭を撫でながらウィルフレッドは提案した。 「……少し寄り道をしようか」 連れてこられたのは、書庫だった。 書庫独特のほこり臭い匂いが辺りに充満している。 部屋はかなり広く、置いてある本の数も半端ではなかった。 きょろきょろと周りを見渡しながら歩いてくるアメリアをよそにウィルフレッドは真っ直ぐと目的のものがしまってある場所に向かっていく。 「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕はウィルフレッド――ウィルフレッド=ヴァレンタイン。 とりあえずこう見えてもクラヴィスくんとゼルガディスくんのパパりんなんだ♪」 「……年、いくつなんですか……」 「? 今年で39だけど?」 「……そ、そおですか……」 きょとんとした顔で答えてくるウィルフレッドにアメリアは疲れたような声をあげた。 この男といい、クラヴィスといい、なんとなくゼルガディスが会うことを嫌がるのもわかるような気がした。嘆息してくるアメリアを訝しげに見ながらウィルフレッドは話を切り出した。 「君にはね、全てのことを知っておいてもらいたいんだ。ゼルガディスくんのこと、君自身のこと、全て」 「……わたしの……こと?」 ウィルフレッドの真剣な瞳を真っ直ぐ見つめながらアメリアは怪訝な顔をした。 自分のことは自分が一番よく知っている。出会ったばかりの男に教えられなければならない『自分』などない。 彼女の思いを見透かしたようにウィルフレッドは頭を振った。 「……今から12年前、この街でちょっと変わった出来事があった――突然ね、光が出現したんだよ。 天まで伸びた光は目撃者たちに『光の翼』と呼ばれたんだ」 「その話なら父さんからききました。 わたしの部屋から光が溢れていた、って。 わたしを助けてくれた人は名前も名乗らずに立ち去ってしまった、とそう聞きました」 「覚えていないの?」 ウィルフレッドの問いにアメリアは首を横に振った。 「その時わたし、ベッドで眠っていたんです」 アメリアの返答にウィルフレッドは彼女に背を向けた。 予想通りの彼女の答え。 ウィルフレッドはぽつりと呟いた。 「眠っていたんじゃない……乗っ取られていたんだ」 「え?」 あまりに小さな声で呟くウィルフレッドの言葉を聞き逃してアメリアはきょとんとした顔で問い返した。それには答えず、近くの本棚から一冊の魔道書を取り出してくる。魔道書は、革の表紙に金の縁取りがされ、表紙の中央に五芳星のような図形が描かれていたが、一目見てかなり古いものだということがわかる。 本にかぶったほこりをぽんぽんとはらって、ウィルフレッドは全神経を集中させた。 表紙に描かれた模様をなぞる。目を閉じて、同時に呪のようなものを紡ぐ。 『未来を紡ぐ聖なる紋章<ペンタクル>を司りし混沌の姫ルシファー』 なぞられた模様が輝き、光を放ち始める。 『今こそ我に汝の歩んだ道を示したまえ』 ウィルフレッドを中心に床に光が走ったと思うと、光は表紙と同じ模様を描き出す。 光に包まれて、ウィルフレッドは静かに目を開けた。 最後の呪文を紡ぐ。 『世界の狭間へ我らを誘え(オープン・ザ・ゲート)』 その瞬間。 部屋は光に包まれた。 光が収まり、反射的に閉じていた目を開けたアメリアの視界に入ってきたのは一面の『白』だった。床も天井も周りにあるはずの壁も。全てが真っ白だった。目の前にいたはずのウィルフレッドの姿も見えない。 「……ここは?」 呆然と呟く。 明らかに先程までいた場所とは違っていた。どこまでも続く一点の濁りもない白。気を抜けば平衡感覚を失いそうになるが、彼女はその場所に不安を感じなかった。むしろ、安心していた。優しいような暖かいようなそんな感じ。 「なんでも良いから想像してごらん。今、君はどこにいる?」 どこからか聞こえてくるウィルフレッドの声。アメリアは静かに目を閉じた。 なんとなく思いついたのは神殿だった。 床には真っ赤なじゅうたんが敷かれてあった。窓には何枚のステンドグラスがあって、天井はひたすら高い。 そこまで想像して、アメリアはうっすらと目を開いた。目の前に立つウィルフレッドの姿を認めて、アメリアはしっかりと目を開き、周りを見渡した。 壁にはめ込まれた何枚ものステンドグラス、床に敷かれた真っ赤なじゅうたん。天井はひたすら高い。 自分の思い描いた通りに変わっていた。彼女はさすがに小さく声をあげる。 「なっ……!?」 答えを求めるようにウィルフレッドの方を見る。彼は慌てず騒がず、彼女を落ち着かせようとにっこりと笑った。 「ここは世界の狭間。有と無が同時に存在する場所。君が想像した通りにこの世界は形作られる」 「……世界の……狭間?」 アメリアの問いには答えずウィルフレッドは彼女に手を差し出した。 「……少し歩こうか」 彼の言葉にアメリアは頷いて差し出された手に自分の手を絡ませた。 「――この世界が大きく2つに分けられることは知っているね?」 ウィルフレッドの問いにアメリアが頷き、答えてくる。 「精神世界面――アストラル・サイドと物質世界ですね」 2人は手を繋ぎながら神殿と化した世界の奥へと歩いていく。 どう見ても20代後半にしか見えないウィルフレッドだったが、アメリアと手を繋いで歩く姿はほのぼのとした親子の散歩を連想させた。 アメリアの言葉にウィルフレッドは満足そうに頷いた。 「そう。でも実はもう1つ別の世界があるんだ」 「……別の世界?」 怪訝な顔をして尋ねてくるアメリアに彼は大きく頷いた。 「魔族が存在する精神世界面(アストラル・サイド)と神と人間が存在するこの物質世界。その間に魔族でも神族でもないものが存在する空間がある。 それが――≪混沌の姫が眠る場所≫と呼ばれるもう一つの世界さ」 聞いたことのない単語が出てきて、彼女は眉をひそめた。沈黙を保って先を促す。ウィルフレッドは続けた。 「≪混沌の姫が眠る場所≫というのは――まあ、僕たちが勝手につけたんだけど。 魔でも神でもない中立の立場を取る金色の魔王の神聖なる場所」 そこで言葉を切ってウィルフレッドは立ち止まった。アメリアも止まって、前方を見つめた。 ちょうど神殿の最奥部。眩いほどの金色の光が両手に収まるくらいの球を形作っていた。 「世界を生み出した≪金色の魔王≫は、神と魔、どちらの仲間になることも許されなかった。僕たちがいる世界だけでなく――きっとどこかに存在しているはずの異界でも。 だから、ここは生まれたんだ。 神と魔の力、有と無、どちらも兼ね揃えたこの世界――最初来た時真っ白だったのに、君が想像したらその通りになったでしょ?」 ウィルフレッドの言葉にアメリアが静かに頷く。 「あれは、無だったものが君の力で有に変えられたんだ。君が別のものを想像すれば、ここはまた形を変える」 いったんそこで大きく息を吐き、彼は視線の先の金色の光を指差した。 「あれがなんだかわかるかい?」 「なんですか?」 「≪失われし真実の文書≫と呼ばれてるもの。金色の魔王が世界を生み出してから全てのことがあれに刻まれているんだよ。 僕がここに来る前に持っていた魔道書――あれは、この光の球が僕たちの世界に具現した時の仮の姿なんだ。金色の魔王が生まれ変わるたび、その世界のありふれたものを形作って≪守護者≫と呼ばれる人間の近くに転送される」 「生まれ変わる……? 金色の魔王が?」 「金色の魔王だけじゃない。神も魔も人間も存在している以上必ず『終わり』の時は来る。人間は『死』として、神や魔族は『滅び』として。 だけど、『終わり』があればまた『始まり』もある。『終わり』を迎えた者は、身体と呼んでいた器を原子レベルにまで分解されて世界をさ迷い、また時がきたら再び形作る。 魂も一緒さ。『終わり』を迎えてもまた『始まり』がやってくる。『終わり』を迎えた魂は世界をさ迷い、そして『始まり』を迎える。新しく形作られたものの中に入り、新しい存在としてまた世界を存在する――それが輪廻転生の理さ。 ただ、金色の魔王や各世界で『神』や『魔』と呼ばれている者、それに準ずる力を持つ者たちはその魂の強さゆえ、せかいをさ迷わずに『終わり』を迎えた直後、『始まり』を迎える身体に入り込むんだけどね」 「……つまり、世界のどこかに『金色の魔王』や『赤の竜神』の魂を持つ人がいるって言うんですか?」 納得がいかないという顔で言ってくるアメリアにウィルフレッドは苦笑いした。 彼女の手を離し、彼女の頭を優しく撫でながら言う。 「そんなにおかしなことじゃないと思うよ? 実際、『赤眼の魔王』は何度か現れただろう? 伝承じゃあ降魔戦争時に稀代の魔道士が『赤眼の魔王』の欠片を持っていた、と言われているし、ゼルガディスくんの話じゃあ、赤法師レゾもそのうちに魔王の欠片を持っていたらしいじゃないか。 まあ、『赤眼の魔王』は特別なんだ。『終わり』を迎える前に『赤の竜神』によって魂を7つに分断された。それが人間の身体に宿るたびに彼は人の意識を乗っ取って自らの目標を達成しようとしているんだろうね」 頭に思いついた疑問点を彼はいともあっさりと説明していった。アメリアはなんとなく悔しそうに頬を膨らませた。最後に一番始めに感じた疑問を口にしてみる。 「どうしてウィルフレッドさんはそんなに詳しいんですか? 世界のことなんてそんなに解明されてない――むしろ、全てが謎だらけじゃないですか……」 「それに答えるには初っ端に戻る必要があるね」 ウィルフレッドは、彼女から離れて金色の光――『失われし真実の文書』の方に向かう。彼が光に手を触れると、眩い光を放って、それは見覚えのある一冊の魔道書に変化する。 それを手にしながらウィルフレッドは真っ直ぐアメリアを見つめた。 「12年前、セイルーンの王宮の君の部屋から金色の翼のような光が現れた。 君はそれを覚えていないと言ったね。 でも覚えていないんじゃない。ただ、身体を乗っ取られていて、意識がなかったんだ」 「……乗っ取られ……?」 怪訝な顔で呟くアメリアにウィルフレッドは静かに頷いた。 「『神』でもなく『魔』でもなくその中間として存在することを決意した『金色の魔王』。 『彼女』は、自らと同じ立場で存在する『人間』に目をつけ、何度も転生を繰り返した。 何千回と繰り返された転生の中で『彼女』の意識が覚醒したのは、『彼女』の≪守護者≫である僕が知りうる限りたった2回。 千年前の降魔戦争の時、そして、12年前――君の部屋で」 「わたしが……金色の魔王の依り代……?」 呆然と呟くアメリアにウィルフレッドは天井を見上げた。 「……クラヴィスくんがね、情報を集めるのが結構得意なんだ……僕も得意なんだけど」 いきなり話題を変えてウィルフレッドが話し始めた。 「いつまで経っても戻ってこないゼルガディスくんの行方をね、僕たち一生懸命捜したんだ。 おかげで彼の行動はほとんどすべて把握してる」 視線を天井から彼女に戻す。 「レゾが残したコピーとザナッファーとの戦い、高位魔族との死闘とも言うべき戦い、そして異界の魔王との戦い――どれも常人では乗り越えていけないような戦いばかりのなかで、どうしていつも君たち4人が生き延びてこられたと思う?」 「それは――」 正義のおかげ、とはいえなかった。コピーレゾとの戦いの時はともかく、魔竜王や異界の魔王に手を貸したヴァルガーヴは、決して一概に悪と呼べる存在ではなかった。 ではなぜ自分たちは生き延びてこられたのか――特に何の経験も持たなかった自分が。 「君たちには特別な力があった、と言うしかないかもね。人を差別しているみたいでこういう言葉は好きじゃあないけれど」 ウィルフレッドは言って肩をすくめた。 「≪金色の魔王≫を君から切り取り、召喚できるほどの魔力を持つリナさん。 異界の武器を自由に使いこなすことの出来るガウリイさん。 そして、アメリアちゃんとゼルガディスくん」 「……ゼルガディスさんは? やっぱりあの……キメラのおかげで?」 「あれははっきり言って『足枷』だよ。あれがなくって自分の意識をちゃんとコントロールできてたら、彼は多分『金色の魔王』と同等の力を持つことが出来る。 ゼルガディスくんの中にはね、ゼルガディスくんの魂の他に余計なものが2つも入り込んじゃったんだ。『神』と呼ばれる≪赤の竜神≫と『魔』と呼ばれる≪赤眼の魔王≫、相反する魂が」 至極あっさりと言ってくるウィルフレッドにさすがのアメリアも目眩を覚える。 「……冗談なら今すぐ殴り倒しますよ」 アメリアの言葉にウィルフレッドは顔をしかめた。 「本当だって。ただ、『赤の竜神』が昔『赤眼の魔王』をはっ倒すのに夢中になって、限度も考えず自分の力を使いまくった挙げ句、魔王に反撃食らって魂の一部をどこかにおいてきちゃったせいで、力と目的だけがゼルガディスくんの中に入り込んじゃって――ゼルガディスくんが精神崩壊する寸前まで魔王と張り合うんだよ。まったく、どうして一番大事な『記憶』の部分を置いてきちゃうのか……」 赤の竜神の『記憶』がちゃんとあれば、自分たちがなぜ存在しているのかがわかるはずなのに。そうしたら、無意味に魔王と戦わなくなるはずなのに。 「――で、何とかゼルガディスくんを助ける方法はないかーということで、彼の精神がちゃんと安定するまで、彼の魔力を封じて2人の力を押さえようとしたんだけど……良い方法がなくて、仕方なくキメラにしたら肝心なところでレゾがボケるし、慌てて元に戻そうとゼルガディスくんに『会って』て言っても『ヤダ』とか二つ返事で拒否されるしぃぃぃぃぃ」 「……元に戻せるんですか……?」 「元に戻せなかったら絶対そんなことしてないにょ」 即答してくるウィルフレッドにアメリアが思わず怒鳴る。 「ちゃんとはじめっから説明してあげれば良いじゃないですかっ!」 「言った。説明した。元に戻せるって言ったら『気休めはよしてくれ。出来ないのはわかってるから』とか言われて、それから会ってもくれなくなったにょ」 (どっちもどっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?) まあ、ゼルガディスとしても下手な同情をしてもらいたくなかったのだろう。とはいえ―― (もう少し話し聞いてあげても良いと思うんですけどね……ゼルガディスさん) 深くため息を吐きながらアメリアは独りごちる。灯台下暗し、というのはきっとこの時のために存在した言葉だろう。呆れきったアメリアの様子にウィルフレッドがまじめな顔をして口を開いた。 「――頼みがあるんだ」 「……?」 怪訝な顔をして自分を見るアメリアにウィルフレッドは静かに目を向けた。 「君の中で眠っている≪金色の魔王≫を目覚めさせて、一つやってもらいたいことがあるんだ」 「……なん、ですか……?」 戸惑いを隠せないアメリアに彼はきっぱりと言った。 「この世界の『神』と『魔族』の存在意義を全て抹消し、新しい存在意義を設立すること」 「どういうことですか?」 「≪金色の魔王≫が生み出したのは、4人の『神』と呼ばれるヒトだった。4人のヒトは≪金色の魔王≫と同様の力を持っていて――ヒトを作り出す能力があった。『神』はそれぞれ自分の対となるヒトを生み出した。生み出したヒトに力の半分を渡してね。 結果、物理的魔術を主とする『神』と精神的魔術を主とする『対となるヒト』が生まれた。ただ、問題があったんだ」 「……問題?」 「相反する力を持つあまり、『神』と『対となるヒト』は考えまで相反するようになってしまった。『対となるヒト』は『神』から離れ、自らを『魔』となのり、『神』と対抗するようになった――つまり、離反したんだ」 「それが今の神と魔族の戦いに繋がっているんですか?」 アメリアの言葉にウィルフレッドは頷いた。 「長い戦いの末、残ったのは2つの間にわだかまる憎悪と戦意だけだった。すっかり本来の存在意義を忘れ、ただ相手を滅ぼすことのみに執着するようになった。 君に願いたいのは、彼らが戦う理由をなくして、共に存在するよう意義をつくること――そうすれば……」 ウィルフレッドは呪文を唱えた。周りの情景が急に歪み出し、元の白い空間に戻った。アメリアは一瞬慌てたが、今度は最初からウィルフレッドの姿がはっきりと見えたので、少し安堵する。 彼は床を見つめていた。怪訝な顔をしてアメリアも彼に近づき下を見て――思わず目を見開いた。 一部分だけ透き通った床の下。 そこには、自分の身体を抱えるように丸まっている人間の姿があった。その姿はさながら母親のお腹の中にいた時の姿にも見える。 年の頃から17くらいだろうか。黒い艶やかな黒髪はウィルフレッドに似た髪型で、肌も白い。 「……人……?」 「ゼルガディスくんだよ」 「――っ!?」 アメリアは顔を上げてウィルフレッドを凝視した。 ウィルフレッドがじっと床を見つめながら呟いた。 「ゼルガディスくんと共に旅をしてきたなら、君は彼と共にいくつもの研究所をまわったね」 「……はい」 「研究員たちはこう言ってなかったかい? 『いったんキメラにしたものを元に戻すのは不可能だ』と」 アメリアは頷いた。 「言われました。『作ったミックスジュースからオレンジジュースだけを取り出すことは出来ない』と」 「そう。その通りなんだよ。キメラにしてしまったものは元に戻らない。 だから、僕とレゾはゼルガディスくんのコピーを作ってコピーをキメラにした。そして、その身体にゼルガディスくんの魂を入れ替えた」 魂を分化することは出来なくても、その魂を別の容器に入れ替えることくらいは何とかできる。ウィルフレッドの言葉にレゾが出した策はこれしかなかった。 キメラにすることで、ある程度の魔力を封じることができる。ゼルガディスの魔力を借りて発露する『赤の竜神』と『赤眼の魔王』に簡単に身動き取れないようにするためだ。 「キメラにすることはあくまで応急処置に過ぎなかった。キメラにしたって、ゼルガディスくんが気を抜けばその隙を突いて発露する可能性は少なからずあったから。 だけど、もし彼らが戦う理由を失えば、ゼルガディスくんは精神を乗っ取られないで済むかもしれない」 「……対立する理由を失えば、2つの意識も大人しくなる、ということですか……」 アメリアの言葉にウィルフレッドは首を縦に振った。 彼女はいつか自分の魂を取り込むために眠り続けるゼルガディスの身体を見る。 (……わたしは彼の役に立てないと思っていたけれど……) 側にいてやれることしか出来なかった。 方法が見つからず落胆する彼に『今度は見つかりますよ』と明るく振る舞ってやることしか出来なかった。 ――実に偽善的行為を繰り返していた。 (それで彼が救われるのだったら――) 「ウィルフレッドさん。わたし……」 アメリアはしっかりと真正面からウィルフレッドを見た。 「やります」 【 Go To Mission 0;2 】 |