◆−記憶−たっちゃん (2001/11/2 17:17:42) No.7683


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7683記憶たっちゃん E-mail URL2001/11/2 17:17:42


 札幌の繁華街の人の往来は激しい。偶にしか街にでない私はその光景で目眩をすることがある。人に酔うのだ。
 
 その日、私は偶には愛妻?孝行、機嫌を取るため、デパートに一緒にでかけることになってしまった。若者はいいな、耳に穴が開いている。針金の丸いようなのがが通っている。痛くないのかなとか考えながら、カアチャンについていくのである。

 某有名デパートに入った。人ごみだ。これは凄い。カアチャンの後ろを侍の家来のようについていく。1階から2階エスカレーターは進む。5階まで行った。私はカアチャンが何を買おうとしているか分からない。ブラブラただみて歩くのも結構疲れる。

 幼児服売り場まできた。ふと5メートル位先に30位の女の人が、幼児服を手に取り眺めていたが急に鼻にあてがい匂いを噛むしぐさが眼に入った。どこかで見た顔だが思い出せない。しばらく考えていたら、カアチャンに背中を叩かれ「なに、見てるの」とどやされた。別に気があって見てたわけでもないのに、と思いながら、9階まで上がった。カアチャンはすまして黒い丸い帽子を買った。

 帰りの電車の中で寝たふりをしながらさっきの女の人を考えた。前の職場でもない。親戚でもない。うーん困った。そのうちそんなことどうでもいいや、と思って考えるのをやめた。

 60歳を超えた 爺いー が家にいるのがカアチャンにとって邪魔らしい。いわゆる粗大ゴミってやつか、そんな訳で暇つぶしに近所のスーパーにぶらぶらサンダル履きででかけた。

 こちらのスーパーは、不景気を反映しているのか、客がまばらである。本屋を覗いた。趣味のコーナーでゴルフの本を取って眺めた。
 ふと隣をみるとこの間のデパートでみかけた 女の人 が雑誌を手にし立ち読みしていたのである。私はそうかこの辺に住んでいるんだ。それで見覚えがあるのかな、と思ったが、それは違う。思い出せない。俺も歳だな。もともと記憶力のいいほうではないが、物忘れはとくにひどくなってきた

 たいして欲しくはなかったがパソコン用語とかいう本を一冊買ってスーパーを後にした。
 
 近くの交番前を通った。なにげなく掲示板をみた。あっ、これだ、これだ、あの 女の人 とそっくりなのだ。見ると家出人のA4版の手配書である。探している人は夫である。東京から家出したという。男の子供2歳 を連れている。私はなにげなくこの写真をみていたんだ。だがまてよ、あの人が、この家出人とは断定できない。世の中にそっくりさん3人いるっていうから、3人どころでない、似た人はいくらでもいる。それにもし仮にその人が家出人であったとしても私には、何の関係もない。人それぞれがいろんな事情があって生きている。私だって家出したい時があるんだから、気になっていたことが解決してよかったと思った。ただデパートで彼女が幼児服を手に取って匂いをかぐしぐさが妙に引っかかった。

 それから私はその人をしばしば見かけた。スーパーの近くのマンションから出てくるのも見かけた。しかしもうどうでもいいことだと思っていた。

 家を建ててから11年、最近窓越に雨漏りがした。そろそろ屋根のペンキ塗り替えか、全く金のかかることばかりだ、屋根を見上げていたところ、後ろに近くの交番に勤めているらしい婦警さんが立っていた。近頃は女も警察官か、世の中変わったな、と思いながら用件を聞くと、

 その婦警さん、巡回なんとかで、来たが、「家族に変わりがないか」というので「変わりってどんなことですか?」と聞くとどうやら家族の異動らしい。娘は嫁にいったし、爺さんと婆さんの二人暮しだと答えた。するとこんどは婦警さん「まだ爺さんは早いでしょう」とか言い 紙袋から写真を取り出し、この人を見かけませんでしたか と、 私は ドキーっとした。デパートで見た女の人と似ている。そうか家出人を探しているのだな、と思ったが、その人どうしましたか と問うた。婦警さんいわく最近匿名で「交番前に貼ってある家出写真とそっくりの人がいる」との電話がはいった。それで皆に聞いて回っている。というのである。

 私は、私と同じようにきょろきょろいろんな所を見ている物好きな奴がいるんだ、そうかそれなら、間違ってもともとだと思い、婦警さんに 写真の人と似た人がいる、その人の住んでいるマンションの位置、等等、話した。でもきっと違うと思うよと私は思っていた。

 それから一カ月が過ぎた。

 私は、夕方になるのが楽しみだ。私の恋人みたいな アルコール様 にありつけるのだ。その日もディスカウントショップとかいう横文字の店から安く買ってきた焼酎をスルメをつまみに飲んでいた。
 
 インタホーンが鳴った。おいおいせっかく美味い酒をのんでいるのにと思いながら出ていくと、先日の婦警さんが神妙な顔をして立っていた。 
 
「先日はありがとうございました、あなたが教えてくれた方はやっぱり東京からの家出人でした。しかしそれだけではありませんでした。詳しいことはまだいえないのですが、あの人と一緒のはずの子供が見えないのです。とりあえず家出人だったという事だけお知らせしておきます。有難うございました。」というのであった。

 私は酔いが一変に醒めた。

 数日後、家出中の女が我が子を首を絞めて殺して逮捕された。との記事が地方紙に報じられた。私はあの女の人が幼児服を嗅ぐしぐさを思い出していた。

 自分の子供を殺害するとは、鬼畜生より劣る行為ではある。だがあの女の人だって、殺す以外に何らかの選択肢があったはずである。旅先で相談する人もなかったのかな、人間生きていくためにそうするしか方法がなかったのかな、なにか余計な、おせっかいをしたような、罪悪感というか、やるせない気持ちが続くのである。

 警察の偉い人が情報のお礼に来たがなにも嬉しくなかった。交番の前を通らなかったらこんなことにならなかった。年齢とともに記憶力がにぶっていいこともあるのに、まだらボケのように思い出してしまった。余計なことしたと思っている。