◆−子どもたちは眠れない〈プロローグ〉−桐生あきや (2001/9/14 17:52:11) No.7336
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:リア――1〉−桐生あきや (2001/9/14 18:14:39) No.7338
 ┃┗ああっ! 私なんかがコメントを書いていいものか!?−白河綜 (2001/9/16 19:01:29) No.7348
 ┃ ┗いいったらいいんです。そんなこと言っちゃダメですっ(><)−桐生あきや (2001/9/17 15:11:25) No.7352
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:リア――2〉−桐生あきや (2001/9/17 15:30:23) No.7353
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:リア――3〉−桐生あきや (2001/9/17 15:52:21) No.7354
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:リア――4〉−桐生あきや (2001/9/19 15:46:50) No.7360
 ┃┗いっぱいv いっぱ〜いいvv−白河綜 (2001/9/19 16:57:41) No.7361
 ┃ ┗実は分けるのが面倒くさかっただけだったり(爆)−桐生あきや (2001/9/21 21:51:23) No.7373
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:アセリア〉−桐生あきや (2001/9/21 22:03:14) No.7374
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:ユレイア〉−桐生あきや (2001/9/21 22:20:24) No.7375
 ┃┗Re:子どもたちは眠れない〈Side:ユレイア〉−あんでぃ (2001/9/22 15:25:47) No.7376
 ┃ ┣タイトルが(汗)−あんでぃ (2001/9/22 15:27:47) No.7377
 ┃ ┗遅ればせながら。−桐生あきや (2001/9/27 00:56:59) No.7403
 ┣子どもたちは眠れない〈Side:アセリア&ティルト〉−桐生あきや (2001/9/30 20:25:05) No.7428
 ┃┣きゃ☆−雫石彼方 (2001/10/1 12:55:52) No.7430
 ┃┃┗ま♪ じゃ・な・く・てっ!(笑)−桐生あきや (2001/10/3 08:26:39) No.7435
 ┃┗ああっやっと読めた(感涙)−みてい (2001/10/2 12:11:08) No.7432
 ┃ ┗ありがとうございますぅ(><)−桐生あきや (2001/10/3 08:38:21) No.7436
 ┗子どもたちは眠れない〈Side:アセリア&リア〉−桐生あきや (2001/10/13 00:14:53) No.7491


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7336子どもたちは眠れない〈プロローグ〉桐生あきや URL2001/9/14 17:52:11


 ここに投稿するのは二ヶ月ぶりでしょうか。桐生あきやともうします。
 一応、そのまま読めるように書いたつもりなんですが………、前に私がここに投稿した小説を知っているともっと楽しいと思います。今回はシリーズのその後みたいな感じですので。著者別リストにある漢字タイトル+カタカナのやつは全部そうです……って、無茶言うなよ自分(汗)
 とりあえず、一人称は難しかったです(笑)
 一人称にしただけで小説の雰囲気って変わるもんなんですねぇ。一人称の上手な方がここには何人もいるので見習いたいです。
 ではでは。

=====================================




    *** 子どもたちは眠れない〈プロローグ〉 ***




 ―――その日、あたしが王宮を訪れると何やら異様な雰囲気だった。


 角を曲がったところで、顔見知りの女官さんが顔を輝かせてあたしの手をとってにぎりしめる。
「ああ………! よく来てくださいました。あなたたちをおいてこの事態に対処できる人はおりません………!」
「はあ………」
 しばらく行くと、やはり今度も顔見知りの侍従さんが渋い顔であたしたちを見下ろした。
「ああ………! なんてことだ。よりにもよって、こんなときに遊びに来るだなんて。事態はさらに悪化の一途をたどるのか………」
「をい………」
 いったい何事なのだ。
 さらにこの後も、出逢う人間全てに安堵と不安と期待と懇願の混じった―――強いて表現するなら、この世の終わりのような顔を向けられて、ひたすらわけがわからない。

「姉さん?」

 隣りを歩く五歳年下の弟が、困ったように青い目であたしを見上げた。いつかは追い抜かれるにしろ、あたしの方がまだ背は高い。なにしろ弟はまだ成長期前だしね。
 あたしは不機嫌な表情で唸った。
「―――言わなくてもわかってるわよ」
「うーん?」
 弟が真っ直ぐな栗色の髪を風に遊ばせながら首を傾げる。どういうわけか、弟は母さん似であたしは父さん似の外見なのに、髪質と目の色はその逆なのだ。
 弟―――ティルトは怪訝な表情で尋ねた。
「オレたち、何かした?」
「………今日はまだ何もやっていないわよ。来たばっかじゃない」
 あたしは横目でティルトを睨んだ。
「だいたい、すでに何かしていたら期待と絶望の表情なんぞされるもんですか。まあ、でも―――」
 あたしは小さく肩をすくめる。
「いまから会いに行く人たちが教えてくれるでしょうよ」
「来たよ」
 言ったそばから、ティルトが回廊の奥に視線を向ける。
 父さんほどでないものの、ティルトの五感は鋭い。
 今回はあたしも気づいた。相手の気配が一際だって異質なものだったからだ。
 しばらく歩くと、回廊の角を曲がって『あたし』が姿を現した。
 ふわりと巻いた金色の髪は背の半ばまで。できればもう少し長くのばしたいと思っている。
 髪質と一緒に受け継いだ母さん譲りの真紅の目。身長はこないだ、とうとう母さんに追いついてしまい、さんざん文句を言われた。
 あたしと寸分違わぬ『あたし』が目の前に現れた瞬間、あたしは用意していた力在る言葉を解き放った。
「アクアクリエイトっ」

 ―――ばしゃぁッ!

 頭から『あたし』が水をかぶる。
 その途端、『あたし』は塗れた半紙が肉球にはりついた猫のようにうきゃわきゃし始めた。………どーでもいーけど、あたしはそんな得体の知れん動きはしないぞ。
 ティルトは毎度のことなので、もはや表情ひとつ変えずにのほほんと『あたし』に向かって挨拶をする。
 そのあたし本人といえば、腰に手を当てて言い放った。
「その悪趣味な出迎えはやめなさいと言ってるでしょ。―――ユズハッ!!」
「うううっ」
 しゅっとその姿が縮んで、クリームブロンドにオレンジレッドの瞳をした七歳くらいのとてつもなく可愛い女の子へと変化した。
 そこにもう『あたし』はいない。

 ――ユズハ。

 ここの王宮の王女さまとその旦那さんが旅の途中で出逢って、それ以来ずっと一緒にいる、火の精霊と邪妖精の精神の合成獣だ。
 合成獣と定義するのもアヤシゲな、実体をもたない精神生命体だから、あたしに変ずるぐらいはお手の物だが、やられるこっちとしては実にハタ迷惑である。
 濡れた尖り耳がぴくぴく動いた。
「くーん。ヒドイ! ゆずは、水キライだってバ!」 
「あんたが悪い」
 あたしは、にべもなく幼なじみの半精霊に答えた。


 ―――あたしはリア=ガブリエフ。愛称はクーン。
 現在十四歳。リナ=インバースと、ガウリイ=ガブリエフの長女である。



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7338子どもたちは眠れない〈Side:リア――1〉桐生あきや URL2001/9/14 18:14:39
記事番号7336へのコメント

 気楽に読んでいただけたら、何よりです。
 こネタは、読み流してください(笑)

=====================================



 *** 子どもたちは眠れない〈Side:リア――1〉 ***



 さて。
 どうして、あたしの呼称がクーンなのかというと、理由は簡単。

 ひたすら!

 紛らわしいのである。母さんと。
 考えてみればいい。遠くからぶんぶか手をふりながら(いや別に必ずしもふる必要はないけれど)リアだのリナだの呼ばれて区別がつけられる相手がいるだろうか。
 いるとしたら、それは多分、うちの父さんと不肖の弟だけだ。
 あいにく二人とも、名前を呼ばれる当の本人たちではない。
 辟易した母さんは、早々に別の呼び名をあたしに付けた。
 リアの方は、母さんのお姉さん―――ルナさん(こう呼ばないと怒るのだ)に付けてもらったものだから、そっちのほうは動かせない。
 だからこれはただの愛称だ。
 ただの愛称とは言っても、紛らわしさに辟易したここの王宮の一家の人たちは、あたしのことをずっとクーンと呼んでいるから、もはや第二の名前になりつつある。
 この目の前のユズハもしかり。
 なにせ名前を省略する名人なので、アメリアさんも『りあ』、あたしも『りあ』、ついでに母さんが『りな』では何が何だかさっぱりなのだ。

「あううううう」
 水に濡れた自分を見下ろして、ユズハが呻いている。
 半分は火の精霊だから、濡れるのは本能的に嫌いらしい。
「くーん。意地悪」
「………あのね。くんくんくんくん子犬じゃないんだから。クーでいいって言ってるでしょ?」
「くー、ダメ。混じル」
「だから、いったい何と混じるっての………?」
「青イ生き物とかー、イロイロ」

「………ナニ、それ」

 勝手に人の名前を省略するくせに、どういうわけか、あたしの名前だけ略そうとしないんだ、これが。
 もはや挨拶代わりとなった問答を済ませると、あたしはユズハに尋ねた。

「アセリアとユレイアはどこにいるの?」

 この事態はどうしたのか、とは聞かない。ぶつ切り大根のような言葉遣いのユズハに尋ねてもどうせロクな答えは返ってこない。
 アセリアとユレイアは、ユズハと同じくあたしとティルトの幼なじみで、ここセイルーンの双子の王女さまたちだ。言うまでもなく、アメリアさんとゼルガディスさんの子どもである。
 ちなみにティルトと同い年。うう、一人だけ年上でおねーさんは寂しいわ。一応、ユズハはあたしより年上だけど除外。これを年上と仰ぎたくはない。
 ユズハが答えるより先に、ティルトが答えた。

「姉さん、来たよ。二人とも」

 見れば、中庭のほうから二人と二匹が走ってくる。もうちょっと詳しく説明するなら、一匹は抱えられている。
 双子だけあって二人ともそっくりな容貌をしているから、遠目にはどっちがどっちか区別が付かない。
 ので、あたしは二人が従えている猫で区別をつけた。
 父猫のオルハ譲りの真っ白な毛並みをしたユキハを抱えている方がアセリアで、チョコレート色っていうんだろうか、落ち着いた色合いの毛並みのクレハを従えているほうがユレイアだ。
 この二匹の兄弟猫ならあたしの家にもいる。白に茶のブチがいい具合に混ざった毛並みをしてて、名前はラァ。
 こっちのほうはあの二匹と違って、二親の性格の微妙なとこばっかし受け継いでて、とことん性格が悪い。名前の由来は、ティルトが生まれたときに付けられた名前を聞いてゼルさんが「ラ・ティルトからか?」と本気で訊ねたとこから来ている。嘘のようなホントの話。いや、ホントだってば。

 中庭を突っ切ってこちらまで全力疾走してきた二人は、しばらくの間は呼吸を整えるのに必死だった。
「よかったですぅ。クーン姉さまとティルが来るのを待ってたんですぅ」
 アセリアがぜいはあ言いながら、ユキハを地面に降ろす。
 そのアセリアのセリフを、ユレイアが遮った。
「だからダメだ。リナさんたちが出てきたら、よけい話がこじれる」
「どうしてココにかあさんの名前がでてくるんだ?」
 あたしもティルトに同感だ。
 あたしたちはごく普通に、いつも通りに王宮に遊びにきただけだ。母さんに「持ってけば?」と渡されたお土産のお菓子と一緒に。
 それなのに王宮はわけのわからない空気に包まれている。
 あたしとティルトと、ついでにユズハも放っておいて、アセリアとユレイアは二人で言い争いを始めた。
「じゃあ、どうするんですかっ。わたしたちが口出しできることじゃありませんし、おじいさまだって困ってるじゃないですか!」
「だからってリナさんに仲裁を頼んだら、もっとねじれるに決まってる!」

 ………ユレイア。あんた人の母親を何だと思ってるの………って仲裁?

 アセリアが泣きそうな顔でユレイアを見た。
「だってもう夫婦ゲンカじゃすみませんよぅ。そのうち政治問題になりますううううぅ」

 ―――は!?

 あたしの頭の中を、互いに全く仲良くしそうにない単語が二つ飛び交った。
 夫婦ゲンカと政治問題。
 あまりのミスマッチさがかえって斬新かつクリエイティブかもしれない。

 夫婦ゲンカってあれだよねぇ………。犬が食べるとか股越していくとかいう………。

 ちらっと隣りを見ると、やはりティルトが呆気にとられた顔をしていた。
「………姉さん。オレ、いま何か聞き間違えたかな」
「………あたしもそう思いたい」
 唸って、あたしは目の前の言い争いに割って入った。
「ストーップ。何? アメリアさんとゼルさんがケンカしてるの?」
「はい」
 渋っていたわりには、あっさりユレイアがうなずいた。
「二日前からなんですぅ」
 それでこの妙に緊張したおかしな空気が王宮内に漂っているのか。
「ホントにケンカしてるのか? うちのとうさんかあさん以上に仲がいいのに?」
 ティルトが疑わしそうに言った。
 あたしもそう思った。
 いやホント。ティルトが言うとおり、ゼルさんとアメリアさんはハタ迷惑なほど仲がいいのである。軽いケンカなら四六時中しているうちの父さんと母さんとは違って、いさかいひとつあたしは見たことがない。
 ………イヤ、単にあたしが見たことないだけかもしれないけどね。
 それでもやはり、あの二人がケンカをしているのなら、王宮の空気がここまで緊張するのも何となくうなずけてしまう。
「嘘じゃナイ。ケンカ、ほんと」

 やれやれ。

 あたしは中庭の中央まで歩いていくと、噴水の縁に腰掛けた。
 後をついてきた双子に問いかける。
「で、どうして夫婦ゲンカが政治問題なのよ?」
 普通は双子でも継承権に優劣がつくはずなのだが、それを嫌ったアメリアさんとゼルさんの配慮で、この二人の継承権は同位だ。帝王学とやらも二人そろってきちんと勉強しているらしい。
 その二人が政治がらみになると言うんなら、多分そうなんだろう。九歳とはいえ、そこらへんは侮れない。
 二人は顔を見合わせると、溜め息をついて、話し出した。
「三日前に、女の人が王宮に来たんです」
「父上を訪ねて来たんです」

 ………うあ。なーんかヤな展開。

「でも、ぜる、いなかっタ」
「ちょうどおじいさまに同行して視察に行ってたんです」
「だから、母上が応対に出たんだけれど………」
 ティルトが、この先オレ聞きたくない、という表情をしている。
「その女の人は単刀直入にこう切り出したそうです」
 二人は声を揃えた。

『わたくし、ゼルガディス様のお妾になりにまいりました』

「―――叩き出せ、ンなもん」
 あたしははっきりきっぱり言い切った。


 こういうあたり、あたしは自他共に認める母親似である。





=====================================

 ノリ重視と子どもの視点を意識して書いたら、何だかとんでもない話になっちゃいました(滝汗)
 柚葉シリーズ、アフターストーリーということで、リナたちの子どものリア&ティルトと、アメリアたちの子どものアセリア&ユレイア+ユズハが今回の話の主役です。番外編なので、力抜いてます(笑)。一人称だと身も蓋もなくて楽しいですねぇ(待て)。普段ならあえてやらない書き方とかも試しています。

 というわけで、まだまだ続きます(笑)


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7348ああっ! 私なんかがコメントを書いていいものか!?白河綜 2001/9/16 19:01:29
記事番号7338へのコメント



 はじめましてっ! 最近「1」のほうに投稿させていただいている白河綜という者です。あきやさんのすんばらしい作品(思わずネットしていない友人に見せて、一人で盛り上がってました。おいおい……)は著者別で見ました。
 ユズハ〜〜〜〜vvv
 ああ、でも果たして私なんかがかいていいものか!? 自問自答していたのですが、もう我慢できません!!
 レスさせていただきますっ!!


>
> さて。
> どうして、あたしの呼称がクーンなのかというと、理由は簡単。
>
> ひたすら!
>
> 紛らわしいのである。母さんと。
> 考えてみればいい。遠くからぶんぶか手をふりながら(いや別に必ずしもふる必要はないけれど)リアだのリナだの呼ばれて区別がつけられる相手がいるだろうか。

 ああ、リアちゃん、それよく分かります。私も昔似た名前の人がいて、よく間違えられました……(泣)

> いるとしたら、それは多分、うちの父さんと不肖の弟だけだ。

 …………愛ですなv

> あいにく二人とも、名前を呼ばれる当の本人たちではない。
> 辟易した母さんは、早々に別の呼び名をあたしに付けた。
> リアの方は、母さんのお姉さん―――ルナさん(こう呼ばないと怒るのだ)に付けてもらったものだから、そっちのほうは動かせない。
> だからこれはただの愛称だ。
> ただの愛称とは言っても、紛らわしさに辟易したここの王宮の一家の人たちは、あたしのことをずっとクーンと呼んでいるから、もはや第二の名前になりつつある。
> この目の前のユズハもしかり。
> なにせ名前を省略する名人なので、アメリアさんも『りあ』、あたしも『りあ』、ついでに母さんが『りな』では何が何だかさっぱりなのだ。
>
>「あううううう」
> 水に濡れた自分を見下ろして、ユズハが呻いている。
> 半分は火の精霊だから、濡れるのは本能的に嫌いらしい。
>「くーん。意地悪」
>「………あのね。くんくんくんくん子犬じゃないんだから。クーでいいって言ってるでしょ?」
>「くー、ダメ。混じル」
>「だから、いったい何と混じるっての………?」
>「青イ生き物とかー、イロイロ」
>
>「………ナニ、それ」
>
> 勝手に人の名前を省略するくせに、どういうわけか、あたしの名前だけ略そうとしないんだ、これが。

 リナちゃんも略してないですよね、ユズハ。

> もはや挨拶代わりとなった問答を済ませると、あたしはユズハに尋ねた。
>
>「アセリアとユレイアはどこにいるの?」
>
> この事態はどうしたのか、とは聞かない。ぶつ切り大根のような言葉遣いのユズハに尋ねてもどうせロクな答えは返ってこない。
> アセリアとユレイアは、ユズハと同じくあたしとティルトの幼なじみで、ここセイルーンの双子の王女さまたちだ。言うまでもなく、アメリアさんとゼルガディスさんの子どもである。

 きゃー!! アメリアとゼルの!! 可愛いだろうなぁ……(←ちょっち親父気味に)

> ちなみにティルトと同い年。うう、一人だけ年上でおねーさんは寂しいわ。一応、ユズハはあたしより年上だけど除外。これを年上と仰ぎたくはない。

 お気持ち、理解できます。ユズハはめちゃめちゃ可愛いしねvv

> ユズハが答えるより先に、ティルトが答えた。
>
>「姉さん、来たよ。二人とも」
>
> 見れば、中庭のほうから二人と二匹が走ってくる。もうちょっと詳しく説明するなら、一匹は抱えられている。
> 双子だけあって二人ともそっくりな容貌をしているから、遠目にはどっちがどっちか区別が付かない。
> ので、あたしは二人が従えている猫で区別をつけた。
> 父猫のオルハ譲りの真っ白な毛並みをしたユキハを抱えている方がアセリアで、チョコレート色っていうんだろうか、落ち着いた色合いの毛並みのクレハを従えているほうがユレイアだ。

 おおおおっ!! オルハもパパリンに!?
 ……ていうか、オルハは雄だったんですね……(知らなかった)

> この二匹の兄弟猫ならあたしの家にもいる。白に茶のブチがいい具合に混ざった毛並みをしてて、名前はラァ。
> こっちのほうはあの二匹と違って、二親の性格の微妙なとこばっかし受け継いでて、とことん性格が悪い。名前の由来は、ティルトが生まれたときに付けられた名前を聞いてゼルさんが「ラ・ティルトからか?」と本気で訊ねたとこから来ている。嘘のようなホントの話。いや、ホントだってば。

 ゼルやん……お茶目さんv

> 中庭を突っ切ってこちらまで全力疾走してきた二人は、しばらくの間は呼吸を整えるのに必死だった。
>「よかったですぅ。クーン姉さまとティルが来るのを待ってたんですぅ」
> アセリアがぜいはあ言いながら、ユキハを地面に降ろす。
> そのアセリアのセリフを、ユレイアが遮った。
>「だからダメだ。リナさんたちが出てきたら、よけい話がこじれる」
>「どうしてココにかあさんの名前がでてくるんだ?」
> あたしもティルトに同感だ。
> あたしたちはごく普通に、いつも通りに王宮に遊びにきただけだ。母さんに「持ってけば?」と渡されたお土産のお菓子と一緒に。

 「持ってけば?」…… 流石リナちゃん。

> それなのに王宮はわけのわからない空気に包まれている。
> あたしとティルトと、ついでにユズハも放っておいて、アセリアとユレイアは二人で言い争いを始めた。
>「じゃあ、どうするんですかっ。わたしたちが口出しできることじゃありませんし、おじいさまだって困ってるじゃないですか!」
>「だからってリナさんに仲裁を頼んだら、もっとねじれるに決まってる!」
>
> ………ユレイア。あんた人の母親を何だと思ってるの………って仲裁?

 仲裁は……リナには無理なんじゃないかなー……(汗)

> アセリアが泣きそうな顔でユレイアを見た。
>「だってもう夫婦ゲンカじゃすみませんよぅ。そのうち政治問題になりますううううぅ」
>
> ―――は!?
>
> あたしの頭の中を、互いに全く仲良くしそうにない単語が二つ飛び交った。
> 夫婦ゲンカと政治問題。
> あまりのミスマッチさがかえって斬新かつクリエイティブかもしれない。
>
> 夫婦ゲンカってあれだよねぇ………。犬が食べるとか股越していくとかいう………。
>
> ちらっと隣りを見ると、やはりティルトが呆気にとられた顔をしていた。
>「………姉さん。オレ、いま何か聞き間違えたかな」
>「………あたしもそう思いたい」
> 唸って、あたしは目の前の言い争いに割って入った。
>「ストーップ。何? アメリアさんとゼルさんがケンカしてるの?」
>「はい」

 マジ!?(オロオロ)

> 渋っていたわりには、あっさりユレイアがうなずいた。
>「二日前からなんですぅ」
> それでこの妙に緊張したおかしな空気が王宮内に漂っているのか。
>「ホントにケンカしてるのか? うちのとうさんかあさん以上に仲がいいのに?」
> ティルトが疑わしそうに言った。
> あたしもそう思った。
> いやホント。ティルトが言うとおり、ゼルさんとアメリアさんはハタ迷惑なほど仲がいいのである。軽いケンカなら四六時中しているうちの父さんと母さんとは違って、いさかいひとつあたしは見たことがない。
> ………イヤ、単にあたしが見たことないだけかもしれないけどね。
> それでもやはり、あの二人がケンカをしているのなら、王宮の空気がここまで緊張するのも何となくうなずけてしまう。
>「嘘じゃナイ。ケンカ、ほんと」
>
> やれやれ。
>
> あたしは中庭の中央まで歩いていくと、噴水の縁に腰掛けた。
> 後をついてきた双子に問いかける。
>「で、どうして夫婦ゲンカが政治問題なのよ?」
> 普通は双子でも継承権に優劣がつくはずなのだが、それを嫌ったアメリアさんとゼルさんの配慮で、この二人の継承権は同位だ。帝王学とやらも二人そろってきちんと勉強しているらしい。
> その二人が政治がらみになると言うんなら、多分そうなんだろう。九歳とはいえ、そこらへんは侮れない。

 九才……

> 二人は顔を見合わせると、溜め息をついて、話し出した。
>「三日前に、女の人が王宮に来たんです」
>「父上を訪ねて来たんです」
>
> ………うあ。なーんかヤな展開。
>
>「でも、ぜる、いなかっタ」
>「ちょうどおじいさまに同行して視察に行ってたんです」
>「だから、母上が応対に出たんだけれど………」

 ああ、その時のアメリアの顔が目に浮かぶ……

> ティルトが、この先オレ聞きたくない、という表情をしている。
>「その女の人は単刀直入にこう切り出したそうです」
> 二人は声を揃えた。
>
>『わたくし、ゼルガディス様のお妾になりにまいりました』
>
>「―――叩き出せ、ンなもん」
> あたしははっきりきっぱり言い切った。

 同感。平和な夫婦間に波風立てる奴は万死に値する!! ……っていうか、アメリアの幸せを壊す奴は私が後ろからL様にお借りした大鎌で……っ
  (混乱中につき、しばらくお待ち下さい)
>
>
> こういうあたり、あたしは自他共に認める母親似である。
>
>
 ううっ、やっぱり面白いです!! つたないレスですが受け取ってください!! ……続きがでたらまた感想を送っても良いでしょうか? 私一応(仮にも全く本人自覚がないが)受験生なので、なかなか来れないのですが……ああ、来年桜はさくのか……?
 …………はっ! 思わず私情が…… すいません。
 続き、楽しみにしてますv

 ユズハラブv な白河綜でした。おそまつ。

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7352いいったらいいんです。そんなこと言っちゃダメですっ(><)桐生あきや URL2001/9/17 15:11:25
記事番号7348へのコメント


 はじめまして。レスどうもありがとうございます(><)
 桐生あきやともうします♪

> はじめましてっ! 最近「1」のほうに投稿させていただいている白河綜という者です。あきやさんのすんばらしい作品(思わずネットしていない友人に見せて、一人で盛り上がってました。おいおい……)は著者別で見ました。
 あああああああああっ、見せたんですかっ!?(汗)。なんかめちゃくちゃ恥ずかしいです。そんなにすばらしい小説じゃないですよぅ(汗)
 それはともかく。わざわざ著者別リストから探して読んでくださって、ほんとありがとうございます。嬉しいですvv

> ユズハ〜〜〜〜vvv
> ああ、でも果たして私なんかがかいていいものか!? 自問自答していたのですが、もう我慢できません!!
> レスさせていただきますっ!!
 我慢は体に悪いです(笑)
 どうぞがんがんレスしてください。そのほうが私も嬉しいです(^^)

>> 遠くからぶんぶか手をふりながら(いや別に必ずしもふる必要はないけれど)リアだのリナだの呼ばれて区別がつけられる相手がいるだろうか。
> ああ、リアちゃん、それよく分かります。私も昔似た名前の人がいて、よく間違えられました……(泣)
 私も耳が悪いのか、名前の母音が全部重なる人の名前とよく聞き間違えてました。よりにもよってその人は男子だというのに(爆)

>> 勝手に人の名前を省略するくせに、どういうわけか、あたしの名前だけ略そうとしないんだ、これが。
> リナちゃんも略してないですよね、ユズハ。
 あと、ガウリイも略してません。略しようがなかったという話がなきにしもあらずですが。

>> 父猫のオルハ譲りの真っ白な毛並みをしたユキハを抱えている方がアセリアで、チョコレート色っていうんだろうか、落ち着いた色合いの毛並みのクレハを従えているほうがユレイアだ。
> おおおおっ!! オルハもパパリンに!?
> ……ていうか、オルハは雄だったんですね……(知らなかった)
 オルハの性別は二転三転しました。最初は雌だったんですよ(爆)
 この小説、作中内で時間が経過しているせいで、いつのまに!? と思うようなことが多いです。リアちゃんさらっと流してますが(笑)

>>「―――叩き出せ、ンなもん」
>> あたしははっきりきっぱり言い切った。
> 同感。平和な夫婦間に波風立てる奴は万死に値する!! ……っていうか、アメリアの幸せを壊す奴は私が後ろからL様にお借りした大鎌で……っ
>  (混乱中につき、しばらくお待ち下さい)
 書きながら、ゼルアメファンの人間がすることじゃないよなどと自分でも思ってました。実は投稿するときにもゼルファンに殺されやしないかちょっと怖じ気ていたり(^^;)
 おまけに最初から最後までそのゼルとアメリアは出てきません(笑)。全部子どもの視点で話が進みます(苦笑)

> ううっ、やっぱり面白いです!! つたないレスですが受け取ってください!! ……続きがでたらまた感想を送っても良いでしょうか? 私一応(仮にも全く本人自覚がないが)受験生なので、なかなか来れないのですが……ああ、来年桜はさくのか……?
 もちろんですっ! 
 本当にレスというのは書く原動力ですので。もう心よりお持ちしています。
 受験頑張ってくださいね。英語が嫌いとのことで、思わず桐生、親近感を抱いてしまいます(笑)←致命的に英語がダメで受験科目にしなかった女。

> 続き、楽しみにしてますv
 がんばります。
 どういうわけか、書き殴りだけアクセスができないという冗談か嘘としか思えない謎の故障がパソに起きてまして(本当です・滝汗)、続きを投稿しようにもできなかったりしているのですが(今回のレスも奇跡的に繋がったので急いで書いてます)。
 このレス返しが終わって、まだだいじょうぶでしたら続きを投稿するつもりです。続きがなかったら……接続が切れたと思ってください(待て)

 ではでは。またです♪

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7353子どもたちは眠れない〈Side:リア――2〉桐生あきや URL2001/9/17 15:30:23
記事番号7336へのコメント

*** 子どもたちは眠れない〈Side:リア――2〉***


「叩き出せ、ンなもん」

 夕飯を食べながら事情を聞いた母さんは、あたしとそっくし同じ事を同じ口調で言った。
 やっぱし、こういうあたり親子なんだなあとしみじみ思う。こんなことで実感してどうするるんだあたし、とは思うけど。
「で? そのおめか―――女の人はまだ王宮にいるのか?」
 母さんに睨まれて、慌てて途中で代名詞を変更した父さんが、あたしとティルトに訪ねた。
 多分、お妾さんって言おうとしたんだろうな………。
 クリームシチューをまだ飲みこんでいなかったので、あたしは無言で首を横にふった。
「何、ホントにアメリアが叩き出したの?」
 目を丸くして母さんが逆に聞き返す。これにはティルトが答えた。
「とりあえず、セイルーンの高級宿屋に留め置いてるんだって」
 本当なら寝ぼけた人のタワ言で済むような話のはずなのだが、事態はややこしかった。
 非常にマズイことに、こともあろうに、その女の人が―――ラウェルナと言ったが―――ゼルさんの知っている人だったのである。

 ………言い方がかなり悪すぎるかも、我ながら。

 訂正しよう、うん。
 言い直すなら、ゼルさんはラウェルナのことを知らなかったけれど、向こうはゼルさんを知っていた。
 これはあたしも母さんから聞いた話だから詳しくは知らないけれど、ゼルさんは昔、赤法師レゾという有名な人のところで働いていたらしい。そんでもって、さらに詳しくは聞いてないけれど、その赤法師レゾに違う体に変えられて、元に戻る方法を探しているときに母さんや父さん、アメリアさんと出逢ったらしい。
 いまは元の姿に戻れて、黒い髪に蒼い目の、父さんに負けないくらいハンサムな人になってるけれど。

 これがどういうことかというと、このラウェルナという女の人、母親を赤法師レゾの奇跡とやらで治してもらったらしいのだが、そのとき後ろに控えていた、まだ人間だった頃のゼルさんを見たことがあって覚えていたというわけである。

 ………大人未満のあたしが言うのもなんだけど、それって本当にどーでもいい縁だと思うな………。

 しかもン十年も前の話である。ゼルさんが顔知らなくても当たり前だ。聞けばゼルさん、合成獣になる前の記憶は曖昧だって言うし。
 このラウェルナもラウェルナである。よく考えなくても、ゼルさんは(事実はどうあれ)世間的にはセイルーンに婿入りした形である。いわば外戚。普通に考えて、セイルーン側のほうが力が強い。ゼルさんが妾なんかもてるはずがない。
 おまけに、セイルーン側がそんな圧力をかけずとも、うちの両親を上回る仲のいいあの二人に浮気だの妾だのあるはずがない。聞けばアメリアさんとゼルさん、出逢ってから結婚まで実に十年はかかった大恋愛だっていうし。あの二人にそんなことあったら、多分この世の終わりだ………と、あたしは思う。。
 というわけで、本来なら寝言は寝て言えと、一笑に付されてラウェルナは放り出されるはずだったのだが………。
 事態がややこしくなったのは、ひとえにこのラウェルナという爆弾で、アメリアさんと視察から帰ってきたゼルさんが大ゲンカをしてしまったせいである。
 すぐに仲直りするだろうと娘二人を含む周囲の人間は思ったらしいのだが、滅多にケンカしないだけに、異様なほどこじれてしまったらしい。
 これにゼルさんをいまだに良く思っていない一部の諸侯や大臣連中や、その他もろもろの人たちの思惑が絡まりあって、ラウェルナの立場は宙に浮いてそのまま宿に留め置かれ、事態は途方もなく大きな騒ぎになっているというわけだ。

 ………改めて言うのもなんだけど、アセリアとユレイアが半泣きだったのもわかるような気がする、これ………。

 事態の早期解決を目指そうとするのも無理はない。時間が経てば経つほどややこしく、またゼルさんの立場が悪くなる。
「どうするんだ、リナ?」
 ラァを膝の上に乗っけて、冷ました鳥肉をやりながら父さんが言った。
「ほっとく」
「母さん!?」
 母さんはあたしに向かってぴこぴこスプーンをふった。
「いい? これは確かにあたしが出ていくとよけいにこじれるわ。ユレイアの判断は正しいわね。アメリアはともかく、ゼルをあたしはどうにもできないの。意固地になったゼルを納得させてなだめるなんて無茶よ。しかもこの分野の話で。かといって―――」
 ちらっと視線を横にやる。
「ガウリイにゼルを何とかできると思う?」

『思わない』

 あたしとティルトは即答した。
「お前らなぁ………」
 父さんがジト目であたしたちを見る。
「でもかあさん、ほっとくと時間がかかりそうだぞ?」
 五杯目のシチューを食べながら、ティルト。
 お願いだから、口の中の食べ物がなくなってからしゃべってちょうだい。
「あんたたちにまかせるわ」
「………ちょっと待ってよ母さん。子どもだけでどうしろっていうのよ」
 香茶を淹れるために立ち上がった母さんはちょっとだけ苦笑した。
「だって、ねえ。これはケンカの理由が見える大人じゃ下手に手を出せないわよ。これは。恐らく最初はアメリアが悪いしね。まあ一概にそうだとは言い切れないけど」
 あたしは眉をひそめた。隣りのティルトも不思議そうな顔をしている。
「どうしてアメリアさんが悪いってわかるんだ、かあさん」
「最初は、よ。いまはどっちも。
 ―――ほらね。そこらへんの道理がわかってない子どもの方がまだ何とかなるってば。というわけで、まかせたわ」
 父さんを見たが、父さんは相変わらずラァに餌をやっている。
 ………何だってあたしとティルトが、ゼルさんとアメリアさんのケンカの仲裁に走り回らなくちゃいけないんだろう。

 ―――ま、いいか。

 アセリアとユレイア困ってたし。………ユズハは相変わらず何考えてるか謎だけど。
 香茶のポットを片手に母さんが言った。
「ヒントあげる。ケンカはどうにもなんないわよ。ケンカ自体はね」

 ………………母さん。そこまでわかってるんなら母さんが何とかしてよ。

 人数分の香茶のカップを棚から出しながら、あたしはかなり本気でそう思った。



 翌日、あたしは一人でセイルーンの街に出た。
 ティルトのほうはと言えば、アセリアとユレイアの方につかせてある。
 あの二人にしてみればゼルさんとアメリアさんのケンカはたまったものではないだろう。元の鞘におさまればどうにもなるだろうが、実際にケンカしている間は子どもにとってはひたすら居心地が悪いものだし。
 ごく普通のブラウスとスカートで街を歩いていると、道行く人がふり返る。
 市の立つ日だから、人通りが多い。

 うーん。これはこれで困ったなぁ………。

 父さん譲りの綺麗な顔立ちがちょっぴり恨めしくなるのはこんなときである。アメリアさんいわく、凄みのある美人なんだそうだ。あたしの顔。
 ―――本人よくわかってないけど。

 案の定、ごろつき数人に路地に引きずりこまれそうになった。いくらセイルーンが治安が良いとはいっても、こういう奴らを完璧には撲滅できない。
「ケンカ売る相手はよく見なさいよねっ!」
 呪文を唱えるのもめんどくさい。アメリアさんと、そのお師匠さまだというアセルスさん直伝の護身術でこてんぱんに叩きのめすと、ついでに懐を探る。

 迷惑料、迷惑料♪

 そうしていたとき、不意に視線を感じてあたしはふり返った。
「だれ?」
 簡素な婦人服の女の人が、呆気にとられたように路地の入り口に立っている。その人が壁になっていて、通りの誰も、あたしとごろつきには気づいていないようだった。
 磨いた銅貨みたいな髪に同じ色の目。
 注がれる視線に居心地が悪くなる。
 ようやっと女の人は口を開いた。
「あなたって強いのねぇ」

 ……………あのぅ?

 あたしがぱしぱし目をしばたたいていると、決まり悪そうに女の人は弁解した。
「ごめんなさいね。あっと言う間に男の人たちをやっつけていくものだから、つい………」
 はあ、そうですか………。
 リアクションに困ってあたしが突っ立っていると、困ったように女の人は続けた。
「でも、お財布をとるのはいくらなんでも悪いことだと思うわ」
 うあ、ばれてる。
「何か欲しい物があるんなら、私が買ってあげるから、一緒に市をまわらない?」

 …………はい?

 もはやどうしようもなく対応に困って、あたしは立ちつくした。
「ダメかしら?」
「あ、ええと………そういうわけにも………」
 何せ、これからラウェルナとやらの顔を見に行く予定なのである。母さんの助言通り、ケンカ自体がどうにもならないなら、原因の方を何とかしようというわけである。
 悠長に市などまわっている時間はない。
 すると、何を勘違いしたのか女の人は手を打ち合わせた。
「そうね。ごめんなさい。名乗ってもいないのに不躾なことを言ってしまったわね。私はラウェルナっていうの」

 ………………………………嘘ぉ……………。

 あたしはたちくらみを起こして、しゃがみこんでしまった。



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7354子どもたちは眠れない〈Side:リア――3〉桐生あきや URL2001/9/17 15:52:21
記事番号7336へのコメント


 著者別の『夢飾り』から約十年後のこのお話。
 いきなり某彼と某彼女が結婚していたりします。読み流してください(笑)

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 *** 子どもたちは眠れない〈Side:リア――3〉***


 あたしは困っていた。
 これ以上もなく、果てしなく困っていた。
 理由は簡単である。
 このラウェルナさん、どう見ても悪い人には見えないからである。

 いきなりさん付けしてるしね、あたしも………。

 あたしと一緒に市をまわりながら、よく笑うしよくしゃべる。刺繍が好きらしく、染めた刺繍糸が山と積まれた露店の前に立ったまま、いつまでたっても動かない。
 いまもあたしの目の前でお茶を飲みながら、にこにこ笑っている。
 なんだか、ぽややんとした人だ。
 かなり真剣に同名の別人だったのだろうかと思って、さり気なくどこに住んでいるのか訪ねたら、昨日ユレイアたちから聞いた宿屋の名前をあげる。
 あたしが途方に暮れた理由をわかっていただけようか。
 どこをどう見ても、天地がひっくり返っても、いきなり妾にしてくださいと押し掛けるような性格の人には見えないのである。

 何を間違ってこの人、ゼルさんの妾にしてくれと言ってきたんだろう………?

 あたしはちらりとわずかに視線を動かした。
 オープンカフェの向かいの路地に、人目にはつかないが数人の人間が散らばっている。
 当たり前といえば当たり前である。ラウェルナさんをほったらかしにしておくはずがない。
 しかし、王宮は特にこれといった指示を出してはいないはずだから、諸侯や大臣たち子飼いの人たちだろう。

 ………なんせ王宮、指示出す人たちがケンカしてるし………。

「リアちゃんはここの人なの?」
 なんか、こう………天使に粉砂糖をふりかけたような笑顔で、ラウェルナさんがあたしに尋ねた。
 ―――ちなみにあたしは本名を告げている。この人があたしと母さんを見比べて呼ぶ機会はおそらくやってこないだろうから。
 あたしは首を傾げてみせた。
「小さい頃はエルメキアのほうにいたけど、いまはずっとここに住んでる。だから、半分くらいはここの人かも。ラウェルナさんこそ、いまは宿屋がおうちなら、本当はどこに住んでいるの?」
 さらりと聞いたあたしに、何の疑いも持たずにラウェルナさんは微笑んだ。
「クーデルアに住んでいたの」
 ………確かセイルーンと国境を接している沿岸諸国連合のひとつだったっけ。
 位置的にはセイルーン属国である、アセルスさんやその弟のリーデットさんたちのマラード公国のすぐ下あたりだ。
 しかし、“住んでいた”と過去形なのはどういうことだろう。
「いまは違うの?」
 無邪気を装ったあたしの問いに、ラウェルナさんはフッと顔を曇らせた。
「あなたぐらいの歳の男の子と住んでいたんだけれど、病気で亡くしてしまったの。思い出すと辛くなるし、そんなのってあまりいいことじゃないでしょ? 引き払ってここに来たの」
 最後の方は冗談めかして笑って言ったけど、あたしは笑えなかった。
 妾になりにきたと言うわけにもいかなくてついた嘘には、どうしても聞こえなかった。
 なぜならあたしは、どうしてセイルーンに来たのかと訪ねたわけではなかったからである。

 これは………何だか………。

「セイルーンは良いところでしょ? アメリア王女さまもその旦那さまもとってもとっても綺麗で優しいって評判なのよ。きっとどこの国にも負けないわ」
 あたしはさらに猫をかぶった態度でカマをかけた。
 ラウェルナさんの人柄を思うとちょっりし良心が痛むが、彼女が妾騒動を引き起こしたことは事実である。
 案の定、ラウェルナさんのカップを持つ手が一瞬だけ制止した。
「ええ、とっても良いところね。話に聞いていた通りだわ。クーデルアとは大違い」
「クーデルアってどんなところ?」
「何もないところよ」

 ………おや?

 故郷を語るにしては、その口調が堅すぎる。
 あたしの顔を見て、ラウェルナさんはその表情を苦笑に近いものにすりかえた。
「住んでいた私が言う事じゃないかもしれないけれどね。何もなくて、寂しくて静かなところよ。お隣りのマラードのほうが活気があっていいわね。私は静かなほうが好きだけれど」

 ますます違和感が強くなる。

 それを隠して、あたしはしばらく他愛ない話を続けた。クーデルアの話を聞いた代わりに母さんの実家のゼフィーリアの話題なんかを持ち出して。
「静かなところが好きなら、セイルーンじゃなくてもっと違うところにしたほうがよかったんじゃないの?」
「ん………そうね。でも人が多い方が寂しくないでしょう? それに、刺繍やそのお道具はクーデルアとは比べ物にならないくらい良い物がたくさん揃っているし」
 ラウェルナさんは溜め息をついて、テーブルの向こうに視線を投げた。

 気づいている、この人は―――自分を監視してる者たちの存在に。

 その唇から言葉が洩れる。
 父さん譲りの五感の鋭さがなければ、危うく聞き逃すその呟き。
「本当に………刺繍糸だけね。来てよかったと思えるのは」
 しばらく雑談してラウェルナさんと別れたあとで、あたしは頭をフル回転させ始めた。



 夕方、王宮に戻ると、ユズハを含めた四人がばたばたとあたしのところにやってきた。
 今日ラウェルナさんを見に行くことはティルトにしか言ってないし、ティルトもしゃべるはずがないから、報告を求めにきたわけではない。
 ので、どうして走って出迎えるのかがさっぱりわからない。

 そういえば、空気がますますギスギスしているよーな………?

「クーン姉さま!」
「クーン姉上ッ」
 双子が異口同音に名前を呼んで飛びついてくる。ちなみに、若干口調が堅苦しいほうがユレイアだ。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ?」
 ティルトに目で問うと、弟は首を横にふった。
「今度はゼルさんとじゃないよ。イルニーフェさん」

 …………嘘ぉ。

 新たなる騒動ですか?
 しかも、よりによってイルニーフェさん?

 イルニーフェさんは、ちょっときつい感じのする女の人で、さっきちょっと話にでたアセルスさんの弟、リーデットさんのその………何というかパートナーである。
 リーデットさんがマラード公国の公主だから、イルニーフェさんはその公妃ということになる。でも、あたしが見る限り、どっちかと言うと、うんと年の離れた友人同士みたいな感じで、全然夫婦らしくない夫婦だ。
 あたしの口調が歯切れが悪いのもそのせいだ。
 旦那さんだの奥さんだの夫婦だのという言葉があれほど似合わない人たちもいないだろう。
 もちろん仲が悪いわけじゃなくて、雰囲気の問題なんだけれど。

 それで、そのイルニーフェさん。実はゼルさんと同じ市政の人らしい。だけど、ややこしい政治的な判断とやらで、すったもんだのすえにセイルーン王家に養女に入り、マラード公国に降嫁という形をとっているから、アセリアたち双子にとっては義理の叔母さんにあたる。
 たしかいま二十三、四じゃなかったかしら。あたしと十くらい歳が違うから。うん、そのぐらいだろう。
 ユズハとはいつまで経っても子どものようなケンカをする人だ。
 ちょっとおっかない感じはするけど、根は優しい人………だと思う。

 ティルトの話から予想するだに、アメリアさん、もしかしなくても今度はイルニーフェさんと………。
「ニーフェさん、こっち来てるの?」
 仮にも一国の公妃である。それなら先触れの使者とかがあってもよさそうなものなのだが。
 ユズハが首をふった。
「違ウ。う゛ぃじょん」
「どうしましょうううぅぅ。母さま、今度はニーフェ姉さまと喧嘩なさったんですうぅぅ」
 今度はアセリアが涙目で訴えてきた。ぎぅっと抱えられたユキハはかなり迷惑そうである。

 ………どうしてそんなに荒れてるの、アメリアさん。
 いや、ゼルさんとケンカしてるからなんだろうけど…………。

 イルニーフェさんのほうも、気が短いところがあるから、ケンカに至る可能性は充分あるにはあるんだけどさ………。

「つまり、ヴィジョンで連絡を取ってきたニーフェさんと、その応対に出たアメリアさんがケンカをしたの?」
 あたしの言葉に、ユレイアがうなずいた。
「ヴィジョンルームからケンカ腰の声が聞こえてきて、憤然とした顔の母上が出てきたのを、衛兵の人が見ているんです」
「原因は?」
 ティルトが首をふった。
「わかんない。ほら、イルニーフェさんもカッとなっちゃう人だから、すぐにヴィジョン切っちゃったらしくて」
 あたしは頭を抱えたくなった。

 なんだかなぁ………どんどこ事態がこじれていってる気がするぞ。

「せあ、泣かナイ」
 ユズハの声に視線をやる。

 あーあ。アセリア泣いちゃってる。
 ユレイアが絶対泣かないのと違って、アセリアのほうはすぐ泣くからなぁ。

「ほらほら、泣かないの。ゼルさんとのケンカと、ニーフェさんとのケンカは関係ないんだから。ニーフェさん、すぐ怒っちゃったりする人だけど、ちゃんと謝ってくれる人でもあるんだから、明日あたりまた連絡があるわよ」
「クーン姉さまぁ……」
 あたしは溜め息をついて、ティルトのほうをふり返った。
「ティル。あたし今日はここに泊まってくけど、あんたどうする?」
 放って帰るのもかなり寝覚めが悪い。
 ユズハがいてはくれるだろうが―――十四年間あたしは彼女とつきあってるが、そのあたしが見てもユズハの情緒面、いまだに難がある。ケア的には万全とは言い難い。
 ティルトはしばらく迷っていたようだったが、結局は家に帰ると言った。
「そういえば、姉さんはその………会えた?」
 ティルトはそっと耳打ちしてきた。もはやラウェルナさんの名前は王宮内では禁句となっている。
「………その話はまたあとでね。あんたも帰るんなら夕飯前にしといたほうがいいわよ」
 ティルトの反論を封じると、あたしは双子の世話役の女官さんに今日は泊まることを伝えようと探し始めた。




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7360子どもたちは眠れない〈Side:リア――4〉桐生あきや URL2001/9/19 15:46:50
記事番号7336へのコメント


 *** 子どもたちは眠れない〈Side:リア――4〉***


 次の日、本当にイルニーフェさんから連絡があった。
 だけど謝りにきたんじゃなさそうだ。
 なぜなら、アメリアさんとゼルガディスさんが二人とも執務にかかずらっている朝の時間帯にヴィジョンで連絡してきて、ユレイアとアセリアを指名してきたのだ。
 もちろん、あたしはヴィジョンルームには入れないから、扉の外で衛兵さんと世間話をしながら二人が出てくるのを待っていた。
 ユズハはどこいったのか、姿が見えない。アメリアさんのところかな、もしかして。
 しばらくするとユレイアが出てきて、あたしの手を引っ張った。
「ニーフェ姉上が、ひさしぶりにお話したいそうです」

 ………おや?

 有無を言わさずヴィジョンルームに引きずりこまれると、そこには真剣な顔のアセリアとイルニーフェさんがいた。
 どう見てもひさしぶりにお話したいって顔じゃない。
『おひさしぶり、クーン。リナは元気かしら?』
「父さんも母さんも、ついでに弟もかなりの勢いで元気です。
 ―――それで、どうしてアメリアさんとケンカしたんですか?」
 イルニーフェさんの表情が苦虫を噛み潰したようになった。
『どうもこうも。ゼルガディスとケンカしたって言うから、さっさと仲直りしなさいって言ったら、図星つかれたアメリア王女が怒ったの。あとは売り言葉に買い言葉。おかげで用件言う間もなく話が終わっちゃったわ』
 相変わらず身も蓋もない物言いをする人である。きっとこの調子でアメリアさんにも忠告したんだろう。

 ………たぶん、それは怒るな。うん。

「じゃあ、言いそびれた用件を言うためにアセリアたちを呼んだんですか? フィルおじさんは?」
『………苦手なのよ。昔、脅迫したことがあるから』

 ………どうやってあの老ドワーフみたいな人を脅迫したんだろう。
 というか、セイルーンに養子に入る前にいったい何をやらかしたんだろう、この人………。

 気にはなったが、話の主筋には関係がない。
『ゼルガディスもアメリア王女とケンカしている以上、理性吹っ飛んでるでしょうから、アセリアたちの方に言っておこうと思って。クリストファ殿下とはあまり親しくないし』
 さて、ここからが本題である。
 あたしはイルニーフェさんに尋ねた。
「どうしてここにあたしを呼んだんです?」
 アセリアたちに用件を伝えたのなら、あたしを呼ぶ必要はない。
 まさか本当にしばらく会ってないから話をしたいわけではないだろう。この人は無駄なことが大嫌いである。
 イルニーフェは溜め息をついた。
『二人からケンカの事情を聞いてね。なーんかイヤな予感がしたものだから、あなたにも用件を伝えておこうと思って。あなたに話しておけば、リナにも伝わるでしょうし』

 そういう理由ですか。なるほど。

『あのね、うちの国は沿岸諸国連合から強引に分離してセイルーン傘下に入ったおかげで、いまでも諸国と仲が悪いのよ』
 それは知っている。アセリアとユレイアの世界情勢の授業の先生は何と実父のゼルさんとうちの母さんなのである。そのため、あたしとティルトも双子につきあわされることが多かった。
 だけど、何で急にこの話をし始めるんだろう?
『それで、今回の用件はマラードと沿岸国のひとつとの睨みあいに、そっちが巻きこまれそうだ、という忠告よ』
 ゆっくりと。
 あたしのなかで、ひとつの国の名前が浮かび始める。
『変な動きをしているから気をつけろって言ってしまえばそれまでなんだけれど、どうもマラードとセイルーンの関係にヒビを入れたいらしいのよ。ついでに言うならそっちに取り入りたくもあるらしいわ。どういうふうに動いてくるかは謎なんだけれど。
 こんなことを公妃のあたしが公的に言ったら大事になるから私的に伝えようとしたんだけど、肝心のアメリア王女は頭に血がのぼってるし』

「ニーフェさん」

 あたしは彼女の言葉を遮った。
 頭のなかで確信めいて繋がっていく事柄がある。
「その国の名前、クーデルアって言いませんか?」
 イルニーフェさんの目が鋭くなった。
『どこからつかんだのかしら?』
「その妾に名乗りをあげてきたラウェルナって人は、クーデルアの出身です」
 あたしの後ろで、アセリアとユレイアの息を呑む音がした。
 九歳でもやっぱりこういうことには敏感だな。ちょっと可哀想な気もするけど。
 黙っててゴメンね、二人とも。
 イルニーフェさんが、やっぱりと言った顔をした。嫌な予感がしていたが当たってほしくなかったという顔だ。
 ヴィジョンの向こうで頭を抱えている。
『ダメじゃないの………。もろ策略に引っかかってるし………』
 それってアメリアさんとゼルさんのケンカのことを言ってるんだろうな。
 イルニーフェさんの情報と照らし合わせると話は見えてくる。

 しかし、思った以上に大事だ。この騒動。

「ニーフェさん。このラウェルナさんについて詳しく調べてもらえませんか。どうも会った感触では、すすんで妾になりにきたんじゃないようですから」
「クーン姉さま、ラウェルナって人に会ったんですかっ!?」
 アセリアがヴィジョンとあたしの間に走りこんできた。
「どうして私とユレイアに隠してたんですッ!」
 アメリアさん譲りの濃紺の目が怒ってキラキラ輝いている。
 あたしは黙ってその目を受け止めた。
 いまこの時にはぐらかすして答えていい話題かどうかの区別くらいは、あたしにだってつく。
「だって、アセリア。そのラウェルナって人のことキライでしょ?」
「当たり前ですっ。その人が来たせいで父さまと母さまは大ゲンカしてるんですからっ!」
「なら、あたしが会った感想で嫌な人だったって言っても、ますますキライになるだけじゃない。元からキライなんだから別に言う必要ないでしょ」

「―――じゃあ、もしクーン姉上はそのラウェルナって人のことを、良い人だと思ってたら?」

 背後からユレイアの声がする。
 はさまれてるなぁ。あたし。
 イルニーフェさんは黙って事の成り行きを見守っている。
「それも言う必要ないじゃない。だってユレイアとアセリアにとっては、ゼルさんとアメリアさんをケンカさせた人なのよ。あたしが、実は良い人なのって言っても二人が困るだけじゃないの」
 あたしは大きく息を吸って吐いた。

「まあ、でも………黙っててゴメンね。二人とも」

 アセリアはまだ納得してない顔だったけれど、背後のユレイアの気配は穏やかになっていった。
 イルニーフェさんが口を開く。
『何はともあれ、クーンがその人と会ったおかげで事の次第がはっきりしそうなんだから、あまりクーンを嫌いにならないであげなさい、二人とも』
「………はいぃぃぃ」
 あ、まだ納得してないな、このぶーたれた答え方だと。
 それにしてもイルニーフェさん、フォローも身も蓋もなさすぎ………。
『クーンの言った件、たしかに調べておくわ。結果が出たらまたこの二人宛にヴィジョンで知らせることにするから』
「なるべく早くお願いします。こっちはもぉ胃が痛くなるくらい空気が気まずくって………」
 アメリアさんの義理の妹はあっさりと言った。
『アメリア王女が悪いわよ。リナあたりに泣きつけばよかったのに。ゼルガディスも悪いわね。へそ曲げなきゃいいのに』

 ………どうしてこう、母さんを含めた、ある程度年齢いってる人たちって、二人のケンカを見てきたように言うんだろう。
 そんなにわかりやすい行動パターンしてるのかな、ゼルさんとアメリアさん。
 それとも夫婦ゲンカっていうものがそういうものなのかな。
 人生経験十四年のあたしにはよくわからないけれど。

『まあ、だいじょうぶよ。あれだけハタ迷惑な恋愛してたんだから、どうせ大したケンカじゃないわ。安心なさい』
 そういえば、この人、アメリアさんがゼルさんとの結婚にこぎつけるまでの課程をリアルタイムで見ていた人だったっけ。
 まあこの人がそう言うんならそうなんだろう。
 しばらく幾つかの連絡事項をやり取りして、 ヴィジョンは切れた。
 あたしは細く息を吐くと、アセリアとユレイアに向き直った。
「あたしんち、行こっか」

 母さん。これはもはや、あたしたち子どもの領分じゃないぞぉ………。




「そりゃあ、そのラウェルナって人、おどされてるのね」
 いともあっさり母さんは言った。
 まだお昼前の朝のお茶の時間帯だから、あたしたち四人の前にはミルク入りの香茶と軽い焼き菓子がおいてある。
 アメリアさんに似て、お茶に砂糖を大量投入しているのはユレイアのほうである。ゼルさんに似てストレートで飲んでいるのはアセリア。こういうのは遺伝って言わないんだろうけど、ホントおもしろい。
 二人が一緒に連れてきたユキハとクレハは、ラァと連れだってどこかに行ってしまった。
「おどされているって、どうしてそんなことがわかるんですか?」
 ユレイアが上目づかいに母さんを見た。
 母さんは軽く肩をすくめた。
「だって、普通に考えてあんたたちの父さん―――ゼルがアメリア以外の奥さん持つわけないでしょーが。それなのに正面から妾にしてくださいって言ってきたってことは、自分からわざと失敗しようとしてるってことになるわ。
 それはつまり、クーデルアの言いなりになってるのは非常に不本意だということ」

 あたしも母さんと同じ結論を出していた。
 ラウェルナさんは騒動となったその行動自体も、あたしに接する態度もどこかおかしい。一貫性がなくて、不自然なのだ。
 恐らくクーデルアとしては、マラード・セイルーン間に妨害工作をする傍ら、ラウェルナさんを使ってセイルーン側に取り入る魂胆だったんだろう。だけどラウェルナさんがクーデルアの意図を無視した、こちらがわの警戒心を呼び起こすような接触の仕方をしたせいでその計画は滞り、そのうえ、ゼルさんとアメリアさんが予想だにしなかった夫婦ゲンカをしたものだから、事態はただいま混乱中………、と。おそらくそんな感じだろう。

 うーん………ややこしい………。

 あれこれ考えこんでいるあたしをよそに、アセリアのカップにお代わりを注いでやりながら、母さんは言った。
「ま、さっさと解決したいんならフィルさんあたりに言えば? ラウェルナって人を捕まえて終わるでしょうよ」
 何か、いつもの母さんに比べて言い方が冷たい。
 それに、あたしとしてはあまりあの人を捕まえてほしくないな。
 だって、こういう母さんの推測を聞かされた後では、もう良い人確定だ。実際、良い人っぽかったし。
「捕まえてっ………て、それで終わりなんですか? クーデルアは?」
「ほっとかれる」
「何だよ、かあさん。それ」
「だって、責任追及したら戦争になるじゃないの」

 …………うあ。母さん容赦なさすぎ。
 アセリアもユレイアもティルトも真っ青な顔して黙っちゃったじゃないのよ。まだ三人とも九歳なんだぞ。

「そんなのって正義じゃないですうううぅぅ」
「うん。そうね」
 母さんは苦笑した。
「まあ、でも正義はともかく、アセリアとユレイアは二人が仲直りすればそれでいいんじゃなかったの?」
「それは、そうですけど………」
「イルニーフェが動いてるんなら、セイルーンは何もしなくても、そのうち何とかなるわよ。だから、当面の問題はあんたたちの両親のケンカ」
「母さん、ケンカはどうにもならないって言ってなかった?」
「言ったけど、ここまで話が大きいんじゃ、原因のほうはどうしようもないでしょーが」
 だけど、あたしはいまは原因のほうを、どうにかしたくなってきていた。
 あたしは黙って立ち上がった。
「リア、どこ行くの?」
「ラウェルナさんのところ。もう一度会ってくる。母さん、焼き菓子ちょっと包んで持ってってもいい?」

「私も一緒に行ってかまわないですか? クーン姉上」

 名乗りを上げて椅子から降りたのは―――ユレイアだけだった。
 アセリアのほうはと言えば、固い表情でそっぽを向いている。
「まあ、あたしはいいけれど………ユレイア、行ってどうするの?」
 テーブルよりやっと目線が上になるくらいの背丈から、ユレイアは真っ直ぐあたしを見た。
 その顔は片割れのアセリアそっくりだけど、目はゼルさん譲りの薄い水色の瞳だ。
「おじいさまに捕まえてもらってもいい人かどうか、確かめます」
「…………やれやれ」
 母さんがくしゃくしゃとユレイアの頭を撫でた。
「いったいあんたはどっちに似たのかしらね」
「でも、すぐにばれないかな?」
 ティルトの指摘にあたしは唸った。
 たしかにセイルーンの双子の王女は有名だ。しかもラウェルナさんはアメリアさんに会ってるから、ユレイアの顔を見ただけでバレるような気がする。
「何言ってんのよ。セットでいるから目立つのよ。単体で行けばわかりゃしないわ」
 大胆なことを母さんが口にした。

 そうかなぁ………うーん………。まあ、クレハもどっか行っちゃってるし………。

 母さんが、アセリアを見て苦笑した。
「今日はティルと遊んでなさい。アセリア」
「わたし、会いにいくなんていってません!」
「うん、そうだったわね。ティル―――」
 母さんにうながされて、ティルトが戸惑ったように立ち上がった。アセリアの手を引っ張って外に誘い出す。
 アセリアとユレイア、二人とも外見はそっくりだけど、内面は全然違うことを改めて思い知らされる。
 いまの状況がもしうちの父さんと母さんだったとしたら(ありそうにないけど)、あたしだってイヤだ。全然納得できる状況じゃない。そう思ったから、二人にはラウェルナさんと会ったことを黙ってたんだけれどね。
 しかし、その納得できなさを表現するベクトルが、こうもばっきり別れるとは………。
 どっちかっていうと、アセリアのほうが素直な反応だろう。ユレイアは前向きというか建設的ではあるが、ちょっぴり屈折気味かもしんない。
 ま、何にせよあたしは行動あるのみだ。
 ユレイアには念のために帽子をかぶせ、あたしは再びラウェルナさんの宿を訪れた―――



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7361いっぱいv いっぱ〜いいvv白河綜 2001/9/19 16:57:41
記事番号7360へのコメント


 学校のパソコンから今日は!
 ふふふ・・・ いっぱいv なんだかラウェルナさん・・・大変な方なんですね・・・ 脅迫!? 酷過ぎる!! ・・・とか言って、前回のレスでさんざ酷い事言ってた人間の言葉じゃないですよね・・・

 ごめんっ! ごめんラウェルナさん!! すみませんあきやさん!!

 ああ、すんごく短いんですけど、学校なんで・・・
 続きが楽しみですv それでは!!
 アメリア、ゼル! はよ仲なおりして!!

 白河綜でした!! 再見!!

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7373実は分けるのが面倒くさかっただけだったり(爆)桐生あきや URL2001/9/21 21:51:23
記事番号7361へのコメント


 レスがいつも遅いです。もうしわけないです(汗)

> 学校のパソコンから今日は!
 最近学校からネットする方多いですよね。うちの大学は回線は使い放題なんですけど、如何せん大学までパソを持ってくるのが面倒くさくて(笑)

> ふふふ・・・ いっぱいv なんだかラウェルナさん・・・大変な方なんですね・・・ 脅迫!? 酷過ぎる!! ・・・とか言って、前回のレスでさんざ酷い事言ってた人間の言葉じゃないですよね・・・
> ごめんっ! ごめんラウェルナさん!! すみませんあきやさん!!
 どうして謝るんですかっ(笑)
 前回読んだ限りでは悪女にしか見えなくて当たり前です。いくら粉砂糖をふりかけた天使のような微笑みでも(笑)

> ああ、すんごく短いんですけど、学校なんで・・・
> 続きが楽しみですv それでは!!
> アメリア、ゼル! はよ仲なおりして!!
 まったくです(←ケンカさせた本人が何を言う)
 最後まで名前は出ても姿は出てこないと決めてある二人ですが、最大の原因はこの二人ですから(笑)
 全く関係ないですが、この話の副タイトルは「子供たち、東奔西走」なんです。しばらくリアたちには走りまわってもらいましょう(笑)
 頑張って続き書きたいと思います♪

 ではでは、またですv

 桐生あきや 拝

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7374子どもたちは眠れない〈Side:アセリア〉桐生あきや URL2001/9/21 22:03:14
記事番号7336へのコメント

 何というか………ですます調の一人称に挫折しました(爆)

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 *** 子どもたちは眠れない〈Side:アセリア〉***


 わたしはティルトを手を思いっきり振り払うと、ずんずん先へと歩いて行った。
 後ろから、ティルトがわたしを呼んでいる声がする。
 だけど無視。
 ティルトは間違いなく追ってきているのに、そのティルトの足音は全然聞こえてこない。
 ティルトの癖だ。ガウリイさんから剣を習っているティルトは、色んなことを他の大人の人たちよりもずっと上手にこなす。

 ざっ。

 ほっぺたを枝がかすめていった。少しひりひりする。
 ティルトたちが暮らしている家は、セイルーンの六芒星の少しだけ外にある。周りはみんな畑や丘や森で、そこで遊ぶのはすごく楽しい。
 いつもなら。
「アセリア」
「なんですっ」
 ふり返るとティルトがすごく困った顔でわたしを見てきていた。

 ―――わたし、すごくイヤな子。

 わたしが立ち止まったここは、切り開かれた森の中。
 たしか、新しい街道がセイルーンまで通るんだ。それがいつ通るのかはわからないけれど、それまでここはわたしたちの遊び場だ。次々に増えていく木の切り株に、開拓している人たちが時々忘れていく道具。王宮では考えられない無茶をしてもたいていは平気だった。
 ティルトはとても素早いし、クーン姉さまが危なくないようにしてくれる。
 いまは全然、楽しくないけど。
 私は木の切り株に腰かけた。
 ティルトが困ったように、隣りの切り株に座りこむ。

 わたしは何を怒っているんだろう?

「ティル」
 わたしは足下の枯れ葉をすくいあげるように蹴っ飛ばした。
「ティルならどうするんですか」
「どうするって?」
 ティルトがその真っ青な目を不思議そうにまばたかせた。
 ティルトの目はすごくキレイな青色をしている。わたしの目もユレイアの目も青いけれど、三人とも色が違う。ティルトの目の色は、お父さんのガウリイさんと同じ色をしている。
 母さまにティルトの目の色のことを言ったら、空の色ですね、と答えてくれた。
 たしかにうんと晴れた空の、いちばん高いところの色だと、わたしにも思えた。
 空が海を映すように、何でも映りこむその目のなかのわたしを見たくなくて、わたしはそっぽを向く。
「ティルがわたしなら、どうするんですか」
「オレ、アセリアじゃないよ」
「そんなことはわかってます!」
「わかってるんだったら、聞く必要ないと思うんだけど」

 ああ、またです。

 わたしはイライラとティルトをにらみつけた。
 ティルトは時々、こうやって会話が―――言いたいことが通じなくなるときがある。
 それは、ティルトがわたしたちと同じものを見ていても、私たちとは違うとらえかたをしているからだと母さまたちは言う。

 よく、わからない。

 いつもは全然気にならないけど、こういうときはすごくイライラする。
「アセリアは何を怒ってるんだ? どうして心配なんかしてるんだ?」

 ―――ひどい!

 あまりのことに、わたしはカッとなって立ち上がった。
「どうしてそんなひどいことが言えるんですっ。ティルは、ガウリイさんに近寄ってくる女の人がいて、そのせいでリナさんと喧嘩して、それなのに、実はその女の人は良い人なんだって言われたらどんな気持ちになるんですかっ。どうして心配できないの。どうして怒れないのっ!」
 ユレイアは一人でわかったような顔してクーン姉さまについていってしまった。

 わかってます。
 ほんとはわたしだってわかってるんです。
 納得しなきゃいけないんだって。おどされてるんなら悪い人じゃない。むしろかわいそうな人。おじいさまに告げ口して捕らえてもらうなんて、そんなことしちゃいけないことなんだって。
 わかってる。
 わたしだけわがまま言って、ティルトに当たり散らして、ひどく恥ずかしい。
 すごくイヤな子。

 わたしに思い切り怒鳴り散らされたティルトは、きょとんとして首を傾げた。
「だって、父さんと母さんじゃん。アセリアの方だって、ゼルさんとアメリアさんじゃん」
 言われたことが全然わからなかった。
 けれど、そんなことはおかまいなしに、ティルトは続ける。
「どっか行っちゃうわけないだろ。父さんと母さんで、ゼルさんとアメリアさんなのに。だから、わかんないんだよ。なぁ、どうしてゼルさんとアメリアさんはケンカしてるんだ?」
「どうしてって………」

 そんなこと、わからない。
 ラウェルナさんって人が原因なのはわかってます。
 わかってるけど、それが『どうして』なのかなんてわからない。

「アセリアは、どうして心配してるんだ? ゼルさんとアメリアさんのどっちかが、ケンカのせいでどっかに行っちゃうと思ってるのか? ずっと仲悪いまんまだと思ってるのか? アセリアは、本気でそう思うのか? ゼルさんとアメリアさんがそういうことするって、そう思うのか?」
「…………」

 きっと、いまこの場にクーン姉さまがいたら、相変わらずあんたの言語感覚は意味不明で直入すぎるのよ、とティルトの頭を叩いてる。たぶん。
 いつもそう。
 ティルトの言葉はひどくわかりづらいけれど、いつも真っ直ぐに正しいことを言う。

「アセリアは、そう思ってるのか?」
 同じ問いをくりかえされて、わたしはハッと我に返って叫び返した。
「思わない………思いませんッ、そんなこと思いたくなんかないッ」
「『思いたくなんかない』んじゃないんだよ。思わないんだよ。んなことあるわけないじゃん」
「…………ッ!」

 ―――んなことあるわけないじゃん。

「ティルのバカああああああああああああああああッッ!!」
 わたしは思いっきり泣いていた。
 ティルトを馬鹿呼ばわりしたのは、えっと、勢いです。………たぶん。
 いきなり泣き出したわたしにティルトはびっくりしていた。
 いいです。このままびっくりさせておく。

 ティルトはずるい。
 いつだって、こうして簡単にたどりついてしまう。
 わたしもティルトもまだ全然子供。それなのに、ティルトはだれにもまねできないことをする。
 きっと、大人になってもティルトはこうなんだ。
 ずるいです。
 ………ずるいよぉ。

 頭の中がごちゃごちゃで泣いているわたしに、ティルトが言った。
「だから、ゼルさんとアメリアさんが悪いんだ」

 ―――え?

 驚いたわたしが泣いていた顔をあげると、ティルトは、だってそうだろう? と続けた。
「どっか行ったりするわけなんかないのに、ケンカなんかしている二人が悪いんだろ?」
「そ、そうなんですか………?」
 やっぱりティルトの頭のなかの展開にはついていけそうにない。
 へたりこむようにして、わたしはまた切り株に腰かけた。
「ラウェルナさんは、悪くないんですか?」
「悪いよ。でも悪くない」
「さっぱりわかりません」
「ああ、まただなオレ」
 真っ直ぐな栗色の髪をティルトが手でかきまわした。

 ティルトはいつもこうする。わたしたちに、自分の言葉が―――言いたいことが伝わらないとき、言葉を探して、いつも栗色の髪に手をやる。

「悪くない。ラウェルナさんが変なこと言ってきても、ゼルさんとアメリアさんがケンカなんかしなければよかったんだから。そうすればこんな大騒ぎになんかならなかった」
「じゃあ、何が悪いんです。それ以外に何か悪いことがあるっていうんですかッ」
「あるよ」
 ティルトはうなずいた。
「悪いヤツのおどしに負けたこと」
 わたしはひとつ、まばたきした。
「悪いヤツの言うことなんかを聞いていること。それが悪いことだよ。たとえそれがしかたなかったとしても」
「…………」

 ティルトはいつだって。
 つよい、ひかり。

 膝を抱えこんで、泣いたせいで重たいまぶたをぎゅっとそこに押しつけて、わたしはそれでもまだダダをこねた。
「でもやっぱり、ラウェルナって人はキライです」
「うん。それはしかたないかもしれない。でも、もう怒っても心配してもいないよな?」
「………はい」
 かさかさと、落ち葉が風に吹かれて移動していく。

 ………雪が降ったら。

 クーン姉さまの十五歳の誕生日が来たら、クーン姉さまは旅に出ちゃう。
 昨日みたいに、泣いてるわたしを慰めてくれなくなる。

「………父さまと母さま、早く仲直りしてほしいです」
「するよ。だから、それまでオレと姉さんとユズハとで待てばいいよ」
「………はい」

 泣いたら、ひどく眠かった。






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 ……何というか、自分でキャラ設定しといてなんですが。
 絶対タチ悪いって、ティルト(汗)


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7375子どもたちは眠れない〈Side:ユレイア〉桐生あきや URL2001/9/21 22:20:24
記事番号7336へのコメント

 *** 子どもたちは眠れない〈Side:ユレイア〉***



 ―――クーン姉上の言ったとおりだった。


 私は、あったかいミルクのカップを抱えたまま目の前のラウェルナさんを見上げた。
「ユアちゃん、どうかした?」(私はラウェルナさんにユアと名のっている)
 その優しい顔を見ている自分が、ひどく後ろめたくて、私は首を横にふってラウェルナさんの視線をふりはらった。
 クーン姉上の言ったとおりに、ラウェルナさんは悪い人には見えなかった。
 近所で一緒に遊んでいる子だと言って、クーン姉上から私を紹介されたときも、手放しで歓迎してくれた。
 ミルクをひとくち飲んでから横のクーン姉上を見ると、ひどく困った表情をして、ね?と小さく肩をすくめた。
 クーン姉上が、私とアセリアに黙っていた理由が、なんとなくわかった。

 本当に、私たちに言ってもどうしようもないことなんだ、これは。
 ラウェルナさんが良い人なのは本当のことだし、彼女のせいで父上と母上がケンカしているのも本当のことなのだから。
 だから、私はどうすればいいのか、わからない。
 とりあえず、おじいさまに捕まえてもらうのはやめよう、と思った。
 もっと、何か別の方法でクーデルアの悪だくみを何とかしたい。
 そうして、父上と母上に仲直りしてほしい。
 でも、どうすればいいんだろう。
 子供って損だ。
 できることがものすごく限られている。
 早く、大きくなりたい。

 初対面の挨拶以外、黙りっぱなしの私を見て、ラウェルナさんは私のことを、ひどくおとなしい人見知りする子だと思ったらしく(たしかに人見知りするけれど、私はアセリアほどじゃない)、あれこれ気をつかってくれた。
 ひどく困ってしまう。
 本当に、優しい人だ。
「ユアは歌が上手なのよ」
 突然言われたことに、私は飲んでいたミルクでむせかえってしまった。
「まあ、だいじょうぶ?」
「………へ、へいき、です」
 クーン姉上はいきなり何を言い出すんだろう?
 たしかに私は歌うことが好きだし、その歌をみんなほめてくれるけれど、逆に“歌ってはいけない”とも言われているのに。
「クー………リア姉さん、急になに?」
 そう呼ぶように、とラウェルナさんに会う前に念を押されたが、どうしても違和感がある。
 私の横で、クーン姉上はそのキレイな顔を軽く傾けてみせた。
「ん、ちょっとね。ラウェルナさんも綺麗な声してるなーってぼんやり考えて、思いついたこと言っただけよ」
「私の声がきれい?」
 ラウェルナさんがきょとんと目を丸くした。
 次いで、笑い出す。
「リアちゃんにそう言ってもらえてうれしいわ」
「本当のことだもの。きっと歌とかよく唄うんでしょ?」
 クーン姉上の言葉に、ラウェルナさんは楽しそうにうなずいた。
「そうね。お天気がいい日に窓際に椅子を持ってきて刺繍とかをしていると、勝手に口が歌を唄っていることがあるわね」
 そう言ってくすくす笑う。
 私はカップの中のミルクに視線を落とした。

 ―――やめてほしい。

 そうやって、段々と“わかっていって”しまうと、本当にどうしていいのかわからなくなって、胸が苦しくなる。
 アセリアのように、そっぽを向いていた方が、よかったのかもしれない。
 何か行動しなければと思って、いつも私は空回りしてしまうんだ。
「よかったら、ユアちゃんの歌を聴きたいわ」
 話の流れからして当然とも言えるラウェルナさんの言葉に、私は慌ててしまった。
 歌ってもいいが、そのあとの責任がとれない。本当に。
 別に、歌うと周りの植物が成長したりとかするわけじゃないけれど、それでも騒ぎになってしまう。
 リナさんには、危険物取り扱い要注意、とまで言われたことがあるのだ。
 助けを求めてクーン姉上を見ると、
「あたしも聴きたいな」

 ―――全然助けにならなかった。

 それどころかあおっている。
「だって、私が歌うと………」
「いいから」
 そこで私は、クーン姉上の真紅の瞳が意味ありげにこっちに合図を送っていることに気が付いた。
 きっと何か考えているんだ。
 クーン姉上は、いつだって頼りになる。私たちを助けてくれる。
 開き直ることにした。歌うことは大好きだから、許可さえ出ればためらったりしない。
「じゃあ、ちょっとだけです………」
 何を歌おう。
 少しだけ迷ったあと、私は息を吸いこんだ。
 クーン姉上が耳を押さえるのが横目でちらっと見えた。

 ………やっぱり問題あるかもしれない。

 音を吐き出そうとした、その瞬間―――
 乱暴に部屋のドアが開いた。

「ラウェルナ殿!!」

 ものすごく怒った表情で、ドアを開けるなりそう怒鳴ったのは潰れたカエルのような中年の男の人だった。
 人を見かけで判断してはいけません、と母上からは言われているが、とてもイヤな感じのする人だ。
 ちなみに父上からは逆のような、実は同じような内容のことを言われている。
 ―――人はその目を見て判断しろ、と。
 外見を考慮せずに目を見ても、やっぱりイヤな感じを私は受けた。
 その人は、部屋の中の私とクーン姉上がいるのを見つけて、驚いた顔をして、次いで怖い顔でラウェルナさんを見た。
「この子どもたちは?」
「先日、市で知り合って仲良くなった子たちですの。お菓子を持って遊びに来てくれただけですわ」
 ラウェルナさんが強張った表情でそう答えた。
 私とクーン姉上を男の人の視線から隠すように椅子から立ち上がって、あいだの空間に立つ。
「ほほう、市でね」
「ええ。一緒に刺繍糸を選んでくれましたの。もう帰るところですから、お気遣いなく」

 ―――帰るように。

 そう言われているのが、私にもわかった。
 隣りでクーン姉上が立ち上がった。
 ラウェルナさんとドアから部屋の中に入ってきた男の人に向かって、にっこりと笑いかける。
 見慣れている私が見ても、クーン姉上の笑顔はいつも本当にとろけるような笑顔だ。
 ………たとえ心から笑ってなくても。
 男の人の顔が少しだけやわらいだ。
「ごめんなさい。お客さまがくる予定だなんて全然知らずに遊びにきて」
「あら、いいのよ。気にしないで」
 私も椅子から降りた。クーン姉上が私と手をつなぐ。
「ユアの歌はまた今度ね」
「楽しみにしてるわね」
 その声に見送られて、私はクーン姉上に手を引かれて、男の人の横を通り抜けてドアへと向かった。
 通り過ぎるとき、クーン姉上が男の人に会釈する。私もちいさく頭をさげた。
 階段を下りて宿を出て歩き始めても、クーン姉上はずっと私の手を引いたままだった。
「………クーン姉上?」
 見上げた横顔は、私のほうを見もせずにささやき返してきた。
「黙って。つけられてるわ」
 私は緊張して、ぎゅっとクーン姉上の手を強くにぎった。
「まくとまずいわね………普通のフリをして帰るわよ」
「………どこに?」
 まさか王宮には帰れない。
「どっか適当に」
 そう答えて、クーン姉上は通りを右に折れた。
「………やっぱり、悪い人がいるんですね」
「………そうね」
 露店に並べられている焼き菓子に目を奪われているフリをしながら、クーン姉上は相づちをうった。
 そう考えると、すとん、と気持ちが楽になった。
 父上と母上がケンカしているのはそいつが悪いからだ。
 だったら、ラウェルナさんが優しくて良い人であっても、胸が苦しくなることもない。
「………そういえば、どうしてさっき私に歌わせようとしたのか、訊いてもいいですか?」
「ん………ちょっとね。ユレイアの声って初めて聞いたときにはクラクラきちゃうからね。聴かせてそのあとでラウェルナさんの本音を聞こうかなって思ったの」

 ………私の歌声は自白剤なんだろうか。

 基本的にクーン姉上のことは大好きなんだけれど。
 こういうときは、少ーしばかり怖くなったりも、する。





=====================================

 ………タチが悪いのはもしや姉弟揃ってか?(爆)
 こネタ。別に額にキチェはありませんのであしからず(笑)。ユレイアの歌は別に特別な魔力とかがあるわけじゃなくて、純粋に声が良くてとんでもなく上手なだけです。才能があるのですな(笑)

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7376Re:子どもたちは眠れない〈Side:ユレイア〉あんでぃ E-mail URL2001/9/22 15:25:47
記事番号7375へのコメント


どうもです♪久しぶりのレスです〜(泣)
すみませんいつも音読してたのですがレスはこんなにも遅くなってしまって(泣)


突然ですけど、クーン姉さま、すっごく美人なんでしょうなぁ(うっとり)
そんなに綺麗で旅に出て大丈夫なんでしょうか?(汗)すっごくすっごく心配だったりする私です(^ ^;


ラウェルナさん、一体どういった事情があるのでしょうねぇ・・・・
今回の事件について今のところはまだ黒幕が出てきていない様子ですね、だってあの男の人小物っぽいですもん(笑)←待て、すごい失礼だから(汗)

> ものすごく怒った表情で、ドアを開けるなりそう怒鳴ったのは潰れたカエルのような中年の男の人だった。

すみません(汗)ここで『ああ、ねこさんのところのクーちゃんは一目で彼の事を嫌悪するだろうなぁ』と思ってしまった私を殴ってください(汗)


今回お子様たちがこうしていろいろ走り回るはめになったのが、ゼルとアメりんの喧嘩というのがなんとも複雑ですが(^ ^;早く二人には仲直りしてもらいたいものです。
夫婦喧嘩というのは子供に不安を与える要素ランキングのかなり上位に位置するでしょうから・・・・


しかし、ユアちゃん歌が上手なのですね♪

>「ん………ちょっとね。ユレイアの声って初めて聞いたときにはクラクラきちゃうからね。聴かせてそのあとでラウェルナさんの本音を聞こうかなって思ったの」

↑ここを読んで私的にイメージしたユアちゃんの声が鬼束ちひろさんだったという事はオフレコです(笑)
実は私は最初に鬼束さんの歌を聞いた時にあまりのことにしばらくクラクラしちゃった事がその原因だったのですけど(笑)


何はともあれ、原因が仕組まれた事とはいえ、ひょんとした(?)夫婦喧嘩がこの国に関わる大事になっている事などいざ知らずにいるアメりん&ゼルをちょっとお仕置きしたいなんて、決して思っていない私(待て)は桐生さんの次回を楽しみに待っていますですvv

…すみませんしばいてください(汗)それでは次回を楽しみに待っていますです〜!!
あんでぃでしたっ!!

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7377タイトルが(汗)あんでぃ E-mail URL2001/9/22 15:27:47
記事番号7376へのコメント


ごめんなさいタイトルを忘れました(泣)
ひたすら申し訳ありません(泣)

こんな馬鹿者あんでぃですが、温かい目で見てやってくださいませ(泣)
それではです〜

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7403遅ればせながら。桐生あきや URL2001/9/27 00:56:59
記事番号7376へのコメント


 どうも、おひさしぶりです(笑)。桐生です。

>すみませんいつも音読してたのですがレスはこんなにも遅くなってしまって(泣)
 すみません、いつものごとく遅レスの桐生です(いっぺん死んでこい)
 レス自体はおひさしぶりですが、チャットでいつもお話しているのでひさしぶりとは言えないかと(笑)
 もちろん、レスはいつでもお待ちしておりますがv(爆)

>突然ですけど、クーン姉さま、すっごく美人なんでしょうなぁ(うっとり)
>そんなに綺麗で旅に出て大丈夫なんでしょうか?(汗)すっごくすっごく心配だったりする私です(^ ^;
 ガウリイ似でございます(笑)
 男親に似るというのは、具体的な特徴がでるわけではないのでしょうが、ガウリイのようなタイプの美人や美形というのはパーツの配置が完璧に整っている人のことをいうのだろうと勝手に思ってます(笑)
 以前落書きをしてみたところ、怖い美人さんになりました(^^;

>今回の事件について今のところはまだ黒幕が出てきていない様子ですね、だってあの男の人小物っぽいですもん(笑)←待て、すごい失礼だから(汗)
 今回の黒幕の人物は出てきませんが、黒幕はすでに出てきていますよん♪
 ただ子供の手には負えないので、リナがほっとけといっているのですな(笑)

>すみません(汗)ここで『ああ、ねこさんのところのクーちゃんは一目で彼の事を嫌悪するだろうなぁ』と思ってしまった私を殴ってください(汗)
 そういえば、クーちゃんめちゃ嫌いでしたね、某両生類。
 だいじょうぶです、私もそう思い至りました。どうしてあんでぃさんを殴れましょう(笑)

>今回お子様たちがこうしていろいろ走り回るはめになったのが、ゼルとアメりんの喧嘩というのがなんとも複雑ですが(^ ^;早く二人には仲直りしてもらいたいものです。
>夫婦喧嘩というのは子供に不安を与える要素ランキングのかなり上位に位置するでしょうから・・・・
 仲直りするまで走ってもらいましょう(鬼だ……)
 というか、ここだけの話、しょーもないことにまだ恋人気分が抜けてないのですあの二人は(爆)

>>「ん………ちょっとね。ユレイアの声って初めて聞いたときにはクラクラきちゃうからね。聴かせてそのあとでラウェルナさんの本音を聞こうかなって思ったの」
>↑ここを読んで私的にイメージしたユアちゃんの声が鬼束ちひろさんだったという事はオフレコです(笑)
>実は私は最初に鬼束さんの歌を聞いた時にあまりのことにしばらくクラクラしちゃった事がその原因だったのですけど(笑)
 ああっ、相変わらずあんでぃさんは鋭いですっ(笑)
 私が漠然とイメージしていたユレイアの声は、ミーシャ、鬼束ちひろ、あと去年一昨年有名になりましたエンジェルボイスと有名な外国の女の子(誰だよ・汗)です。
 いまはまだ成長期まえですので、聞いた途端エクトプラズム出させるくらいの魔性の歌姫に将来なるかどうかはまだわかりません(笑)

>何はともあれ、原因が仕組まれた事とはいえ、ひょんとした(?)夫婦喧嘩がこの国に関わる大事になっている事などいざ知らずにいるアメりん&ゼルをちょっとお仕置きしたいなんて、決して思っていない私(待て)は桐生さんの次回を楽しみに待っていますですvv
 あんでぃさん、実はちょっぴりお仕置きしたいでしょう?(笑)
 今回目指していたのは「児童書っぽい話」(っぽいってところがミソ・爆)だったのですが………なんか違いますね(汗)。
 やはりズッコケ探偵団やおまかせ探偵局にはなれないよーで(爆死)
 もともと力技のカードをぽろぽろ持ってる子供たちですからねぇ………(汗)
 ではではっ、さっさと続き投稿しろの桐生でした(爆)
 がんばります♪

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7428子どもたちは眠れない〈Side:アセリア&ティルト〉桐生あきや URL2001/9/30 20:25:05
記事番号7336へのコメント



 子どもたちは眠れない〈Side:アセリア&ティルト〉


 ………わたしはどうやら迷子になったようです。

 右を見ても左を見ても、ついでに上を見ても、さっきまで一緒にいたティルトとユレイアの姿が見えない。
 あと、ユズハの姿も。別行動しているクーン姉さまはともかく。

 今日は市の立つ日で、王宮にいるよりは市を歩きまわったほうが楽しいから、と言ってクーン姉さまとティルトが誘いに来てくれた。
 イルニーフェ姉さまからの連絡は、さすがにまだ一日たっただけだから、来る様子もなくて、父さまと母さまのケンカも相変わらず。

 ………もっとも、ちょっと仲直りの傾向は出てたけど。
 二人ともすっごく困った顔してますし。

 昨日、あの後どうやらわたしは寝ちゃったらしくて、目を覚ますとリナさんのおうちのクーン姉さまのベッドの上だった。
 聞けば、ティルトがおんぶしてくれたらしい。
 ………重くはなかったんでしょうか。
 いや、実際重かったとか言われると腹立ちますけど、そこはそれとして。

 そのとき、ユレイアとクーン姉さまはとっくに帰ってきていて、王宮に帰る途中でユレイアからラウェルナって人に会った感想を聞いた。
 全然悪い人に見えなかったことも、イヤな顔の男の人がやってきたせいで帰ってきたことも聞いた。後をつけられたことも。
 クーン姉さまがユレイアに歌わせようとしたというのには、ちょっとびっくりでした。
 だって、ユレイアの歌を聴いて平気な顔をしているのは、ティルトとガウリイさんとユズハくらいで、あとはみんな“ぽかん”としたり“とろん”としたりする。
 むずかしいことはわからないけれど、ユレイアの歌声は音楽的陶酔を最大限にひきだす歌声、らしい。

 ………言ってるわたしにもよくわかってない。

 でも、ユレイアの歌を聴くと、すごくふわっとした良い気持ちになるから、そういうことなんだろう。
 そのユレイアに歌わせようとした張本人のクーン姉さまは、イヤな顔の男の人のことを調べてみると言って、市に来るなりわたしたちとは別行動をとった。
 わたしもユレイアもついていきたがったけれど、当然ながらダメだって言われた。
 いまこうして迷子になったからには、ひとりでラウェルナって人を見に行くのもいいかなと思ったけれど、わたしはその人が止まっている宿の場所がわからない。
 住所自体はわかる。だけど、わたしは住所だけわかっている場所にたどりつけたことが一度もない。今回だけ例外が起きるとは思えなかった。
 ユレイアに言わせると、わたしは方向音痴らしい。
 ユズハと二人で行動させると、どこに行くかわからないと言われる。

「………どうしましょう」
 わたしは首を傾げたけれど、目の前を次々と通り過ぎていく人たちは、みんな知らない人たちで、ティルトたちと出会える可能性はかなり低そうだった。
 とりあえず、一休みしていた造花売りの露店の脇から立ち上がって、わたしはほてほてとあてもなく歩き出した。
「………先に帰っちゃったほうがいいんでしょうか」
 リナさんたちのところに帰れば、わたしとはぐれたって報告にきたティルトたちと間違いなく出会えるはずだし。
 そう思うと気が楽になった。
 出会えなくてもいいから、一人で市を見て回ろうという気になる。

 屋台で焼き栗を買って、受け取りながらティルトたちのことをたずねると、答えが返ってきた。やっぱりというべきか、めちゃくちゃ可愛いユズハは目立つし、わたしと同じ顔のユレイアがいるから、わたしが何も言わなくてもティルトたちが立ち寄っていた場合、はぐれたのかと勝手に向こうから訊ねてくれる。
 太ったおばさんは袖をまくった手で、市の奥の方を指さした。ここを通ってからまだそんなに時間はたってないと言う。
 いまなら追いついて、再会できるかもしれない。
 わたしは焼き栗の袋の口をねじってこぼれ出さないようにすると、首に巻いていた薄いショールで包みんだ。さっきまで焼かれていたから、とっても熱い。
 そうして広場を横断するために走り出す。
 市の立っているのはここの広場だけではなくて、ここから出ている通りとその先にあるもうひとつの広場もだから、いま捜し出せないと本当にもう出逢えない。
 ぎゅうぎゅうの人混みを抜けて、ポケットみたいなぽっかりした場所に出て、両膝に手をついてホッと息をついたときだった。
 行く手の人混みのなかを、ちらっとカスタードクリームみたいな色の帽子がのぞいた。

「ユズハ?」

 尖った耳を隠すためにユズハは人前では帽子をかぶる。その帽子の色は髪と同じクリーム色だ。あれはたぶんユズハだ。膝に手をついていたせいで、わたしの視線はちょうどユズハと同じぐらいになっているし。
 わたしの声に気づいたのか、そのカスタードクリーム色の帽子が揺れて、こっちを向いたような気がした。
「ユズ………!」
 名前を呼ぼうとしたとき、後ろから大きな手がわたしの口をふさいだ。
「!?」
 そのまま、近くの細い路地に引きずりこまれる。
 暴れ出そうとしたとき、口元にイヤな匂いのする布をあてがわれた。
 すぐに、ふわっと意識が遠くなる。この変な匂いさえなければ、ユレイアの歌を聴いたときに似ているかもしれない。一人だけだけれど、失神する人が出たことがあるんです。ユレイアの歌って。
 意識を失う寸前、ティルトのわたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした。



〈Side:ティルト〉

 アセリアの声が聞こえたような気がして、オレは後ろをふり返った。
 見れば、ユレイアの袖をつかんでいるユズハも同じ方向をふり向いている。
「ユズハも聞こえたか?」
「ン。聞こえタ」
 ユズハがうなずいた。
「ティル? ユズハ?」
 不思議そうな顔でユレイアが、オレとユズハを見た。濃い青の目。
 よく、アセリアとユレイアが似ていて、どっちがどっちかわからないという言葉を聞くけれど、オレにはさっぱりわからない。
 こんなに違うのに。二人とも。
「ユレイアには聞こえなかったか? アセリアの声」
 驚いたようにユレイアがまばたきして、背後の人混みをふりかえった。
 さっきはぐれてから、ずっとオレたちはアセリアを探し回っている。
 姉さんから、変なやつらに後をつけられた昨日の今日だから、二人の周りには充分注意してね。いざとなったらあんたとユズハが護るのよ、って言われたばかりなのに。
 このままだと絶対怒られるし、護れなかったみたいですごくイヤな感じだ。
「アセリア?」
 ユレイアにならってオレもアセリアの姿を捜すけれど、やっぱり気のせいだったのか見つからない。
「先に行ったのかと思ったけれど、まだこのあたりにいるのかもしれない」
 ユレイアの言葉にオレも賛成した。
 もう少しこのあたりを捜し回ろうということになる。ユズハはさっきからマイペースに小麦菓子をほおばっているけれど、こいつはこいつできちんと捜している………んだろう、たぶん。
 ユズハはヒトじゃないから。
 いつも違う何かを見てるやつだから、きっとオレたちの気づかない何かに気づくだろう。
 そのユズハだった。
 落ちていたアセリアのショールと焼き栗の袋を見つけたのは。

 ―――アセリアに何かあった。

 オレのせいだな。
 気をつけろって言われたのに、すぐにはぐれちゃったんだから。
 でもオレにだって、どこからどこまでが自分のできることかぐらいはわかる。

 ―――いまできることは、真っ直ぐ家に、戻ること。



〈Side:アセリア〉

 目が覚めてから、ずっとわたしはふくれっ面だった。
 だれも会いに来てくれない。
 こういうときは、やっぱり悪い人がでてきて自分の悪事を洗いざらいばらしてくれるのがお約束だと思うのに(お前は間違いなく母親似だと父さまに言われた)。
 人をわざわざ誘拐したあげくにほったらかしとは、いったいどういうつもりだろう。
 縛られていたわけではなく、古いソファに寝かされていただけだったので、目が覚めたあと部屋の中を一通り見て回ったけれど、窓もないし何もない。
 おかげで、誘拐されてからどれくらい時間がたったかわからない。
 たいしてお腹が減ってないから、まだそんなにたっていないとは思うんですけど………。

「でも、何で誘拐されたんでしょう?」

 わたしは首を傾げてしまった。
 考えられるのは三つ。
 一つ目、単なる偶然で誘拐されてしまった。この場合だと、わたしがセイルーン王女だということを知らないということになる。
 二つ目は、単なる人違い。………ありえないです。わたしとだれを間違うんでしょう。ユレイア? でもユレイアを知っているんなら、わたしのことも知っているはずだし。
 三つ目。これがいちばんありそうです。セイルーン王女としての誘拐。

 ………あ、どれにしろ、父さまと母さま、ケンカどころじゃないです。

 かなり呑気なことをわたしが考えていたときだった。
 扉が開いた。
 びっくりして顔をあげると、向こうもびっくりしていた。
「もう目が覚めているとは………」
 ずっと昔から続くセイルーン王族の血筋には、薬物の耐性がある。ブルーリーの実が効きにくかったり、効き目の早い毒物の進行を遅らせたりする程度のものだけれど、たぶんそのせいで早く目が覚めてしまったんだろう。
 ひょろっとした、あまり強くはなさそうな男の人に、わたしはたずねた。
「ここはどこですか?」
「セイルーンだ」

 ―――そんなことはわかってます!

 そう言いそうになって、わたしは慌てて口を閉じた。
「どうしてわたしを誘拐したんですか」
「その必要があったからだ」
「…………」

 何だか、ものすごくムダな会話をしている気分になってきました。

「私の後についてこい。病人の話し相手をしてもらう」

 …………?

 たぶん、わたしの顔ははてなマークでいっぱいになっていたんだろう。忌々しそうに男の人が言った。
「いいからこい。ただし病人に、誘拐されてここに来たことをしゃべったら殺すからそのつもりでいろ。………まったく、いつのまにこいつを見たんだか………」
 最後のほうは独り言だった。
 ついて歩く途中で窓の外を見ると、もうすっかり日は暮れて、真っ暗だった。
 たどりついた扉の前で、男の人がわたしに念を押した。
「いいか。お前は中にいる病人の話し相手としてここ呼ばれたと言え。余計はことはいっさいしゃべるんじゃないぞ。私の仲間が見張っているからな」
 わたしは黙ってうなずいた。

 ―――扉の向こうにいたのは、青白い顔をした男の子だった。



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7430きゃ☆雫石彼方 E-mail 2001/10/1 12:55:52
記事番号7428へのコメント

ちゃーっす。
かなりの勢いで行方不明になっておりました、雫石です(^^;)
そろそろ寒くなってきましたこの季節、如何お過ごしでせうか。

・・・とまあ、時節のご挨拶はほどほどにして。
アセリアちゃんがツボっす。理屈ではわかっていても納得できなくて拗ねちゃう
ところとか、可愛いなぁ・・・・vと。やはしこのテの娘に弱い私。
そしてティルトくんが可愛さ余って憎さ100倍!?・・・いやいやいや、
好きっすよ、彼。もちろん。でもでも、子供らしからぬあの悟りぶりは一体
どういうことなのよぅ!!(><)ガウリイの子供だからなのか!?にしたって、
アセリア誘拐されちゃったんだからもうちょっと焦ってくれ!!とか思ってしまう
私は、実は密かにこの二人のカップリングを希望していたりするのであります(笑)
邪な目で見るな〜〜〜!!と怒られそう;

なんだかかーなーり自分勝手な感想を書き散らしちまいました、ごめんよぅ・・・。
でも続きをとっても楽しみにしてるので、頑張ってね♪

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7435ま♪ じゃ・な・く・てっ!(笑)桐生あきや URL2001/10/3 08:26:39
記事番号7430へのコメント

 いや、ほんと「ま♪」じゃなくて!
 彼方ちゃああああああああああんんっっっ!!(><)
 お久しぶりです〜〜っっ。元気だったでしょうか?
 そちらのほうがここよりも寒いと思いますが、風邪とかひいたりしないです? 桐生はさっそくひきかけてダメダメでした(待て)
 いや、ひきかけただけなんだけどね(^^;

>・・・とまあ、時節のご挨拶はほどほどにして。
 しないで(笑)。ほら、たっぷり私もしてるから(さらに待て)

>アセリアちゃんがツボっす。理屈ではわかっていても納得できなくて拗ねちゃう
>ところとか、可愛いなぁ・・・・vと。やはしこのテの娘に弱い私。
 アセリア好きになってくれて嬉しいだす(><)
 ユレイアがゼル似でアセリアがアメリア似なのかな? でも、とりあえずゴネるほうがアセリアで、とりあえず何かやってみるのがユレイアなら、逆か(笑)
 ベースは父似、母似に分かれてても、簡単にそれぞれに似せちゃうのはなんかヤだなあと思ってるので、これからも混ぜていくつもりです(爆)

>そしてティルトくんが可愛さ余って憎さ100倍!?・・・いやいやいや、
>好きっすよ、彼。もちろん。でもでも、子供らしからぬあの悟りぶりは一体
>どういうことなのよぅ!!(><)ガウリイの子供だからなのか!?にしたって、
>アセリア誘拐されちゃったんだからもうちょっと焦ってくれ!!とか思ってしまう
>私は、実は密かにこの二人のカップリングを希望していたりするのであります(笑)
 パソの前で身をよじってたんですが、私。彼方ちゃん素敵すぎ(笑)
 とりあえず、彼をめぐって双子がディープな泥沼愛憎劇をくりひろげたりは………絶対いたしません(笑)。肝心のめぐられる方が全然わかってなくてはやり甲斐もないし(待テ)
 ティルトはねぇ、絶対自覚なく女の子ひっかけるタイプだと思うのよ(タチ悪……)。
 悟りすぎてて、かえって何がなんだかわかってないというか。
 ある意味、ガウリイよりもひどいなあ(苦笑)

>なんだかかーなーり自分勝手な感想を書き散らしちまいました、ごめんよぅ・・・。
>でも続きをとっても楽しみにしてるので、頑張ってね♪
 ごめん、私もかなり勝手にテンション高くレスを返してるよ。なんだこのレスは………(汗)
 でも、とっても嬉しいのです(><)
 続き、なるべく早めに投稿したいと思いますが、その前にツリーが落ちるかしら(汗)。
 と、とにかくがんばります(汗)

 ではでは、またですv

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7432ああっやっと読めた(感涙)みてい 2001/10/2 12:11:08
記事番号7428へのコメント

こんにちは、みていです。
【書き殴り】さんに無事繋がるようになったのでしょうか?

ツリーができていたのは前々から知っていたのですが、今時間が空いたのでようやく読む事ができました。
ラウェルナって悪党じゃなかったんですねー。
ややこしいぞ政治問題。
桐生さんはこのあたりをいつも鮮やかに描かれるので勉強になりますv

捕まったアセリア、何か転機になりそな場面ですねっ。
続きが気になります☆

ではでは、極短のレスではございますが、今回はこれにて。
みていでございました。

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7436ありがとうございますぅ(><)桐生あきや URL2001/10/3 08:38:21
記事番号7432へのコメント


 おはようございます(笑)、桐生です。
 みていさんからレスだなんて、嬉しすぎです〜vv

>【書き殴り】さんに無事繋がるようになったのでしょうか?
 あの一件はいったい何だったのか、いまだにナゾです(汗)
 どうしてここにだけ繋がらなかったんでしょう………。うちのビブロ君は時々ただの鉄の箱と化してくれる不思議なパソですので、もはや何が起ころうとも、という感じはしますが(--;

>ツリーができていたのは前々から知っていたのですが、今時間が空いたのでようやく読む事ができました。
>ラウェルナって悪党じゃなかったんですねー。
>ややこしいぞ政治問題。
>桐生さんはこのあたりをいつも鮮やかに描かれるので勉強になりますv
 ええええっ。私はみていさんの書かれるのを見て、そう思っていたのですがっ。
 この話を書くときに、実は「Messenger」をひそかに参考にしていました。全然ひそかじゃないですが(笑)
 現在「Cheers!」のほうでもアメリアが頑張っていますよね♪

>捕まったアセリア、何か転機になりそな場面ですねっ。
>続きが気になります☆
 続き、一応できてはいるのですが肝心の最後がまだだったり(汗)
 なるべく早めには投稿したいと思ってますが。

>ではでは、極短のレスではございますが、今回はこれにて。
>みていでございました。
 こちらこそ、時間を見つけてまで読んでくださってありがとうございます(><)
 ではでは、またです。


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7491子どもたちは眠れない〈Side:アセリア&リア〉桐生あきや URL2001/10/13 00:14:53
記事番号7336へのコメント


子どもたちは眠れない〈Side:アセリア&リア〉


〈Side:アセリア〉

 ベッドの上で身を起こした男の子はサラナと名乗った。何だか女の子みたいな名前だと思ったけれど、本人には言わないでおいた。
 何でも、二年ほど前から難しい病気にかかっていて、一ヶ月ほど前に白魔術都市と名高いセイルーンに病気の治療にやってきたらしい。
 年はクーン姉さまよりひとつ年下。だけど、病気のせいか、それよりもずっと年下に見える。

 ………誘拐されたわたしは、どうして誘拐されたその先で、病気のサラナさんの話し相手をしているんでしょう?

「アセリアは、ここの人?」
 おっとりとサラナさんが訊ねてきた。
 ベッドの横に置かれた椅子に座っているわたしは、黙ってそれにうなずく。
 きっとこの部屋にはレグルス盤がしかけられている。下手な会話をしたら、間違いなくあのひょろっとした男の人のおどした通りになってしまう。
「生まれたときからずっとセイルーンです。サラナさんはどこの人ですか?」
 わたしとしてはごく普通に会話を返したつもりだった。
 だけど、結果としてわたしの呼吸は驚いて止まってしまった。
 透き通るように白い頬をしたサラナさんが笑って、こう答えたからだ。
「アセリアはきっと知らないね。クーデルアっていう小さな国なんだ」
 わたしの目はめいっぱい大きく見開かれていた。

 ………しかけられているのがレグルス盤だけだといいんですけど………。

 見られていたら怪しさ大爆発だ。
 わたしはぎゅっと手を握りしめる。

 もしかして………もしかしなくても、わたしが誘拐されたのはラウェルナって人のことと繋がってる?

 でも、あのひょろっとした男の人はわたしが王女だということを踏まえた上でしゃべっているとは思えなかった。
 ………でも、クーデルアの悪い人たちが、無関係な普通の子どもを誘拐するとも思えない。
 それに、だとしたら、病気のサラナさんはどうしてこんなところにいるんでしょう。誘拐されてきたなんてことサラナさんに絶対しゃべるなっておどされた。なら、サラナさんは何も知らないんでしょうか? 
 全然わからない。頭のなかがごちゃごちゃです。

 きっとクーン姉さまなら、ちょっと考えただけで、ぱっぱってわかるんだろうなあ………。

(あああああっ。もうっ。こんなんじゃダメですっ)
 わたしは勢いよく首を横にふった。
 サラナさんはそれでわたしがクーデルアの国を知らないんだと思ったらしく、気にする必要はないよってなぐさめてくれた。
 わたしはサラナさんの顔を真っ直ぐに見つめる。
 きっと、足りないのは情報だ。
 わたしは嘘をつくのが下手だけれど、せいいっぱい普通に話しかけた。
「さっきの人は、サラナさんのお兄さんですか?」
 サラナさんは少し首を傾げたあと、ああ、とうなずいた。
「違うよ。あの人は、母さんの友だちなんだ。母さんはセイルーンまで一緒にこれなかったから、代わりに僕の世話を引き受けてくれたんだ」
「お母さんと離れて、さみしくないですか?」
「さみしいよ」
 サラナさんはベッドの横の窓に視線を投げた。
 とっくに日は暮れて、通りをはさんだ向こうの建物の明かりが、ガラス窓に映るわたしの顔を透かしてぼんやりと見えた。
「だけど、母さんは僕の治療費を出すためにクーデルアで働いてくれてるから。だから、わがままいうよりは早く病気を治して帰りたいな」
「そうですか………」
 ますますわたしはこんがらがってきた。

 ええと………わたしは誘拐されてきたわけだから、ここの人たちが悪い人なのは間違いが無くて………でもサラナさんは全然違うことを話してて…………。

 わたしが一人でぐるぐるしていると、ふいに窓の向こうの明かりがかげった。
 最初は全然気にしてなかったけど、すぐにおかしいことに気がついた。
 だって、ここは三階だ。変な行動はとれないから詳しくはわからないけど、少なくとも一階じゃないことはたしかだ。
 夜飛ぶ鳥はフクロウぐらいしかいない。
 だけど、ここはセイルーンのなか。フクロウなんていない。
 そうこうしていると、フッと明かりが元通りに光った。
 元通りに明かりが光るその寸前に、きらっと金色の筋が見える。

 ………えっ!?

 かげりの正体がわかった瞬間、わたしは思いっきり首を横にふっていた。
 まだ。まだダメです。
 いま来たら、わたしは逃げられるかもしれないけど、サラナさんは連れていけない。
 まだ何もわかっていないのに!
 サラナさんはわたしが誘拐されたここに連れてこられたことを知らないから、もし、もしわたしが逃げたせいでサラナさんが怒られたり、ひどいことされたりしたら………。

 いまは、まだダメです………!

 わたしの想いが伝わったのか、明かりが二、三度点滅した。
 それっきり、建物の明かりはかげらなくなる。
 ホッすると同時に、わたしもがんばらなくちゃと思った。
 わたしが、がんばらないと。
 不思議そうな顔で、サラナさんがわたしをのぞきこんだ。
 わたしはその折れそうに細い、青く血管が透けて見える腕をとった。
「早く元気になってくださいね。そうしたら、わたしがセイルーンを案内しますから」
 そう言いながら、わたしはサラナさんの手のひらに指で文字を書く。

(よなかまで、おきていて)

 わたしが行方不明だと王宮は大騒ぎになるから、何かが起きるならそれはおそらく今日中。
 サラナさんがびっくりした表情で、わたしの顔を見つめたとき、部屋のドアが開いた。
「今日はそれくらいにしておきなさい。この子を親元に送っていく時間だ」
 あのひょろっとした男の人がそう言って、わたしをサラナさんの部屋から連れ出した。
 わたしが目を覚ましたソファのある部屋に連れてこられてから、わたしはキッと男の人をふりかえった。
「わたしをいつ家に帰してくれるんですか。言っておきますけど、うちにお金なんかありませんよっ」
 男の人はわたしを見て思いっきり顔をしかめた。
「そんな仕立てのいい服をきておいてそんなことはなかろう」

 ……………わたしって、やっぱり頭が悪いんでしょうか?

 わたしがぶすっとした顔でにらみつけていると、男の人はうるさそうに手をふった。
「全部終わったら帰してやる」
「それはいつですか。何が終わるんですかっ」
 わたしは食い下がったけど、男の人は黙ってドアから出ていった。
 カチリ、と鍵をかける音。
 わたしはぷぅっと頬をふくらませながらソファに腰かけた。
 でも、さっきの言葉からすると、わたしが王女だとは知らないようだったし、お金を取る目的の誘拐とは思えなかった。

 ………あれ?

 まさかサラナさんの治療費が足りなくなってわたしを誘拐してお金をとろうとしてるとか?
 でもそうしたら、普通どこのおうちかってたずねられるような気がします………。
 それともわたしが王女だって知っててお金をとろうとしてるとか………でも、そんなことをしたらセイルーンで治療を受け続けるなんて絶対ムリです。
 しかもこの場合あのラウェルナって人はどう関係してくるんでしょう。
 ダメだ。全然わからない。
 わたしはふうっと溜め息をつくと、ソファに寝転がった。
 寝ておこう。
 どうせ、夜中にはクーン姉さまが―――もしかしたら、リナさんとガウリイさんが―――助けに来てくれるはずですし…………。

 ………あとで聞けば、どうやらこの夜。眠れていたのはわたしだけだったらしい。
 ごめんなさい。



〈Side:リア〉

 あたしは沈んでいこうとする夕日を眺めた。
 足下には三階建ての建物の屋根。
 六芒星を形作る大陸橋が邪魔だけど、それでもここからの眺めはけっこう絶景だ。

 ………いけない。あたしが眺めるのは夕日じゃないんだってば。

 あたしは首をふって真下の通りを見おろした。
 正面には、ラウェルナさんが泊まっている宿がある。二階建てだから、三階建ての建物の屋根から見ているあたしなんて、早々見つかるものじゃない。

 母さんの、旅の心得その二十三。
 ―――上空ってのはけっこう盲点なのよ。

 たしかにその通り。
 ティルトたちと別れてからすぐに、わたしはラウェルナさんの宿を見張るためにここに昇った。もちろん呪文で。
 ………長期戦になるような気がしたから、その前に市で食べ物を買いこんだりしたけどね。
 砂糖衣をかけた揚げパンの二つ目を口の中に放りこむ。
 陽が高いうちから見張り始めて、いまはもう夕日が沈もうとしている。あたりはぼんやり薄暗くなってきて、街灯のライティングの明かりがあっても見づらくてしかたがない。
 もしかしなくても、今日はハズレかなぁ。まあ、あたしも見張り始めた一日目から成果があがるとは思ってないけど。
 あたしがどうしてラウェルナさんの宿を見張っているのかというと、昨日、ラウェルナさんのところに押しかけてきた(ドアを開けるなり怒鳴るのは立派な押しかけだ)カエル男。あいつを待っているのである。
 御丁寧に仲間とおぼしきやつらがあたしとユレイアのあとをつけてきたことだし、ラウェルナさんの態度がぎこちないこともあるし、悪役決定だ。
 おそらく、あいつがラウェルナさんとの交渉役。ひいては彼女をおどしているクーデルアの人間だ。後をつけて、セイルーンでの本拠を見つけて、探りを入れる。
 もしそうじゃなくても、あの顔とあの態度では、絶対後ろ暗いことをやっているだろうから、間違えても問題ないだろう(偏見)。

 母さんの旅の心得その一のとおり、悪人に人権はないのである。

 それはともかく、今日はハズレだろう。もう少したって、完全に真っ暗になったら家に帰ることにしよう。
 あたしがそう思って、自分が食べたもののゴミを片づけはじめたときだった。

 ………?

「!?」
 あたしはゴミを真下の通りに放り出しそうになって、慌てて空中でキャッチした。
 眼下では、例のカエル男(呼び名決定)がラウェルナさんの宿に入っていくところだった。
 暗い上に遠くてよくわからないが、何やら上機嫌である。昨日の不機嫌具合が嘘のようだ。
 ハズレかと思ったが、どうやら一日目にして大当たりのようである。
 ………さて、と。
 あたしは夕日の残滓を浴びながら立ち上がった。



 しばらくして、あたりがまっくらになってからカエル男は宿から出てきた。
 あたしは静かにレビテーションの呪文を唱えて、屋根沿いに男の尾行を開始した。
 空はよく晴れていて、満月ではないものの月がでているから、落ちる影には気をつけないといけない。
 男は、尾行を警戒してはいるものの、上空にいるあたしに気づく様子はまったくない。
 尾行なんぞ警戒している時点で、もはや怪しさ大爆発。どうか疑ってくださいと全身で言っているようなものだ。
 ラウェルナさんの宿のある上流地区から離れて、カエル男はどんどんと下町の方へ―――つまり、治安があまりいいとは言えないところへと歩いていく。
 そうして、下町の方へ歩いていったかと思うと、カエル男は突然馬車を拾った。

 ―――マズイ!

 レビテーションでは追いつけない。
 あたしはとっさに呪文を解除した。出窓のとっかかりをつかまえて落ちるのを防ぐと、レイ・ウイングを唱え直す。
 風の結界に包まれて音が遮断される寸前に、走り出す馬車の音が聞こえた。
 よし、間に合う!
 馬車の速度にあった速さが出るように(なおかつ見つからないように)レイ・ウイングの高度を調整するのに手間取ったけれど、馬車を見失うことはなかった。
 馬車は大陸橋に乗って、王宮のある中心地区を大きく迂回すると、ラウェルナさんの宿のある上流地区とは王宮をはさんで逆にある地区の建物の前で止まった。
 そこからさらにしばらく歩いて、三階建ての建物の中にカエル男は消えていく。

 ―――ここか。

 あたしは大きく息をはくと、月の位置を確認した。
 けっこう時間がたってしまっている。先に帰ってるだろうアセリアたちが心配してないといいんだけれど。
 問題の建物の屋根の上で、あたしは呪文を解いた。音さえ立てなければ、自分たちの頭の上にまさか敵がいるなんて思わないだろう。
 ………代わりにこっちもいまいち様子が把握できないけど。
 あたりを見回して場所にだいたいの見当をつける。王宮はこっちにあって、あたしの家はあっち方向だから………うん、だいたいわかった。

「………ッ!?」

 そのときあたしは足を踏み外すところだった。
 どうして!?
 あたしの目が吸い寄せられているのは、通りをはさんで向かいに建っている建物の三階の窓。明かりがついているのとは別の、その隣りにある暗い窓だ。上級地区の名に恥じず、両方ともガラスがはめこんである。
 暗いから、向かいの建物の様子が映っている。要するに、あたしの真下の部屋の中が。

 ―――なんで。
 なんでどうしてアセリアがここにいるのっっ!?

 あたしはレビテーションを唱えかけて、思い直してそれを中断した。
 しばらく窓に映るアセリアの様子を観察する。
 ベッドに身を起こした男の子と何やら話をしているようである。

 ………って、待て。

 あたしは眉をひそめた。
 なんで、カエル男の本拠―――アセリア風に言うなら悪の秘密基地に病人としか思えない男の子がいるんだろう?
 …………。

 ―――男の子を、
 ―――あなたぐらいの歳の、男の子を、

「病気で亡くしてしまった、の………?」
 フッと口をついて出た自分の言葉に、あたしは愕然と目を見開いた。

 ………そういうことですか。

 あたしはレビテーションを唱えてゆっくりと降下する。
「ラウェルナさんの嘘吐き。生きている人を死んだって言っちゃいけないんだからね」
 あたしの視線の先で、反射で見にくいだろうに、それでもあたしに気づいたアセリアが強く首を横にふるのが見えた。
 わかってる。
 いくらなんでも、あたしも手ぶらで一人で押しこんで二人を助け出せるほど強くない。
 あたしは再び屋根の上に降り立つと、呪文を解いてレイ・ウイングを唱えた。
 いまごろ家は、アセリアとはぐれたユレイアたちがあたしの帰りを待ってるだろう。
 ―――あたしと、あたしの持つ情報を。